異世界から吟遊詩人を召喚しちゃったでござる

塚本ハリ

プロローグ

 その男は、音もなくいきなり現れた。いや、現れたというよりは、俺が振り向いたら床に倒れていた、というのが正解か。

 店のドアは閉めている。従業員用ドアにも鍵が掛かっている。そもそもドアを開け閉めする音などしなかった。では、この男は一体どこから湧いて出たんだ?

 気を失っているのだろう、男はぐったりとして動かない。その姿がまた見慣れぬものだった。ぱっと見た感じでは外国人―いわゆる白人で大柄だ。20代半ば、少なくとも俺よりは年上に見える。髪の毛は金髪で、肩甲骨の辺りまで伸ばしている。服装と持ち物がまた珍妙だ。やや薄汚れた焦げ茶色のマントに身を包んでいて、足元は編み上げタイプのブーツ。そばには彼の持ち物らしい、小さい竪琴のようなものが転がっていた。俺はそれを拾い上げ、まじまじと見入った。そして、倒れている男に再び目を向けた。

 何というか、ゲームやファンタジー小説なんかにありそうないでたちだ。それもコスプレみたいな生ぬるいもんじゃない。この薄汚れっぷりが、何ともリアルな感じだ。そう、まるで中世風の異世界から急に現代日本にトリップしてきたような……。

「何で……」

 掠れたような声がした。俺の背後で、亜乃あのさんがわなわなと震えていた。

「何でが出てくるんだ~~~~!?」

 ……同感です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る