第2話 2
約束の時間、私は待ち合わせの駅の前で、車が来るのを待った。
白いワゴン車が私の目の前で止まったが、この時、私は目印の黄色い手帳を手に持っていた。
この手帳の表紙には、心のオアシスと書かれているが、これは白衣の男性が私に与えたものだ。この手帳を手に持って待ち合わせの場所に立っていれば、送迎の車がそれを見て止まるというのだ。
しかし、手帳には手帳としての役割がちゃんとある。一週間の出来事及び自分の思いを書いて、後で返納することになっていた。
私はワゴン車に乗り込んだ。サングラスをした中年の男性が運転手だった。
男性は言った。
「これからあなたを桃源郷へお連れしますが、桃源郷は秘密の場所にあります。それで、到着されるまで目隠しをしていただきたいのですが」
私は胡散臭さを感じたが、しかし私のような貧乏人を誘拐するはずがないと、差し出されたアイマスクで目を覆った。
男性は運転しながら、ちらちらとバックミラーで私を確認していると、私は見えない状態で想像した。
何時間かして、目的地に到着した。
私は自分が車を運転しないものだから、地理というものに不案内で、どっちの方角へ向かっていたのかさえよく分からなかった。
周りが静かで、かなり田舎の方に来たのだろうとは思っていた。が、アイマスクをとって車の外に出た私は感嘆の声をあげた。
目の前に、写真にあった草原が開けていた。
男性は説明した。
「すでにお聞きされていると思いますが、この草原で一週間過ごしていただきます。まずテントを設営しなければなりません。ファミリー用ですから一人では大変なので、私がお手伝いいたします。中が広くて、けっこう快適ですよ。風呂はありません。それは我慢していただかなければならないのですが、今の季節、そう汗もかきませんので体が臭くなることもないでしょう。タオルを水で濡らして、それで体を拭かれたらいいと思います。食料と飲料水は、十分な量をご用意いたします。次回の調達は三日目となります。ご要望があれば、お菓子や果物、それに退屈しのぎに本や雑誌などをご用意しましょう。トイレは、地面を掘って、そこにしてください。後で掘った土をかぶせれば、雑草の肥料になります」
男性は至れり尽くせりで、私の野営を手伝ってくれた。
私はいっぺんに、この男性に対する胡散臭さが消えた。
案外、面白い一週間になりそうな予感さえしてきた。私はキャンプというのが初めてなので、うきうきした気分になっていた。
初日は、あれやこれやでけっこう疲れた。
テントの前で、焚火をして、コーヒーを飲みながら、こういう暮らしもなかなか乙なものだと私は思った。
ただ、この草原には、これといって楽しめるものがなかった。動物も鳥の姿も見かけなかった。まさに死んだ世界のように静まり返っていた。
しかし、草原の向こうはおそらく海が開けているのだろう。その上空で鴉やトビといった大型の鳥が常に飛び交っていた。気味が悪いので、私はその方面には行かないことにした。
それにしても、よくこんな何もない場所を桃源郷と呼べたものだと私は感心した。それに応じた私も私だが。
いったい彼らは、何が目的で、こんなことをしているのだろうと、私は素朴な疑問を持った。
今の時代、お金にならないことをするとは、とても思えない。むしろ、私のためにお金を使っている。今夜の食事にしても、ステーキである。もっとも、自分で調理しなければならないのだが。一週間分の食材費だけでもけっこうな金額になるだろう。
ファミリー用のテントは、ゆったりとして、別荘のようにくつろげた。この一週間誰とも会わずに過ごすというのは、孤独を好む私にとっては、まさに天国である。そういった意味では、桃源郷なのだろう。
私は灯りを消して、早目に寝たのである。
すると、変な夢を見た。
夢を記述するのは一苦労である。なぜなら、夢は何の脈略もなく、次から次と事件が展開するからだ。
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