第2話 廃棄地区

 「それにしても持って来すぎたか。ちょっと重いな」

 カイと僕は雑木林を無事に抜けだし、川沿いをよたよたと歩いていた。確かに鉄パイプが背中にのしかかってきて重い。だけど、これを街まで持って帰ることができたら、きっと採集作業5日分くらいの金額に換金することができるだろう。

 「時間ならまだ余裕があるし、ちょっと休もう」

 集合地点を目前に、僕たちは一旦荷物を下ろして休憩を取ることにした。


 雑木林に入ったせいか、防護幕ヴェールは樹液や泥で汚れていた。もともとから防護服は綺麗なものではなかったが、僕はそれを拭うように服の袖をごしごしと防護幕ヴェールに押しあてる。

 それにしても本当に壮大な光景だ。上がどうなっているか分からないくらい高い崖から、途切れることなく大量の水が落ちてくる。地底世界は飲み水に不自由することはないが、こんなにも広大な光景を見ることはできない。

 そういえば、貴族たちは一生を地下世界パタラの中で暮らすことも珍しくないと聞いたことがある。防護服なしでは出歩けないようなこんな場所に来なくていいのは正直羨ましい。お腹が減ったらご飯を食べて、飢えなんて経験したことがなくて、歌って踊って楽しく一生を終える。そんな生活から比べれば、僕たちの生活なんて野良犬の一生とたいして変わりがないのかもしれない。


 そもそも僕たちが地底で暮らしているのは、いや、地底で暮らさざるをえないのは外界が有害なもので満たされているからだ。植物が生い茂っている外界は、それらの光合成により、空気中に大量の酸素を含んでいる。地下世界に慣れてしまっている僕たちにとって大量の酸素を吸い込むことは、中毒を引き起こし、めまいや吐き気、最悪の場合は死んでしまう危険を抱えていた。空から降り注ぐ雨は強い酸を帯びており、長時間晒されると皮膚がただれてしまう。

 しかしこの環境は昆虫や他の生物たちにとっては天国らしく、地下に住まう昆虫たちとは比べ物にならないくらい大きい昆虫が外界にはいるらしい。僕はまだそんな生物を見たことはないが、別の採集員コレクターが襲われたという話を聞いたことがある。


 そんな世界がこの崖の上には広がっている。目線をあげて空と崖の切れ間を眺める。貧困層の僕たちにだけに課せられた過酷な生き方は、同時に僕たちだけが見ることができる景色を与えた。

 パタラに住む人たちの中には空を怖がる人もいるらしい。地底には空がないのだから慣れないものが怖いというのは当たり前なのかもしれない。青い色をじっと見ていると、意識が吸い込まれそうになるのだそうだ。だけど僕はその感覚が嫌いではなかった。鳥のように、自由にどこかへ飛んでいきたいと思うこともあった。


 「メルク、そろそろ行こうぜ」

 カイの声で我に返る。見上げていた目線を滝壺に下ろすと、相変わらず周囲には水の落ちる轟音が響いていた――

 「――ちょっと……待って」

 ふと、水の上に何かが見えた気がした。見間違いだろうか。遺産を置いたまま川縁かわべりぎりぎりまで近づき、目を見開いて滝壺の中をよく見つめる。いや、見間違いじゃない。やはり何かが浮かんでいる。


 あれは……人の背中だ!

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