【34】 モルドヴァ地方 修道院廃墟

「見て、あったよ!」

「すごい、見つけたわね!」

 エリックとシュテファン、亜希は3人で肩を抱いて喜んだ。そして、もう一度壁画を眺めてみる。

「ドラキュラ公と赤い龍・・・私の夢に出てきた」

 亜希が呟くように言う。ルーマニアへ行くことを決意したときに夢を見た。この壁画のように黒い鎧を着たドラキュラ公から赤い龍が立ち上るのを見た。

「アキはやはりここに来るよう導かれたんだね」

「ドラキュラ公の周囲のターバンの男たち、トルコ兵かな、がひれ伏しているのは龍の力のせいなの?」

「そのようですが、龍を恐れているのか・・・もしくはドラキュラ公が彼らを従えているようにも見えますね」

 エリックが壁画を見つめ、腕組みをして顎をゆびで撫でながら思案している。

「龍の力って、人間を操る力ということ?」

 亜希がエリックに訊ねる。集めた水晶が引き起こしたこれまでの出来事を思い出せば納得がいく。


「すごいじゃないか、この水晶があればラドゥたちも怖くないね」

 シュテファンが水晶の入った黒い巾着をエリックに差し出そうとしたそのとき、白い影がそれを奪い取った。あっと叫んで3人が振り向けば、暗い森を背にしてラドゥ、メフメト、10人ほどの白装束の男たちがそこに立っていた。

「いつの間に・・・」

 エリックは唇を噛む。シュテファンは水晶を取り戻そうと走り出すが、亜希はそれを止めた。

「私が油断したから・・・水晶を取り返さないと」

「危なすぎるよ、シュテファン」

 シュテファンは自責の念でうなだれている。月の光がラドゥの艶やかな金髪を青く照らす。その白い肌は彫刻のように美しかった。しかし、そこに浮かぶのは妖艶な笑み。

「見事でしたね、宝探しはあなたたちに任せて正解ですよ」

 ラドゥはたおやかな笑みを浮かべている。白いロングカーディガンに黒いスキニーパンツ、透明感のある大ぶりなブルーのストールを軽く巻いている。メフメトは黒いスリーピースのスーツに赤いシャツ、黒のタイを締めている。汚れ仕事をこちらにさせておいて横取りしようというのか、亜希は彼らを睨み付けた。


「怖い顔をしないでください、お嬢さん」

 ラドゥが肩をすくめて微笑む。

「水晶が集まればあなたの力は増す。それが少しやっかいだと思ってね、そろそろこちらで預かっておこうと思ったんですよ。ああ、安心してください。最後のひとつもあなたたちに探してもらいましょう。すべてが揃ったところで私にいただければ問題ないのですから」

 ラドゥの言葉に怒りを覚えるが、白装束の男たちがナイフを手にこちらを狙っているため下手なことはできない。ラドゥとメフメトが一歩後ろに引いた。逆に白装束の男たちがじりじりとこちらに歩み寄ってくる。亜希は震えながら後ずさる。ドンと冷たい壁が背中に当たった。シュテファンと顔を見合わせる。走って逃げようにも森を抜けなければならない。この男たちを撒ける気がしない。

「何とかしてみましょう・・・できるかわかりませんが」

 エリックが一歩前に出た。人の良さそうな顔は不安で困り顔になっている。実に頼りないが、彼に賭けるしかない。亜希とシュテファンはその背を見守る。男たちはエリックを囲んだ。


 エリックは目を見開いた。白装束の男たちはその目が赤く光るのを見た。ラドゥとメフメトもその様子をじっと見守っている。男たちは一瞬怯んだが、何も起きる気配はない。エリックは集中して何かを念じているが、その場で異常を来すものはいない。

「どうして、エリックは力を失ったの?」

 亜希が小声でシュテファンに囁く。

「わからない・・・どうしてだろう」

 シュテファンが白装束の男たちの腰につけた飾りに目を留めた。ガラスでできた目玉を模したトルコのお守りだった。青地に白色と水色を組み合わせて目玉を表現している。

「あの男たちのつけている飾り、トルコのお守りでナザールボンジュと言います。古来から邪視を退けるといいます。もしかしてあの効果でエリックの力が防御されているのでは・・・」

 亜希はキンディアパークでエリックの目が赤く光ったことを思い出した。

「まさか、目には目をってこと?」


「そのお守りは特別な力を持つ呪術師に祈祷をさせました。どうやら効果があったようだ」

 ラドゥがメフメトと顔を見合わせて面白そうに笑う。

「さあ、水晶を渡せ」

 白装束の男がエリックにナイフを突きつける。エリックはゆるゆると首を振る。

「こいつらに怪我をさせてもいいのか?」

 別の男が亜希とシュテファンの腕を掴んだ。

「ちょっと、やめてよ!」

「放せ!」

 2人の叫び声にエリックは目を見開いた。その瞬間、上空から黒い鳥が飛来し、男たちの周囲を飛び回り始めた。

「なんだこれは?」

「コウモリか?」

 コウモリの群れが白装束の男たちを急襲した。不気味な羽音にキイキイと不快な甲高い声。男たちはナイフを振るいコウモリの群れを振り落とそうとするが、全く当たらず執拗にまとわりつくコウモリに顔を突かれて悲鳴を上げている。


「これはどういうこと・・・」

「コウモリの群れが助けてくれた?」

 コウモリたちは亜希とシュテファン、エリックには近づこうとしない。男たちは錯乱しながら逃げ惑っている。森がざわめき始めた。狼の遠吠えが聞こえる。暗い森の闇の中から光る目がこちらを見ている。銀色の狼が1匹、ゆっくりと姿を現した。そしてだんだんとその数は増え、ゆっくりと森から出てくると白装束の男たちに襲いかかった。

「なるほど、こういう使い方もできるのか」

 ラドゥは憎々しげに呟く。狼がラドゥとメフメトの姿を認め、襲いかかる。メフメトはスーツの内ポケットから自動小銃を取り出し、狼の足元に向けて発砲した。ひるんだ狼は彼らから離れていく。


 乾いた銃声にエリックは我に返り、辺りを見渡した。コウモリは分散して空に飛び立っていく。

「面白いものを見せてもらった、ここは撤収だ」

 ラドゥとメフメトは森の中へ消えていった。コウモリから開放された白装束の男たちも森へ逃げてゆく。狼たちはエリックの方を見つめて一度立ち止まった後、森の中へ帰っていった。

 エリックは脱力して大きなため息をついた。その場にひざをつく。

「大丈夫?」

 亜希とシュテファンが駆け寄る。いつもに増して消耗している。エリックの額からは汗が流れ落ち、地面を濡らしている。シュテファンがエリックの背中をさすると熱を持っていた。

「すごい熱だ」

 シュテファンがあまりの熱の高さに異常を感じたのか、そっとエリックのシャツをめくり上げた。


「これは・・・」

 背中に大きな赤い痣がある。

「ごめんね」

 シュテファンがもう少しシャツをまくり上げるとそれは羽を広げた龍の形をしていた。亜希は壁画を見上げる。そこに描かれた龍そのものだった。

「エリック、ペンションに帰って休もう」

「ああ、ありがとう・・・」

 亜希とシュテファンはエリックの両脇を抱えて何とか立たせた。森の中を抜けてるのに時間がかかったが、何とか車のある場所に戻ってくることができた。エリックを後部座席に乗せ、シュテファンの運転でペンションへ戻った。部屋まで連れていき、ベッドへ横たえた。シュテファンがあとは面倒を見るという。

「エリックは大丈夫かな・・・」

「森にいたときよりはつらくなさそうだよ、このまま休ませよう。アキも疲れたでしょ、早く寝てね。おやすみ」


 シュテファンにおやすみを言って部屋に戻った。シャワーを浴びてベッドに入るが、なかなか寝付くことができない。今夜の出来事がめまぐるしすぎて何が起きたのか頭の整理がつかない。エリックの力が人間だけではなく、動物にも適応することは分かった。それにトルコのお守りで彼らには効き目が無くなったこと。シュテファンも疲れているだろう。ナイフを持った男たち、間近で見るコウモリの群れや狼も恐ろしかった。亜希はまぶたを閉じた。疲れのためかいつの間にか深い眠りに落ちていた。

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