516.いまさらのこと

 その日の夜。


 アナリアは家でるんるん気分だった。

 観葉植物の世話にも気合が入っている。


「はぁー、良かった……! フレーバーはどれも悪くない評価でしたし」


 料理中のイスカミナが声をかける。


「よかったもぐねー! 根性入れて作ってた甲斐があったもぐ」

「本当ですよー! こういうセンスの問われるものって、ドキドキですよね」

「……本当はポーションのほうが難しいもぐ」

「そうかもしれないですけど、それとこれは違うってやつです」


 アナリアからすると、ポーションは手順を満たせば出来上がるものである。

 だけど、フレーバーはそうではない。

 アナリア自身の創意工夫が大いに入っている。特にぴよフレーバーは。


「あとは濃度とか、量産とか……ですね。すぐに着手しないといけませんが」

「もっぐ! 応援してるもぐ!」


 野菜炒めを完成させたイスカミナが、ぽにぽにとリビングのテーブルへ歩いてくる。


「これを食べて、精力つけるもぐ!」

「ええ、ありがとうございます――もちろんイスカミナの協力も必要ですからね?」


 モール族は地中生活するため嗅覚が発達している。

 かわいらしいヒゲをぴくぴくさせて、匂いをかぎとるのだ。


「もぐ。やぶさかじゃないもぐ」


 そこでイスカミナはそっと顔を背けた。


「……でも今夜は遠慮するもぐ」


 イスカミナの鼻を直撃した、いくつもの罪深い試作品が――悲しむべき製作過程の裏側が、脳裏をよぎったのだ。


 ◇


 それから数日。

 フレーバーはさらに改良された。レシピも整理されて、数を揃える体制も整ったのだ。


 レイアが、ヒールベリーの村の自宅兼工房でナナと話をしている。

 ザンザスでの仕事に目処がつき、またこちらに移動してきたのである。


「ロウリュの最終版も近く完成しますからね。やはり長時間運用するのは、かなりの難題のようでしたが」

「魔石の消費量とか、装置の耐久性とか。全てはバランスの問題とはいえ……奥が深いからね」


 ナナは着ぐるみのメンテナンスをしている。

 昼間なので、もちろん着ぐるみを着用の上、着ぐるみを整備しているのだ。


「……ところで、ぴよフレーバーってその小瓶?」


 ナナはレイアがしっかり持っている小瓶に顔を向ける。


「ええ、そうですよ。ナナも気になりますか?」

「いや……あんまり」

「気になっていいんですよ?」

「……どうだろう。前向きな答えをすると、ぴよフレーバーを嗅ぐハメになりそうな」


 そこでレイアは胸を張った。


「実はごくごく薄めですが、わたし自身にぴよフレーバーは使っています……!」

「……」


 ナナは言葉を飲み込んだ。

 感覚の鋭いナナは、なんとなく察していたのだ。


「わかったよ、もっと濃くしていいから」


 ひらひらーっとナナは羽を振るう。


「さすが、話がわかりますね!」

「……まぁ、君からぴよの香りがしているのは、いまさらのことだしね」

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