364.【シュガーの物語】流転

 あの蛇のような男が来て、シュガーの世界は少し変わった。


 彼に習ったコツで、シュガーは段々と魔力の感覚を掴んできた。

 それは明確な『強さ』として現れ始めたのだ。


 冒険者ギルドに併設されている酒場で、レイアが感心しながら言う。


「最近、頑張ってるようだな」

「……ええ、おかげさまで」


 レイアはコカトリスのぬいぐるみを裁縫していた。

 手際よく糸と針を操り、ほつれを直していく。


「ふむふむ……」

「レイアも色々とやっているみたいですね」

「まぁな、いずれコカトリスを大々的に売り出していきたいところだ。まずは――そう、ぬいぐるみから」


 レイアは冒険者ギルドの許しを得て、ぬいぐるみ製作を進めていた。

 今ではかなりのレベルに達している。

 ポーションの高騰、ダンジョンへの入場制限、状況は変わりつつあるのだ。


 手を止めないまま、レイアが話を続ける。


「そう言えば、ミリーは? 最近見掛けないが」

「彼女は討伐専門ですからね……」


 ミリーは討伐任務で功績を打ち立ててきた冒険者だ。

 シュガーが知る限り、ミリーはザンザスのダンジョンへ入ったことがない。


 主にザンザス周辺の魔物を討伐することで、生計を立てているはずだった。しかし、それも難しくなってきている。


「今、ザンザス周辺に魔物がいないじゃないですか」

「状態異常を治癒するポーションが高くなれば、ダンジョンの三層に挑むのは非効率だからな。当然、周辺の魔物や素材採集に向かう」

「ミリーは……どうやら他の街に遠出しているようで」

「なるほどな、仕方ないか……」


 ミリーが冒険者になったのは、このザンザスではない。確か王都で冒険者になったのだ。

 色々とツテがあるのだろう。


 シュガーは寂しく思いながらも、そう受け止めていた。

 それ以外にもミリーについては知らないことが多い。もっとも、過去を探られたくないのはシュガーも同じであったが。


「よし、できた……!」

「おー」


 ぱちぱちぱち。


 ぬいぐるみを掲げるレイアに、シュガーは軽く拍手する。

 見た目には可愛らしいコカトリスだ。たぷっとしたお腹がチャーミング。


「良さそうですね」

「まだ売り物とは言えないが……な。でも満足だ」


 もみもみもみ。


 レイアが高速でぬいぐるみを揉みほぐす。


「……落ち着く」

「そ、それは良かった……」


 これがレイアのマインドセットらしい。シュガーももう、これには慣れていた。


 ◇


 それから少しして、ミリーはザンザスへと戻ってきた。やはり他で稼いできたらしい。


「あははー、ごめんねぇ。ちょっと色々と手間取ってさー!」

「いえ、それはいいんですけど……」


 冒険者ギルドの酒場で騒ぐミリー。

 何度も見たようで、少し違うところがあった。


「お酒、飲まないのか?」

「へっ!? あ、あー……禁酒中なの! ちょっと飲みすぎかなぁって!」

「いつも飲んでたしね……」


 一瞬、シュガーはジト目で見る。


「それで、しばらくはここにいるつもり?」

「んー、どうだろ? そのつもりだけど。てか、最近ギルドの雰囲気変わったよね」

「レイア主導で色々とやっているんだ」


 シュガーの視線の先には、着々と増えるコカトリスのぬいぐるみがある。

 その他にも色々とレイアは手を伸ばしていた。


「ふーん、ポーションが足りないからねぇ……」

「裁縫とか採集とか、やらないんです?」


 おずおずと聞くシュガーに、ミリーが首を振る。


「んー、そーいうのはパスかなぁ。あはは!」


 言いながら、ミリーが窓の外を見る。

 どこか遠くを見ているようだった。


「暖かくなってきたねぇ……」


 ザンザスの雪はすっかりとけて、春の陽気が近付いていた。

 同時に様々なことも変わりつつある、シュガーはそう思ったのであった。

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