341.下準備

 ヒールベリーの村。

 俺はステラと一緒に大樹の塔へと向かっていた。


 太陽の光はだんだん、熱を増している。

 ユニフォームを作って良かった。陽気に当てられても楽ちんだ。


 そしてお見合い会に許可を出してからというもの、村の雰囲気が少し変わった気がする。


 そわそわ、どきどき。

 そこかしこで村人が挙動不審になっていた。


「……というより、すでにカップルも多いような気がするが。こんなにカップルが多かったか……?」


 春の陽気のおかげで、散歩したり外でのんびりする人も多い。


 というよりヒールベリーの村は木陰が多いからな。

 風も遮られているし、小鳥の鳴き声も心地良い。


 前世の記憶で言えば……そう、思い出してきた。

 軽井沢みたいな感じだな。


 ゆったり木々の間で暮らしてゆく。暑くもなく、かといって寒くもない。

 ちょうどよくまったりできる感じなのだ。


「これは――あれですね。きっとお見合い会の話がきっかけになって、らぶらぶな展開になっていると見ました……!」


 自信たっぷりにステラが頷く。


「やっぱりお見合い会とか聞くと、その前にイイ感じになっている二人はくっつくと思うんですよね」

「なるほどな……」


 わかる気がする。


「これでお見合い会の目標は、もう達成されたも同然ですね。カップルは増えたわけですから……」

「ん?」


 ステラの目がどことなく泳いでいる。


「そう、たとえお見合い会がうまく行かなくとも、主催者の責任じゃないんです。コカトリスの着ぐるみでも覆せないことはあります」

「すごいお役人的な言葉だな……!」


 ステラが俺にだけ聞こえるように、


「でも実際、お見合い会は諸刃の剣です。も、もし……ひとかけらの希望もない結果になったら……なってしまうことも……」

「まぁ、人の感情だからな」


 平民の結婚事情はかなり自由である。特にザンザスは自治都市だしな。

 重視されるのはやはり、お互いの気持ちというわけだ。


「はい、にゃーん」

「にゃーん……」


 家の前に作ったテラスで、ニャフ族のカップルがお互いに果物を食べ合いっこしてる。

 イチャイチャしてるな。


「お見合い会をやって、カップル成立ゼロ組は俺も避けたいとは思ってる。テテトカのところに行くのも、それが目的だ」

「協力要請ということですね……」

「そういうことだ」


 ごくりとステラが息を呑む。

 ……うん?


「テンポの早いビートは人の心を揺り動かします。テテトカのハイスピードドラムが、切り札とは……!」

「……いや、花飾りを少し置きたいだけなんだが」


 ◇


 大樹の塔に着くと、テテトカが草だんごをこねこねしていた。

 もちろん、こねながら食べているわけだが……。


 花飾りの要請自体はすぐに終わった。


「ではではー、盛り上げるような花飾りを作りますねー」

「ああ、頼む。コカトリス達の様子はどうだ?」

「落ち着いてますよー。ご飯もたっくさん食べてるみたいですしー」

「それは良かったです……!」

「卵が生まれて半月、もう半月で孵化するはずだからな……」

「ぴよちゃんが生まれると、また賑やかになりそーですー」


 テテトカもなんだか嬉しそうだな。ドリアードとコカトリスの絆は固くて深い。


「ララトマが宿舎をみてますからねー。最近はパズルマッシュルームもお気に入りみたいですしー」

「ほうほう……」

「もにゅもにゅしてますねー」

「ふむ……不思議だな。草だんご以外にそんなに食べたがる物があったなんて」


 コカトリスが何を食べているか、この村でコカトリスが食べているご飯は把握している。


 それによると、これまで草だんご以外に特段の興味を示したご飯はないはずだった。


 果物も野菜も人間には食べられない枝や葉も食べるけど、大抵すぐに流行りが変わる。


「……ん? 待てよ……?」


 俺はふと気付いた。

 コカトリスは倒したパズルマッシュルームを食べるとき、自分達が倒した奴しか食べない。

 冒険者が倒したパズルマッシュルームを食べてはいない。


「ステラ、覚えていたらでいいんだが……コカトリスが持ち帰るパズルマッシュルームなんだけど、もしかして自分達で討ち取った個体だけか?」

「えっ? えーと……はい、言われてみるとそうですね。冒険者が倒したのは担いでいないようでした」

「へー、そうなんですねー」


 テテトカがふむふむと首を傾げる。


「そんな習性、ぴよちゃんにあったんですねー」

「テテトカでもそんな感じか」

「知りませんでしたー」


 パズルマッシュルーム、お気に入り……これらには何か理由があるんだ。


 だって、草だんごはドリアードから手渡しで食べているんだし。特別な理由があるに違いないのだ。

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