340.【シュガーの物語】再会

 ザンザスのダンジョンの入口。

 それは厳重に守られた敷地の中にある。


 堅牢な鉄の門と壁、目を光らせる見張り、日夜燃やされるたいまつ。そして英雄ステラの像が見守る地にダンジョンの入口はあるのだ。


 古ぼけた樹木で作られた巨大な門。

 ダンジョンの各階層を繋ぐのと同じゲートが千年以上変わらず、ここに鎮座している。


 なぜ、これほど厳重なのか。理由はふたつある。


 ひとつは外の魔物を中に入れないようにすること。


 ザンザスのダンジョンには膨大な魔力があり、魔物を活性させ強大化させる。

 ザンザスのコカトリス達も普通種に比べるとより大きく、強くなっているのだ。

 もちろん、ふわもっこ度も向上しているのだが。


 そしてもうひとつは、コカトリスが街から抜け出さないようにするためだ。

 ザンザスのコカトリスは強大過ぎる。一匹がドラゴンに匹敵するとされているのだ。

 もし一匹でも脆弱な生態系に向かえば、その地は変わり果ててしまうだろう。


 そのためダンジョンの入口は、冒険者ギルドが厳重に守っているのだ。


「すやー……ぴよー。んぐー……ぴよよー」


 雪の積もった敷地内。

 ゲートの目の前で一匹のコカトリスはうつ伏せに寝ていた。


 羽と脚を思いっ切り広げて、頭を雪に突っ込んでいる。


「寝ているな」


 着ぐるみレイアが現状確認をする。

 もはや意地である。今日は仕事が終わるまで着ぐるみは脱がないつもりだ。


「寝てるわねー」

「……寝てますね」


 コードP。コカトリスの、市街地への出現。

 その発生理由の一番は、何か?

 ザンザスの冒険者なら骨身に叩き込まれる。


 寝ぼけてゲートを越えてくる。

 これが一番の原因なのだ。


「すやー……ぴよー……」


 ぐりぐりとコカトリスが頭を動かす。

 ひんやり感を楽しんでいるのだ。


「とりあえずダンジョンへと送還しないといけない。覚悟はいいか?」

「まー、特別ボーナスが出るだろうしね」

「やります……!」


 雪をかき分け、もこもこの布が敷かれた台がやってくる。寝ぼけコカトリスを乗せて送り届ける台である。


「よし、運ぶぞ……!」


 このコカトリスはちょっとたぷり気味なので、体重は200キロにもなる。気合を入れて運ばなければならない。


「ぴよよー……!」


 バタバタ。

 コカトリスが突然、羽をバタつかせた。


「ぴよ……すやー……ぴよー……」


 と思ったら、また静かになった。


「寝返りですかね……?」

「完全に寝返りだな。怯むなよ、迅速に送り届けるんだ」


 もしこのコカトリスが寝返り、寝ぼけて壁に突っ込んだらどうなるか?


 壁は崩壊する。


 コカトリスのパワーに耐えられる建造物はザンザスにはないのだ。そのためにも、可及的速やかにダンジョンへ戻さなければならない。


「ちょっと重そーね」

「……良いたぷり具合だ……」


 着ぐるみの中でレイアが微笑む。

 三人を中心として、コカトリスの周囲に冒険者が集まる。


「せーっの!」

「「よいしょー!」」


 体力自慢の冒険者が揃えば、台に乗せるのは難しくない。コカトリスはふかふかの台に乗せられた。


「よし、このまま――」

「ぴよっ!?」


 半分、目が開いていないコカトリスが顔を上げる。

 ミリーが小さく叫んだ。


「あっ、ヤバ」


 コカトリスが寝ぼけてバタつけば、台ごと壊れかねない。冒険者に緊張が走る。

 だが、レイアはクールだった。


「ぴよよ〜」

「っ!?」

「ぴよぴっぴー」


 突然、レイアは歌い始めた。

 子守唄のようにゆるやかに、穏やかな調子で。

 コカトリスが小首を傾げる。


「……ぴよ?」


 挫けることなく、レイアは自身のコカトリス知識を総動員して歌い続ける。


「ぴよ〜ぴよよよー」


 シュガーは思った。

 本物のコカトリスにちゃんと似てる……。

 少なくともシュガーの耳にはそう聞こえていた。


 それは寝ぼけコカトリスも同じだった。

 目の前で仲間っぽいのがちょうど良い歌を歌っているのだ。


 再び寝ぼけコカトリスは目を閉じて、深い夢の世界へと旅立っていった。


「ぴよ……すや……」


 寝息を立てるコカトリス。一同は胸を撫で下ろした。

 レイアが歌うのを止め、小さく呟く。


「ふぅ、なんとかなったな」

「驚きですが、そうっすね……」


 シュガーの知る限り、こんなマネが出来る冒険者は一人もいない。


 ……不世出の冒険者。

 きっとレイアはザンザスの歴史に名前を残すだろう。


 ◇


 そのままシュガー達は台を運び、何事もなく寝ぼけコカトリスをダンジョンへと送還した。


 後片付けが終わると、ミリーが大きく伸びをする。


「んあ、飲み直すかー」

「私は着ぐるみの改良だ」


 ダンジョン入口の門を出ると、騒ぎを聞きつけた野次馬たちが集まっていた。


 とはいえ、問題はもう解決している。すでに解散し始めていた。


「シュガー、君も付き合ってくれるだろー?」

「……まだ飲むんですか?」

「もちろん! ねえ、いこー」


 その時、野次馬の中に人影を見つけた。

 蛇のような目をした、昼間の男だ。


「……?」


 目が合った。シュガーを手招きするような仕草をしている。


「ごめん、今日はちょっと」


 どうしてそんな風に言ったのか。


 端的に言えば、感謝の気持ちだ。

 さきほど彼から渡されたお金は、常識外れのチップだった。シュガーの半月分の稼ぎに相当する。


 お礼を一言、言いたかったのだ。


「ぷー。まぁいいや。んじゃ、またねー」


 ミリーはひらひらと手を振って去っていく。

 野次馬たちもどんどん少なくなっていた。気が付けばレイアもいなくなっている。


 周囲の喧騒が静まったのを確認してから、男は口を開いた。


「……やぁ、奇遇だね。何の騒ぎかと来てみれば君がいるとは」

「ええ……チップ、ありがとうございました」


 頭を下げるシュガーに男は首を振る。


「なに、気にしないでくれ」


 そこで男はあごに手をやる。芝居がかっているようだが、威厳もあった。


「明日も雪が降るそうで、ちょっと困っていたんだ。君がその気なら、また明日も案内を頼みたいんだが」

「お安い御用です」


 シュガーが請け負うと、男は満足そうに頷いた。


「明日、どうしても行きたい場所があるんだ。助かったよ」

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