336.先輩冒険者のミリー
十五年前、ザンザスの冬。
ザンザスではさらさらと粉雪が降ってきていた。
この地方では珍しいことだ。
冒険者ギルドも閑散としていた。
そんな中――ふもふも……。
コカトリスの着ぐるみに身を包んだレイアが、まだ少年のシュガーに声をかける。
「これも大切な仕事だ、シュガー」
「……は、はぁ……」
「街とコカトリスに同化し、案内役を務める。立派な冒険者のお仕事だ。ザンザスのことは頭に叩き込んでいるだろう?」
数年先輩のレイアは変人として有名だった。
だけど有能な冒険者としても知れ渡っていた。
この着ぐるみも、どこからか調達してきたやつだ。
それがどこなのかは、知らなかったけれども。
「も、もちろんですよ!」
「結構。君は物覚えが良いみたいだからね」
ふもっとした腕が肩に置かれる。
……ちょっと生暖かい。
「コカトリスワッペンをつけて、案内役をこなそう!」
◇
そんなわけで、シュガーはザンザスの通りで案内役の仕事をしていた。
もちろんただ働きではない。魔物討伐より格段に安いが、お金はちゃんと出る。
「……なんでもやらないとな」
手を擦り合わせながら、シュガーは呟いた。
お金には余裕がある。父親からの送金は、ザンザスに来て数年経った今も続いていたからだ。
だけどいつまで続くのか、それはわからない。
もしかしたら――すぐにでも送金は途切れるかもしれない。
そしてもちろん、父親の金は必要だったけど頼りきりにはしたくなかった。
冒険者として十分な報酬はあるけれど、でも冒険者はいつまでも続けられない。
懸念はもう一つあった。
ポーションが最近品薄で、高騰が続いている。
「ギルドが言ってたよな、ちょっとした怪我ならポーション使わないほうが安上がりだって……」
このままポーションの高騰が続くと、冒険者稼業はしんどくなる。
「はぁ……」
シュガーはため息をついた。
冒険者になって数年、知識面では優秀との評価をもらってる。手先も器用で採集もできる。
でも魔物との戦い――戦闘力はまだまだ。というよりセンスがあまりない、と自覚していた。
「……そのワッペン、街の案内人かな? ちょっといいだろうか」
「はっ、はい!」
声をかけられ、ふっと顔を上げる。
そこには切れ長の冷たい目をした男がいた。一見、商人風だけれど……なんだかちょっと着慣れていない。
黒髪の美形、年齢は三十代だろうか。何となく年齢が読みづらい雰囲気があった。
でもその蛇のような目とは裏腹に、声と顔には温かみがあった。
「息子へのお土産を探していてね。コカトリスグッズが多くあるのは向こうだろうか、それともあっち?」
「向こうは木材を使ったのが多くて、あっちは金属製のが……俺、案内しますよ!」
「すまないね、最近来てないものだから」
「いえいえ! ザンザスは誰でも歓迎の交易の街ですから!」
シュガーはレイアから教わった決り文句を言って、男を連れて歩いていく。
雪はまだ止みそうになかった。
◇
小一時間後。
雪はさらに強く降ってきた。
通りから人も少なくなり、日中にも関わらず街全体が静かになっている。
シュガーと男は喫茶店で雪の降り具合を見ていた。
男はお金持ちだった。良さそうと思ったものは片っ端から買っていったのだ。
「悪かったね、雪の中を連れ回して」
「いえ、こちらこそ紅茶とお菓子をご馳走になってしまって……」
「何、ほんのお礼だ。おかげで雪が本格的に降る前に買い物が出来た……」
男は買い揃えたお土産の袋を愛おしそうに撫でた。
「チップを上げよう、手を出しなさい」
「い、いえ! そんな……!」
「いいから」
男の言葉には力があった。人を従えることに慣れている声音だ。
シュガーはおずおずと手を差し出す。その手に硬貨の入った革袋が置かれ――。
「っ!?」
ほんのちょっと、魔力を感じてシュガーは手を引っ込めた。
「……ふむ」
「あっ、すいません……」
シュガーには魔法を使うほどの魔力はない。
だけど魔力に対する感受性はあった。手が触れるかどうかで、ようやくわかるくらいだが。
そして確信した。目の前の男は貴族階級に属している。ほんのちょっとだが、感じられた魔力は非常に強いものだった。
「こちらこそすまないね、君は魔力を感じられるのか」
「あっ、はい……。魔法は使えませんけど」
男は特に驚くでもなく、あごに手をやった。
「たまにそういう者もいる。魔法は使えないが、魔力に対する感受性がある者がね」
「……あまり役には立ちませんけれど」
おずおずと皮袋をバッグに入れて、シュガーは紅茶をすすった。
男は苦笑して、答えた。
「まぁ、多くの場合はそうだが……諦めるのは早いかもしれないぞ」
「えっ?」
「集中して、体内の魔力を受け皿のように使うんだ。そうするとわずかに気配を感じることができる……かもしれない」
「そうなんですか……?」
「何年もやらないと身に付かないが。でも抑えていた俺の魔力を感じ取れたんだ。多分、できるようになる」
男はそう言うと、窓の外を見た。
「……雪は少し降り止んだようだな」
「そうですね……。そろそろ行きましょうか」
「ああ、楽しかったよ。ありがとう」
「いえ、こちらこそ。ザンザスが良い思い出になりますように……!」
二人とも立ち上がり、握手をして喫茶店を後にした。
「……ふぅ」
雪の勢いは落ち着いたが、人通りは少ないままだ。
案内すべき観光客の姿は見当たらない。
シュガーは冒険者ギルドに戻ることにした。
とりあえず案内した分、お金を受け取って今日の仕事は終わりだろう。
「うぉぉーい、こっちー!」
冒険者ギルドに入るや、併設されてる酒場から声をかけられる。
シュガーが顔を向けると、そこには見知った女性がいた。
鮮烈な金髪と健康的な血色の良い肌。陽気に屈託なく笑っていた。
「ミリーさん……!」
「誰も来なくてさー、寂しかったんだよ〜!」
大きめのジョッキを振り回すのは、先輩冒険者のミリーだった。
「仕事帰り? ちょっと付き合ってよー!」
「……わかったよ」
シュガーは言いながら、頬が緩むのを自覚した。
彼女はいつでもこうなのだが、それでもいい。
ミリーはシュガーよりも強くて、そして魅力的だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます