335.アラサー冒険者

「……それ、マジで言ってるんです?」

「マジのマジだが」


 レイアはあごに手をやる。


「いずれ避けては通れんだろう。そういう機会も必要だと思うのだ」

「そりゃ、そうですが……」


 レイアがアラサー冒険者を見下ろす。

 アラサー冒険者はつぶらな瞳のコカトリス帽子から目をそらす。


「……難儀だな。はっきり言うが、彼女は君を置いていったんだ。もう戻っては来ない」

「わかってますって……」


 アラサー冒険者は嘆息した。


 冒険者はいつまでも続けられる仕事ではない。

 スポーツ選手と同じだ。体力が落ちる二十代後半には決断を迫られる。


 冒険者の行く道はいくつかある。


 ひとつはレイアが進んだ道。冒険者ギルドの運営側に進み、後継を育てる道。

 アラサー冒険者については、レイアからすでに打診が来ている。遠くないうちに前線からは遠ざかり、後進の育成の仕事が増えるだろう。


 だが、この道は決して多くの冒険者が進める道ではない。確かな経験と技量、人格が要求される。


 多くの冒険者は――稼いだ金を元に、別の仕事に付くことになる。もちろんザンザスの冒険者は評価される経歴だ。

 商人や貴族に兵士として雇われたり、自分で商人になったり。裕福な一生ではある。


 だが、ザンザスで成功するのは簡単ではない。

 競争は激しく、物価も高いからだ。


 なので引退したザンザスの冒険者の一部は、選択としてザンザスから去っていく。

 若い頃に抱いた冒険者の夢の対価として、大金と経験を携えて。


『彼女』もそうだった。


 彼女――アラサー冒険者が恋心を抱いた女性冒険者は、ザンザスから去っていった。


「もともと『彼女』はザンザスの生まれじゃなかったんですぜ。わかってましたって。冒険者として残れないなら、いつか故郷に帰るなんて」

「だが彼女が去ったのはもう四年前だぞ」


 レイアの言葉にアラサー冒険者は沈黙する。

 そんなに昔とは思っていなかった。意外なほど昔の話だった。


「……もう、そんなになるんでしたっけ? あはは、嘘みたいだ」

「そう。もう、そんなになるんだ」


 今度はレイアが嘆息した。


「人の人生だ。とやかく言うつもりはない。でも『彼女』をギルドに残さないと決めたのは私だ。だから、それを引きずる君を見ていたくはない」


 ◇


 アラサー冒険者は土風呂に入りながら、ぼんやりと子ども時代のことを考えていた。


 彼は貴族の妾から生まれ、落ちこぼれた。

 物心がついて自我が固まるまで、魔法使いの適性はなかなかわからない。


 彼の場合は、魔法使いとしての才能はまるでなかった。そして母が死んで、妹と一緒に捨てられたのだ。


「ぴっぴよー」

「ぴっぴよよー」


 コカトリスが上機嫌にかぼちゃを収穫している。


 母方の親戚を頼りにザンザスに来て、二十年になるだろうか。妹は結婚し、子どもが生まれた。


 父にもう恨みはなかった。

 魔力に乏しい貴族だったが、お金はそこそこ持っていた。手切れ金のおかげで食うに困ることもなかったし、勉強も出来た。


 だからこそ期待の新人として、ザンザスの冒険者人生を始めることができたのだ。


「はいはーい、草だんごですよー」


 テテトカがニャフ族を連れて、コカトリスを訪れる。


「ぴよっ!」

「ぴよっぴ!」


 収穫したかぼちゃをニャフ族が持っていき、コカトリスは草だんごを食べる。


「ぼくも一緒に食べよっと。もぐもぐー」

「ぴよぴよー」

「ぴよよー」


 そうして冒険者人生をスタートさせて出会ったのが、『彼女』だった。自分よりも少し年上の冒険者で、魔法で活躍する『彼女』。


「ずっと土風呂にいるにゃ」


 ニャフ族のナールがふにふにと土風呂にやってくる。


「気持ちいいですからね」

「にゃ、シュガーの言う通りにゃ。毛並みもツヤツヤになってる気がするにゃ」


 そこまで言って、ナールは第二の土風呂場へと向かう。


 シュガー、それがアラサー冒険者の名前。

 幼かった妹を笑わせるために、自分で付けた。


「あぁ、もう春かぁ……」


 ザンザスにやって来たのも、春のことだった。

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