322.ステラの帰還
それから――後片付けも終わった。
大聖堂からは人の気配が少なくなり、本来の静寂が戻りつつあった。
ステラはいまさらながら、大聖堂の威厳に思いを馳せる。
「おっと、イグナート様へ挨拶に行かないと……」
多分、もう少ししたらディア達も帰ってくる。
そうしたらいよいよヒールベリーの村へと出立する時間である。
最後の挨拶に行こうとしたステラは、がらんとした大聖堂に人影を見つけた。
それは着ぐるみの上にマントを羽織ったイグナートと従者達であった。
「ちょうど終わられたところか、良かった」
「イグナート様……!」
ふにふに。
柔らかそうな足音をさせながら、イグナートが近付いてきた。
「ホールド殿はまだ商談が立て込んでいてな。後で顔は出すそうだが……まずは私から、今回の芸術祭への尽力に改めて謝意を表したい」
華麗に頭を下げるイグナート。
「い、いえ! 出来ることをやっただけですので」
「……それがなかなか難しいのだ。ホールド殿やナナから、仔細はうかがっている」
どうやら屏風の件も把握済みらしい。
「それも含めて、貴殿達とは末永い付き合いができればと思っている――特に花飾りには感銘を受けた。ここだと花は珍しいのでな」
イグナートがステンドグラスに一瞬、目を向けた。
「春になっても国土の半分から雪と氷はなくならない。短い夏が終わればすぐに木枯らしが吹き始め、長い冬がやってくる。花を美しいと思っても、この地に許されない」
「……わかります。芸術祭の間も雪は降ったり止んだりでしたからね」
「そういうことだ。詳しくはこの書状にしたためてある。定期的な花関係の購入の依頼だ」
イグナートがお腹のポケットから流麗な書状を取り出す。
……ステラももう慣れた。
ヴァンパイアは着ぐるみに仕込んだ書状や贈り物は、誠意の証なのだ。
神妙な顔をして受け取らなくてはいけない。
「しかと承りました……!」
ステラは丁寧に書状を受け取り、頭を下げる。
内心、ステラはほっとした。
目に見えた成果が早くもひとつ、得られたのだ。
きっとアナリア、ララトマ、イスカミナ、ウッド――花飾りを作った人は喜ぶだろう。
もちろん指導したテテトカも。
「ドワーフの地も花は少ない。これを機に、花の意匠を取り入れた工芸品も力を入れたいのだ。花は咲かなくても、花の美しさは大切にしたい」
「素晴らしいお考えかと」
「ありがとう、エルト殿にもどうかよろしく。あとひとつ……」
イグナートが腕を上げると、奥からえっちらおっちらとソリを担いだ着ぐるみ達が現れた。
ここからでもかなり豪華、しかもミスリル製に見える。高価な製品だろう。
「本来は魔導トロッコ用だが、急ぎ改造させた。これで雪原を疾走しても大丈夫だろう」
「あの、これは……?」
ステラが小首を傾げる。
諸々のお礼という意味では、ミスリル製品を渡されるのはわからなくもない。
ステラもドワーフの職人達に金銭を渡したのだから。
わからないのは、なぜソリなのかということだ。
「……これで妹をスノボ板にしなくても、大丈夫のはずだ」
◇
それから数日後。
ヒールベリーの村。
俺はそわそわしていた。
予定なら今日辺りにステラ達が帰ってくるのだ。
時刻はちょうど昼頃。
空は晴れているので、赤い軌跡が現れればすぐにわかるだろう。
着地用に人を遠ざけた第二広場で、俺はウッドとお昼ご飯を食べていた。
硬めのパンに野菜とハムを挟んだものである。あとは果物ジュースか。
ベンチに腰掛けながら、とにかくそわそわしていた。
「ウゴウゴ、そろそろ?」
「ああ、日中には戻ってくるはずだな」
本を片手に、俺は帰りを待ち望んでいた。
正直、ページを開いていても全然内容が頭に入ってこない。
いざ帰ってくる日になると、とても不安になるものだ。
何もなかったよな? ないよな? という感じだ。
特に今回はディアもいる。
まだ早かったのかもしれないが、いい機会だとは思ったのだ。
今回のようなことは年に一度もない。集まるのも準備も大変だし、数年に一度やれば十分らしい。
「あっ――」
俺は空をふっと見上げて、その端から赤い光がこちらに来るのを見た。
「ウゴウゴ! 母さん達だ!」
ウッドも歓声を上げる。
間違いない。ステラ達だ。
良かった。
帰って来てくれたんだ。
ちょっとしんみりしてしまう。
あっという間に赤い光は俺達の上空へとやってきた。ちょうど、第二広場の端で赤い光は途切れる。
そして人影がふわっと降りてきた。
地響きと土煙。
そして、ステラの元気な声が聞こえてくる。
「ただいまーです……!」
そこにはナナを紐で担ぎ、胸元にディアとマルコシアスを抱え……なぜか片手でソリを持ったステラがいたのであった。
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