第10章 恋と水に春近し

321.別れのテラス

 それから数日――芸術祭は大盛況のうちに幕を閉じた。

 ゲストも大聖堂から出立し、ステラ達も片付けをして帰るだけである。


 閉会式から戻ったステラがブースの皆に声をかける。


「お疲れ様でした……!」

「なんの! 我々は設営やらをちょっと手伝っただけでさぁ!」


 ドワーフの職人達がガハハと笑う。


「それも図面がきちんとあったから、大した手間じゃありませんでしたよ! むしろ楽しかったわい!」

「ありがとうございます……! これは少ないですが、お受け取りください」


 ステラは金貨の入った包みをドワーフ達に渡した。中身を確かめたドワーフ達が驚く。

 そうして目をぱちくりさせながら、職人の頭領が困ったように言う。


「お、おおい……俺達はイグナート様から給金は貰ってるんですぜ。改めてこんな、大金じゃないですか!」

「現地でお世話になった方には、十分なお礼をするようにと言われていますので――ヒールベリーの村の領主、エルト様から」

「……珍しい貴族様だなぁ」


 ぽりぽりと頭をかくドワーフの人達。

 ちょっとの間迷うと、金貨の包みを大切そうに懐へと抱く。


「それなら、ありがたく他の仲間とも分けさせて貰いましょう」

「ええ、そのように」


 それからほくほく顔のドワーフ達が作業し始める。


 ナナは並べられた展示品を、再び着ぐるみに亜空間収納していった。とはいえ、来たときに比べれば量は遥かに少ない。


 バットもユニフォームもだいぶ手渡せたからである。


 にゅっにゅっと資材をナナは着ぐるみのお腹に取り込んでいく……。

 ちなみにディアとマルコシアスはオードリー達へ挨拶に行っていた。


「ナナもありがとうございました。帰りもよろしくお願いしますね」

「気にしないで。おかげで『半身の虎』の買い手も付いた。お客もたくさん来たし、言う事なしだ」

「そうですね……。ナナにとっても、今回の芸術祭は実りのあるものでしたか?」


 ナナがやや恥ずかしそうに、頷く。


「兄さんとも話ができた。僕にとっても、十分だよ」


 ◇


 大聖堂の屋上テラス。

 雪が積もる屋上ではあるが、一角だけが魔法具で温められ優雅なテラスとなっている。


 オードリー達とディア達は、そのテラスでお別れ会をしていた。


「ぴよー。あったかいぴよねー」


 木目の美しい丸テーブルに乗りながら、ディアがぴよぴよと周囲を見回す。


 ディアは思った。

 白く覆われた山々と雪原。

 改めて高い所から――ばびゅーんよりかは低いけれど、落ち着いて見ると圧倒的な光景だ。


 どうして父が自分をここに送ったのか……多分、こんな世界があることを知ってほしかったんだろう。


 オードリーがふにふにとディアを撫でながら、


「うん、床に魔法具が仕込まれてて……春のように温かいんだ」

「過ごしやすいんだぞ」


 マルコシアスも子犬姿でテーブルの上に乗っていた。


「雪が降りすぎるとさすがに閉鎖みたいですけれど……」


 クラリッサがぴくぴくと耳を動かす。

 今は雲の切れ間から太陽が覗き、風も吹いていない。もうしばらくは天気は安定していそうだった。


 着ぐるみ姿のケイトがストローでトマトジュースを飲む。


「……だから春前にここはあまり開かれないんだって。運が良かった……」

「そうね、本当にそう」


 オードリーは寂しさを隠せなくなってきた。

 言葉がどうしても少なくなってしまう。


「また、会えるよね?」

「もちろんぴよ! あえるぴよよー!」


 ディアの言葉に、クラリッサも意気込む。


「私も……野ボール頑張る! 英雄に近付けるように!」

「その意気なんだぞ!」


 ディアが顔色の読めないケイトにたずねる。


「ケイトもあえるぴよよね?」

「うん。わたしは父さんと同じ仕事がしたいし……。たくさんの生き物、この世界のアレコレを知りたいの」


 その言葉にオードリーとクラリッサが空を見上げる。


「いいなぁ……」

「いいねー……」

「……勉強すればなれるよ。オードリーとクラリッサがやる気になれば……」


 そこでケイトは口を閉じる。

 いくら従妹とはいえ、あまりそそのかすのも良くない。


「考えてみる……」


 オードリーもそれはわかっている。

 親の期待と担うべきもの。そして自分が好きなもの。

 うまく言えないけれど、形になるようなならないような気がするのだ。


 そこでテラスがぱぁっと明るくなる。

 雲が切れて、はっきりと太陽が出てきたのだ。


「ぴよ! さらにあったかいぴよー!」

「春が近いんだぞー!」


 ディアとマルコシアスの言葉にオードリーは頷く。


「うん、その通りだね!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る