320.変幻の虎に勝利せし者

 虎との戦いが終わり、ステラはマルコシアスとディアの元へと駆け寄る。


「お疲れ様でした、頑張りましたね!」


 ステラはディアをたかいたかーいする。

 そうしながらステラはディアの体をチェックした。


 魔力、体力――ともに消耗してはなさそうだ。

 ぴよぴよと満足そうにしている。


「ぴよー! がんばれたぴよ?」

「ええ、虎を引っ張り出してくれて――応援も力になりました!」

「やったぴよー!」


 ステラが足元を見ると、そこにはちまっとした子犬姿のマルコシアスがいた。

 ……もう少女姿はやめたらしい。


「我にとって、二足歩行は負けフラグだぞ」

「さらっととんでもない台詞を……。でもマルちゃんもありがとうです……!」

「どういたしましてだぞ! ……意外と体力使うんだぞ、この歌」

「全力で歌ってくれましたもんね」


 魔力を同調させながら歌ったのだ。そんなに簡単なことではない。


 ステラは頑張ってくれたマルコシアスを抱き上げて、頬すりする。


「でも背中を押されました。ありがとうございます……!」


 屏風の後ろでは、ナナがぶっ倒れて荒い息を吐いていた。ドライバーがころりと床に転がる。


「はー……終わった!」

「お疲れ様だ……。これで大丈夫なんだよな?」

「まぁね。でも万が一もあるし、他の技術者にも見てもらったほうがいいけど」


 自分には絶対の自信があるが、それと安全性を担保するのは別である。


「後は回路図を書き写して研究したいな。この屏風の術式はまさに魔法具の極みだよ」

「それはわからなくもないが」

「屏風に術式を書き込むだけじゃ、あんな虎は生み出せない。絵の具も希少素材を使って多層的に構築しているんだ。小城くらいの価値だって? とんでもない……!」


 腕だけを上げてぱたぱたと振る。


「もしあの屏風と同じものが作れて虎をコントロールできるなら……この大聖堂より価値があるよ」

「だが、無理なんだろう?」


 ホールドは確信を込めて言った。


「無理だね。少しはわかるんだけど……まず絵の具の素材が特定できないのがいくつもある。魔物由来だと再現できない可能性はかなり高い」

「少しわかる素材もとんでもない代物だな。たとえば……白模様は老白鹿の角、竹の一部はエメラルドマンティスの鎌を使っている。今だと、ウチの国から万単位の兵を出せば手に入るかもな」


 つまりこの絵を再現するのは現実的には不可能ということだ。だからこそ価値もあるわけだが。


「……何はともあれ、助かった。感謝する……」


 そう言うと、ホールドもばったりと仰向けに床へ倒れた。苦笑しながら天井を仰ぐ。


「こんなに集中して魔力を使ったのは、学生時代以来だ。しばらく休む……」

「ポーションならここにあるよ。ヒールベリーの村特製のが」

「悪いな……だが、飲む気力もない」


 こうして虎との戦いは終わった。


 ホールドは破産の危機から救われ、ナナは新しい研究対象として術式を手に入れたのだ。


 そしてステラがこの戦いで得たのは――。


(……新しい称号。これはエルト様に相談ですね……)


【称号】

変幻の虎に勝利せし者


 さらにステラはマルコシアスをふにふにと抱える。

 ほんのちょっとした違和感があった。

 なんかマルコシアスの体重が重くなっているような気がする。


「少し大きくなりました?」

「だぞ……? 大きくなったんだぞ?」

「やっぱり……きのせいじゃないぴよ!」


 ディアも同じことを思っていたらしい。

 ぴよよーとマルコシアスの頭を高速で撫で撫でする。


「マルちゃんもせいちょうしてるぴよよー!」

「どうやらそうみたいですね……!」

「そうなんだぞ……!? だとしたらきっと、主と母上のおかげなんだぞー!」

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