296.ステラのスピーチ

 ふと隣を見ると、ディアとマルコシアスがぐっと応援してくれている。


「がんばるぴよよっ」

「自然体、だぞ」


 それに頷き返し、ステラは壇上へと昇る。

 ドラゴンと戦うよりもずっと緊張する。しかし――ステラは思った。

 バットを振るよりは気が楽だ。


 そう、ステラはバットを振るときは常に真剣そのものである。いい加減に振ったことはただの一度もない。


「おお、彼女が伝説の?」

「我らが故郷にも彼女の武勇伝が残っているが……」


 立ち上がったステラを見て、何人かの名士達がひそひそと小声で話をする。


 ステラはザンザスの英雄として有名だが、決してザンザスだけで活躍したわけではない。彼女は道を塞ぐ全ての魔物をなぎ倒してきた。

 そんな中で活動期間が一番長かったのが、ザンザスなのである。


 壇上へと歩くステラには、大聖堂の全ての目が集まっている。

 そしてステラも、この大聖堂のなかの全ての声と視線を感じ取っていた。


 ゆったりとしながら堂々とした歩みに、名士達は気圧される。


 通常、魔法使いは相対する人間の魔力をなんとなく推し量ることができる。

 それは無意識に、人間から魔力が霧散しているからなのだが――ステラからはその魔力が奇妙に感じ取れた。


 まるで大木が悠然とたたずむように。

 あるいは大海が静かに寄せては引くように。


 ステラの魔力は非常にゆったりと穏やかなのである。それが逆に名士達を驚かせていた。


「……確かにモノが違う」

「これがザンザスの英雄か……」


 集まった貴族には騎士の訓練を受けた者も多い。彼らはひと目でステラの特異性を見破っていた。


 だが――。


「ん……?」

「あれ?」


 オードリーとクラリッサは拍手をしながら、顔を見合わせる。二人には村で会っていたときのステラと、今のステラで魔力の質感が違うように感じられたのだ。


 村ではもっとおぼろな――霧のような魔力の存在感だった。


 隣に座るホールドが、二人にこそっと呟く。


「気が付いたか」

「……変えているのでしょうか、もしや」

「ああ、そうだろうな。俺もこの国では王宮魔導団長殿以外で、やってのける人間を初めて見たが……」


 クラリッサも得心したと言うふうに頷いた。


「東の国で感じ取ったのは気のせいじゃなかったんですね」

「うむ……魔力を自在に操れる領域に達すると、あんな風に他人の感知も装えるようになる……らしいな」


 恐ろしい、と一人身を震わすホールド。


 ステラは階段を上がり、舞台へと上がっていた。

 拍手がふっと消える。


 大聖堂はしんと静まり返った。窓の外の雪以外、何者も動かない。身動きひとつない。


 ステラが口を開いた。

 ステラの声は天上の竪琴が奏でられたように、大聖堂への隅々へと軽やかに響いていく。


「皆さん――このような機会を賜り、ありがとうございます。ヒールベリーの村のステラです」


 すっと立っているステラに、大聖堂中が注目する。


「……私が生まれてから、世界はずっと危機と戦乱に巻き込まれていました。かつてこの近くを通り掛かったとき、北の地ではまだ入植の途中で、住むところも食べるものも満足にはありませんでした」


 それはステラにしか語れない歴史だった。

 ヴァンパイアもドワーフも人間も寿命は変わらない。

 今、この場ではステラだけが古き時代を直接知っているのだ。


「ひとかけらの土地を求めて魔物へと立ち向かい――食料と武器が何よりも優先される時代でした。それぞれの種族は争いこそないものの、他の種族と手を携える余裕などありませんでした。自分達のことだけで精一杯だったのです」


 そしてステラは大聖堂を見渡す。


「今、こうして私が目にしている光景は、数百年前には想像もできなかったことです」


 すでに参列している名士達の心は揺り動かされていた。


「平和、芸術――そして互いのことを知ること。このような芸術祭は素晴らしいものです。……本当に、先人達にも子ども達にも誇れることだと思います」


 ステラの声には激しさはない。

 しかし、それは心に響かないというわけではなかった。


「皆さん、心をひとつに。これがお互いをさらに知り、手を取り合える機会になりますことを。それを私は切に願っています……! ご清聴、ありがとうございました!」


 ぺこりと頭を下げるステラ。


 ぽふぽふぽふ、パチパチパチ……。


 拍手はまばらに始まり、やがては嵐のような激しさになった。


 ぽふぽふぽふ!!

 パチパチパチパチ!!


 誰もが立ち上がり、力いっぱいの拍手を送っている。目に涙を浮かべている人もいた。


 最大限の賛辞が贈られていた。


 それだけ、ステラのスピーチは本質を捉えていたのだ。


「ぴよー! かあさまー!」

「良かったんだぞー!」


 階段から降りながら、ステラは照れくさそうに手を降って答える。


「……えへへ」


 ステラが席につくまで、拍手は鳴り止むことはなかったのである。

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