295.開会式
大聖堂の夜。
ベッドでディアとマルコシアスが遊んでいる。
「ぐいーんだぞ」
「ぴよー!」
マルコシアスが仰向けになりながら、両腕でディアをたかいたかーいしているのである。
「下がるんだぞ」
「ぴよよー!」
ふにっ。
そのままマルコシアスがディアをむぎゅっと抱きしめる。
「ぴよ! たのしいぴよ!」
「よかったんだぞ。 じゃあ、もう一度ぐいーん……」
「ぴよっ!」
きゃっきゃっと遊ぶ二人を微笑んで眺めながら、ステラは書物をしていた。
明日の芸術祭の開会式、そこで急遽スピーチすることになったのである。
「母上、苦戦してるんだぞ?」
ディアをたかいたかーいしながら、マルコシアスがステラに問う。
「んむぅ……突然の話でしたからね」
当初、開会式はモブとして特にやることはないはずであった。
しかしアイスクリスタルを討伐したことで、そういうわけにもいかなくなったのだ。
『ゲストの手を煩わせながら、名誉のひとつもないのはいかがなものか』そういうことである。
「でもちゃんとしてるんだぞ。スピーチの機会をくれるなんて」
「出展側のスピーチは、他にイグナート様だけですからね」
開会式の予定を見ながらステラが呟く。
エルフの式次第と比べると、ずいぶん簡素な気がする。
これは種族の違いもあるかもしれない。
ヴァンパイアそのものが個人主義な面が多分にあるからだ。ホールドやザンザス、他のヴァンパイアからもスピーチはない。
「ぴよ。かあさまはなにしゃべるぴよー?」
「エルト様ならぱっと適切に答えられるんでしょうが……」
むむむっと唸るステラ。
正直なところ、そういうことは全然経験を積んでいない。
復活前は祭り上げられそうになるたびに、ダッシュで逃げてきたのだ。
ヒールベリーの村での――エルトとの出会いがなければ今でもそうなんだろうなと自覚している。
「とりあえずはバットでお手玉を――」
「わうっ!?」
「ぴよっ!?」
きゃっきゃっ遊んでいた二人が驚いてステラのほうを振り向く。
「――いえ、冗談ですよ? やるわけないじゃないですか……!?」
「母上はノリノリになるとやりかねないんだぞ」
「そんなわけが……そうですね。バットでお手玉して大喝采なら、きっとやったでしょう」
ふむふむとステラが頷く。
「しかし、そうなると……」
「なにか別にインパクトあることをやる必要はない……と思うんだぞ」
「ぴよ。ありのままのかあさまで、いいんじゃないぴよ?」
たかいたかーいされながら、ディアも言う。
「そういうものですかね……」
「……自然体でいいんだぞ」
「そうぴよー!」
「ぐいぐいーんだぞ」
「ぴよ〜!」
そんなものでいいのか。
ステラは拍子抜けしながら、エルトも近いことを言っていたような……と思い出してきた。
「わかりました……。ふつーにいきます、ふつーに……!」
ぐっと気合を入れたステラは筆を走らせる。
もう寝て起きれば開会式なのだから。
◇
翌朝。
わずかな雲の切れ間から、朝日がさんさんと輝いていた。
なんだかんだ色々考えながらも、ステラは鋼の精神を持っている。すやぁとしっかり睡眠を取って開会式へと出席した。
大広間にはたくさんの着ぐるみヴァンパイアが着席していた。他にはホールド一家とドワーフの名士達だ。
壇上には楽隊ぴよが並んでいる。特別な訓練により、着ぐるみ状態でも華麗な音楽を奏でられるのだ。
ステラ達も緊張しながら最前列に座っていた。名前を呼ばれたら壇上に上がるのである。
ディアが後ろを振り向きながらささやく。
「……きたのぴよがいっぱいぴよね」
「きっと建物全体から集めたんだぞ」
ナナもこそっと補足する。
「この建物には地下もあるからね」
「なるぴよ……」
ファンファーレとともに、まずはイグナートが登壇する。よく通る声で全体へと呼びかける。
「さて、お集まりの皆様! いよいよ『冬の芸術祭――春間近、コカトリスを添えて』を開催いたします!」
ぽふぽふぽふ、パチパチパチ!
ぽふぽふは着ぐるみから拍手である。
「まずは集まってくれた諸氏に、万の感謝を! アイスクリスタルの大群接近により、一時は開催も危ぶまれたが……こうして滞りなく開催できることを嬉しく思う」
イグナートはかなりの身振り手振りでスピーチをしている。どことなく着ぐるみが踊っているように見えなくもなかった。
「今回の芸術祭は様々な方々にご協力頂いた。最初に共同開催者でもある、ナーガシュ家のホールド殿!」
ホールドがすっと立ち上がり、四方に礼をする。
またも拍手が巻き起こった。
着席したホールドを見届けて、イグナートは次に進む。
「そしてコカトリスと言えば世界に知られた存在でもある、迷宮都市ザンザスの評議員レイア殿!」
今度はレイアが立ち上がり、四方に礼をする。
当然コカトリス帽子は被ったままである。すでに会食でもこのスタイルなので、今回はこれで貫き通すのだ。
歓迎の拍手が鳴らされ、それが終わるとレイアも着席する。
「最後に! アイスクリスタルの討伐で多大な功績のあった英雄――伝説から蘇えりし者、ヒールベリーの村の守護神! 古今無双の打ち手、ステラ殿より挨拶を賜わろう!」
ぽふぽふぽふぽふ!
パチパチパチ!
万雷の拍手が鳴り響く。
ごくり。
ステラは喉を鳴らして、ゆっくりと立ち上がるのだった。
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