297.斉唱
ステラが席に座るとやっと拍手が鳴り止んだ。
ディアとマルコシアスがきらきらとした目でステラを見つめる。
「なんだか、よかったぴよ……」
「うるっと来たんだぞ」
「ふぅ……よかったです。エルト様の言い方というか、論法をちょっとまねて見ましたが……」
ステラは多分、よく出来たと思った。
エルトはよく聴衆を盛り上げるような、そんな言い方をする。それを個人的に取り入れてみたのだ。
結果は――とてもよかった、と言える。
「これでウケなければ、一本指で逆立ちでもなんでもして、盛り上げないといけないところでした……」
「おうちでたまにやるアレぴよね」
「盛り上がるだろうけど、力技過ぎるんだぞ」
ステラはちらっと目線を外して、小声で答える。
「……言葉で人を導くのは、難しいものです。エルト様のほうがより良くできていますし」
エルトは人の話をよく聞いて、その上でプラスアルファを考えて物事を実行する。
そして適度に――というか、かなりをちゃんと人に任せる。もちろん人を増やしたり、仕事量を調整した上でだ。
このエルトの仕事のやり方は、ステラはまねできないと自覚していた。
なぜなら、ステラはほぼなんでも出来てしまうからだ。
ステラはソロ冒険者として極限までの能力を持つ。ゆえに他人に委ねたりということが、どうにも難しい。
と、壇上のイグナートが全体へと呼びかける。
「さて、実に感動的なスピーチであった! さすが英雄は歴史と意義を知る。まさに、この芸術祭の目指すところを言い当てられた。……次のスピーチは――」
こうして式次第は滞りなく進んでいく。
招かれたゲストからも挨拶があり、会場全体の注意事項やおおざっぱなスケジュールの確認など。
そして国歌斉唱のプログラムまで進んできた。
正確には国歌ではなく、北の地で有名な民謡ということだが。第二の国歌というやつである。
壇上に歌い手ぴよが現れた。
特殊な訓練により、着ぐるみを着たままでも素晴らしい歌声を披露できるヴァンパイアである。
さらに後ろにはコーラスぴよも控えている。
全員の準備が整ったのをイグナートは確認すると、
「では――皆様もぜひ、ご唱和されたし。曲目は『新天地で羽振って』」
そう呼びかけると、全員が起立する。
ナナも頷きながら、
「やっぱりこの歌があると、故郷という感じがするね」
「よく歌うのですね」
「身内の多い式典ではね。ドワーフ達もよく歌うんだ」
そして静かにシンバルが鳴り、厳かな雰囲気で歌が始まった。
竜の時代がやってきた。
鋭い爪と灼熱の息。
今や我らが故郷は、灰の下。
親を背負い子どもの手を引き、
安らぎ求めて踏み出そう。
凍える吹雪に手をこすり、
我らの墓標は月明かり。
見よ、白の地平のその先を。
黄金のぴよが羽を振る。
命の息吹ここにあり。
※コーラス
ぴよ、ぴよ、ぴよっ!
ぴよ、ぴよ、ぴよっ!
※コーラス終わり
魔の時代がやってきた。
輝く剣と汚れたツルハシ。
次の我らが故郷は、雪の上。
友に手を貸し家族とともに、
安らぎのために汗流そう。
身を切る嵐に顔を伏せ、
我らが墓標は星明り。
見よ、光なき山の頂きを。
黄金のぴよの歌が聴こえる。
魂の息吹ここにあり。
※コーラス
ぴよ、ぴよ、ぴよっ!
ぴよ、ぴよ、ぴよっ!
※コーラス終わり
この歌は五番まであるが、式典で歌うのは二番までだ。そしてコーラス部分は出来るだけ大声を出すのが礼儀なのである。
その国歌斉唱が終わると、イグナートは優雅に礼をした。開会式も終わりが近付いている。
この歌は厳しい時代とコカトリスの楽しさを歌ったものだ。全員の気持ちもほぐれていた。
「いいおうたぴよね」
「よく歌えてましたよ」
なでなで。
ある意味、ディアにはコーラス部分はぴったりであった。
イグナートが満足そうに大聖堂全体を見渡す。
あと言うべき言葉は、ひとつだけだった。
「では、これにて『冬の芸術祭――春間近、コカトリスを添えて』の開会式を終了いたします!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます