274.アナリア式パズルマッシュルーム調理法

 それから地下広場で、わいわいとお昼ご飯を食べることになった。


「こちらもお昼ご飯にしようと思ってましたのにゃん、ちょうどいいですにゃん!」

「「にゃー!」」


 ニャフ族がいっせいに準備に取り掛かる。


 なるほど、それで街道沿いに馬車を止めたんだな。

 ものすごいタイミングだったわけだ。


 ブラウンの率いる馬車は村で食べる用の食料を積み込んでいた。

 行きは輸出用の作物や森で取れた素材を積み、帰りは村で足りない食料や日用品を積む。

 無駄のないやり方をしているからな。


「ウゴウゴ、ここで食べちゃっていいの?」

「エルト様なら問題なしですにゃん。それと新しく仕入れた品物もありますにゃん」


 にゃんにゃん、とブラウンが箱から取り出したのはマッシュルームであった。

 ……普通のマッシュルームみたいだが。それは村でもすでに食べられているような?


 というより、マッシュルームか……。

 広場に山とあるパズルマッシュルームくん……。


 料理の準備も統率しているアラサー冒険者が、あごに手をやりながら興味を示す。


「おや、それは……栽培品かい?」

「そうですにゃん。ザンザスのホテルに卸してるのと同じですにゃん」

「やっぱり栽培品は形が整って、大きいですねぃ」

「ウゴウゴ、きれいだね」


 うんうんとウッドとアラサー冒険者が頷く。


「なるほど、村で普段食べるマッシュルームは天然物か」

「その通りでござる。しかし栽培品はまだまだ高級品。ザンザスでも庶民が食べられるものではござらぬ」

「ホテルや高級レストラン向けだなぁ、うん。栽培法が秘密で、ザンザスでは作れねぇんすよ」


 ふむ……マッシュルームの栽培法か……。

 知らん。

 皆目見当もつかない。


 もし知ってても、現代人がマッシュルームの栽培法なんて、徒手空拳で再現できるわけもない。


 そしてマッシュルームは、ドリアードの栽培の対象外だ。キノコ類は植物でないからな。


 と、アナリアがぷるぷるしながら大きなナイフを持っている。

 その足元にはパズルマッシュルームが……!


 えっ。

 それ、行くの?


 どう考えても、アナリアはパズルマッシュルームを切ろうとしていた。


「もぐー! 久し振りにアナリアの『アレ』が見られるもぐ!?」

「さて……! 高等学院の苦学生時代に培った、パズルマッシュルーム調理法をお見せします!」


 アラサー冒険者が面白そうにはやし立てる。


「本当に食べられるようになるのかー?」

「驚かないでください。一週間パズルマッシュルーム生活は、私を大きく成長させました!」

「そりゃヤバいでござるな」


 ヤバいらしい。


「でもパズルマッシュルームは味がないんじゃ?」

「ウゴ、コカトリスはずっともにゅもにゅしてる」


 確かにコカトリスはずっと、もにゅもにゅとパズルマッシュルームを噛んでいる。


「ぴよ?」(もにゅ?)

「ぴよよ?」(もにゅもにゅ?)


 頬を膨らませてもにゅもにゅしてる姿はかなり可愛らしいが……。

 でも飽きないんだな。


「味はありませんが……コツはあります。繊維を横切るように切って煮込めば……!」


 スパスパッ!


 手慣れた手付きでアナリアがパズルマッシュルームを切っていく。

 うん、業前を感じる……。


「ぴよー!」(おみごとー!)

「ぴよぴよぴよ!」(きれてる、きれてるねー!)


 ぽふぽふぽふ。


 コカトリスがその鮮やかな手並みに拍手――というか、羽を鳴らす。


「ふふふ……衰えていませんよ、私は!」

「なるほど、繊維をズタズタにするように切るんですねぃ」

「そうなんです! そこがコツです!」


 そして切ったパズルマッシュルームを鍋に放り込む。


「水は飲めますもぐから、じゃんじゃん煮込むもぐ〜」


 地下広場の水、そして持ち込んだ食糧……さらには俺の植物魔法。

 煙の出ない加熱魔法具があるので、地下でも安全である。


「たまねぎ、トマト、ピーマン……バジルやミントもあるぞ」


 次々と俺が生み出す植物を見て、アラサー冒険者が感嘆する。他の冒険者も同じようだな。


「いやぁ、さすがエルト様……! というより、魔力は大丈夫なんで?」

「全然余裕だな」

「戦闘と休憩、どちらもお世話になるでござる!」

「食後のデザートもあるぞ」


 糖分補給が大事とかあるしな。


「豪勢ですぜ、本当に。遠出のときはろくなものは持ち込めませんからね」

「まことにござるな。せいぜい干し肉や硬めのパン、野菜の酢漬けや乾燥食品でござるし」


 だんだんと煮込み料理が完成していく。

 ちなみにウッドもパズルマッシュルームを切ったり、野外での料理作りに参加している。


「ウゴウゴ、こんな感じ?」

「ああ、そんな感じに混ぜるんだぜ。この魔法具だと熱が弱いからな……。しっかり混ぜないといけねぇ」

「ウゴ、勉強になる!」


 そうしてじっくりコトコト、完成したのが――。


 山盛りパズルマッシュルームと高級マッシュルームの香味野菜の煮込み。

 なんだか長いメニューになったな。


 鍋から小さなスープボウルに取り分け、皆で食べ始める。


「恵みに感謝を」

「「恵みに感謝を!」」


 ずずっ……。


 ふむ、スープは……うまいな。

 野菜の酸味や渋みがよく出ているし、放り込んだバジルやらもいいアクセントになっている。


 問題は……。

 俺はスプーンでひとすくいしてみると、欠片になったパズルマッシュルームを取り出した。


「ぴよ!」(おいしー!)

「ぴよぴよぴよ!」(お野菜たくさーん!)


 コカトリスも煮込み料理は美味しいみたいだな。

 喜んで食べている。


「ではパズルマッシュルームを……!」


 ごくり。

 俺は意を決して、パズルマッシュルームを口に入れる。


 その瞬間――俺は感じた。

 スープの旨味とハーブ類の爽やかさを。


 つまり……それ以外にパズルマッシュルーム固有の味わいとか、そういうものはと言うと!


 もにゅ、もにゅ……。


 うん、パズルマッシュルームに味はないな。


 もにゅ、もにゅ……。


 例えるなら、簡単に噛み切れない寒天みたいなもの? あるいは厚いガム……?


 でも味は染み込んでいるな。

 うまいかまずいかで言うと、うまいのだ。


 もにゅもにゅもにゅ……ごっくん。


 まぁ、これはこれでオッケーか……。

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