275.ナナの身辺

 その頃、大聖堂。


 お昼ご飯を食べ終わったステラ達は、持ち場へと戻ってきた。作業再開である。


「ぴよ。ふしぎなしょっかんだったぴよねー」

「わうー。もにゅもにゅだったんだぞ」


 マルコシアスが口をもにゅもにゅさせる。

 もうパズルマッシュルームは飲み込んだはずであるが。


「わかるぴよ。まだもにゅもにゅしてそうぴよ」

「なんだぞー」


 着ぐるみの姿のナナが、ステラへ首を傾げながら問う。


「ザンザスの第三層ではパズルマッシュルームが群生してるんでしょ? そんなに食べられてないの?」

「……ま、まぁ……食料が尽きたとき、他に全く手段がない場合は……ですね」


 ステラがそっと目をそらす。

 大昔のザンザスでは、飢饉の際にパズルマッシュルームで凌いだらしいとステラは聞いている。


 これはステラがザンザスへやってくるよりも、さらに数百年昔の話だ。

 つまり、それほど前に食べられることは知られていたが……普段は食べないのである。


 かくいうステラも食べた記憶がない。


「でも美味しかったですね。じっくりコトコトですか」

「そう、ヴァンパイアの歴史ではたびたび、あのパズルマッシュルームを振る舞う貴族の話が出てくるからね」

「だいすきなのぴよ? あたしもあのもにゅっとかん、すきぴよよ!」


 ディアの無邪気な発言に、一瞬ナナが沈黙する。


「そ、そう……。あのもにゅっと感がやみつきになるというか、たまにブームになるんだよ」


 言葉を選びながらナナが答える。

 真実は過酷である――かつての北の地は、とても住みやすい場所ではなかった。食べられるもの全てを食べ尽くしても、なお飢えることはままあったのだ。


 吹き荒れる風雪のなか、魔物を狩るのも容易ではない。その点、洞窟でふにょんふにょん歩くパズルマッシュルームは狩りやすい魔物といえた。

 毒は厄介だが、予兆と訓練により攻略できないものではない。


「かつては、パズルマッシュルームを専門に狩る兵士もいたくらいだからね。かくいう僕のご先祖様にも、パズルマッシュルーム狩りに従事してたひとはけっこう居た」

「……そうだったのですね」


 ステラはほろりとする。並々ならない苦労であったことがわかるのだ。


 話が一段落するとナナがお腹をごそごそして、花飾りのパーツを取り出して行く。


「さ、そろそろ準備をやっつけてしまおう。組み立ては今日のうちに終わらさないとね」

「はいぴよー!」

「らじゃーなんだぞ!」

「そうですね……!」


 そうして、ステラ達はせっせと準備に取り掛かった……。


 ◇


 夜。

 準備も一段落し、ステラ達は夜ご飯を食べて自室に戻っていた。


 ベッドの上ではディアがマルコシアスの顔を優しくふにふにしている。


「ぴよよー。マルちゃんのほっぺは、ふにふにぴよねー」

「適度な運動と早寝早起き、そしてお昼寝が大切なんだぞ」

「いいぴよねー。ふにふにー」


 ディアの羽で顔マッサージされるマルコシアスは、とても気持ち良さそうである。


「眠くなってきたんだぞ」

「ぴよ。おふろがまだぴよ」

「そうなんだぞ。もこもこあわあわタイムがあるんだぞー」

「そうです、毎日キレイにならないとですね……! ん?」


 ステラが意識を向けた瞬間、扉がノックがされた。


「僕だよ。ちょっといい?」


 ナナの声である。ステラはぱたぱたと扉を開けに行った。


「はーい」


 扉をそっと開けると、そこには着ぐるみを脱いだナナがいた。切り揃えた青髪と、青い瞳の少女姿である。


「……ステラ、ちょっと二人だけでいい?」

「いいですよ。マルちゃん、ディア、少し行ってきますね」

「ひさしぶりのだっぴすがたぴよね……。いってらっしゃいぴよ!」

「いってらだぞー」


 そうしてステラはナナに連れられて大聖堂を歩いていく。この時間はさすがに、大聖堂も閑散としてきている。


 ステラが何気なく窓から空を見上げると、青白い月が浮かんでいた。

 この極寒と過酷な地にあって、ヴァンパイアは月に慰めを求めたという。


 太陽が天敵であるヴァンパイアにとって、明るい月は希望であった。月が晴れ晴れと見える夜は、次の日は雪が降らないかも――と。


 そして案内されたのは、大聖堂でもっとも格式ある来賓室であった。

 古めかしい調度品には金銀宝石がちりばめられ、天井の壁に埋め込まれた真珠は星を、乳白の大理石は月を表現していた。


 部屋の真ん中には、最上の樫で作られた丸テーブルと椅子があった。

 テーブルの上にはボトルとグラスが置いてある。


「素敵なお部屋ですね」

「どうぞ、座って」


 ナナに促されるまま、ステラは椅子に腰掛ける。

 ナナがボトルを開けて優雅にグラスに注ぎ始めた。


 ステラはすぐに、それがトマトベースの野菜ジュースだと気が付いた。


「お礼を言いたくてね。あなたのおかげで、色々とうまくいった」

「彼女とのことですか?」


 ステラは半ば確信を持って聞いた。

 ナナは野菜ジュースに満たされたグラスを、ステラのほうへ滑らせる。


「気付いていたんだ」

「確信しているのは、私とマルちゃんくらいだと思いますが」

「それはそうか……。でも、うん……兄さんとの仲も修復できた。あなたがアイスクリスタルを仕留めてくれたおかげで」


 ナナがグラスを掲げる。あわせてステラもグラスを掲げた。ナナが乾杯の言葉を述べる。


「ヒールベリーの村に」

「ヒールベリーの村に」


 ステラも復唱し、野菜ジュースをぐっと飲む。

 トマトをベースにした酸味と……緑黄色野菜のまったりとした渋み。

 しかしくどくはなく、トマトの良さを静かにしっかりと引き立てている。まさに複雑な大人の味と言えた。


「ふむ……手間暇かかってますね」

「これは最高級品だからね」

「……まぁ、でも良かったです。うまく行ったみたいで」

「家を飛び出したようなものだったからね。半分は戻りたくもあり、戻りたくない気持ちもあった」

「わかります。そういうものですよね」


 ステラは自分に置き換えて、うんうんと頷く。

 故郷を飛び出して冒険者になったのは、二人とも同じだからだ。


「ヒールベリーの村にしばらく住み続けようと思う。兄さんも認めてくれた。いままでは冒険者であることについて、あんまりいい顔をしなかったけれどね」


 軽い口調だが、そこには嬉しさがにじみ出ていた。


「それは良かったですね。エルト様も喜ぶと思います」

「うん。それで……ひとつ、兄さんから言われたんだけど」


 そこでナナが言葉を区切った。ナナ自身もよくわかってない、というように。


「こーしえんって、知ってる?」

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