255.アイスクリスタル

 ウッドが俺の差し出した鱗を手に取る。

 ……じーっとその鱗を見つめてるな。そのままひょいと食べたりはしないか。


「ウゴ……ピリッと? かあさんの料理くらい?」

「あれより辛くないぞ。俺だって食べられたくらいだから……ちょっと辛いクッキーみたいなものだ」


 まぁ、俺の知識だとせんべいやスナック菓子のほうがより近いが。それをちょっと辛くした奴だな。


 アナリアもうんうんと頷く。


「そうですそうです。唐辛子エキス……みたいな! おやつの時間にも合う感じですから!」

「ウゴ、なるほど……!」


 ウッドは俺達の言葉を聞いて、不安が拭われたようだ。


 俺もそうだった。ちゃんと例えてくれれば食べる気にもなるのだ。


「ウゴ、じゃあ食べる……!」


 ウッドが覚悟を決めて、鱗を口に運ぶ。

 俺とアナリアも固唾をのんで見守る。


 パリパリ……。


 ウッドの噛む力は普通に強い。俺でも噛めたのでウッドなら楽勝である。


 ……ごっくん。


 ウッドが鱗を飲み込むと、目がぱちりと開かれる。


「ウゴ……! なんか、来た!」

「おおっ! 来たか!」

「来ますよねー!」


 ここら辺は食べた人じゃないとわかり合えないよな。


 ちなみにコカトリスコンビは、リビングでぴよっとお互いのお腹をもみもみしていた。

 なぜ俺の家でそんなことをしているのかは不明だ。

 きっと、知らないところでもみもみするのが重要なのかもしれない。


「ウゴ、新しいスキルゲットした!」

「やりましたね!」

「よしよし、まずは第一歩をクリアだ!」


 いえーいとハイタッチする俺達。

 俺にとっても、ウッドが成長するのは嬉しいからな。我が子の成長そのものだし。


「さて、それじゃ……やるか!」

「はーい!」

「ウゴ〜!」


 まずは練習を重ねて、こねこねの感覚を掴んでもらう。

 そして出来のいい草だんごをララトマのプレゼント用にする。


 ふむ、終わりなきこねこねタイムの始まりだ……!


 ◇


 一方、北の地にいるステラ達。

 ナナをソリ代わりにして滑りながら、大聖堂へと着実に近付いていた。


「ふぅ、そろそろ到着ですかね……」

「そうだね、今日の夜には着くだろう」


 ナナはきちんと方位と速度を計算していた。


「思ったより早く着くんだぞ?」

「ええ、一見空を飛ぶのが速いような気がするんですが……このナナソリは細かく軌道を修正できますからね。他はさておき、北の雪国ではナナソリのほうが正解のようです」

「ぴよ。ナナソリ、いいひびきぴよね……!」


 ぽむぽむとディアがナナの背中を撫でる。


「いや、ソリはソリなんだけど……」

「否定しないんだぞ」

「いまさらだしね。ステラの運転がいいせいか、僕も快適だよ」

「ありがとうございます……!」


 実際、ステラの超感覚は優れていた。

 くいくいっと微妙な重心変化ですいすいと滑っているのだ。


 実はこのナナソリ、ロケットをそのまま積んで吹っ飛ぶに等しい所業である。

 コントロールは困難を極める。

 常人なら障害物に突っ込むか、同じところをぐるぐるスピンしまくるだろう。


「おや……?」

「どうかしたんだぞ?」


 ステラが何かに気が付いたようだ。

 片手で右のほうを指差す。


「キーン……と向こうで甲高い音がしますね」

「……ごめん、僕には聞こえない」

「あたしもぴよー」


 ナナとディアには聞こえないらしい。

 マルコシアスがすんすんと鼻を鳴らす。


「空気の匂いが変わったんだぞ……?」

「ええ、あれは――アイスクリスタルの群れのようです」


 アイスクリスタルとはそのまま、氷の結晶の魔物である。

 人の頭くらいのきらきらした結晶の形をしており、空を舞いながら移動する。そして出会うものはなんでも、氷漬けにしていくのだ。


 いわゆる生きている魔物ではなく、魔力によって生まれた自然現象の魔物である。

 単体では弱い魔物だが、これが群れると途端に手強くなる。


 相互に冷気を生み出し、攻撃しても攻撃しても復元してしまうのだ。


「向こう……? そっちって――」


 ナナが着ぐるみの中で頭をフル回転させる。


「大聖堂じゃないか!」

「ぴよ! これからいくとこぴよ!?」

「ええ、そうですね……。んんっ、私の勘だとそれなりの群れのように思います」

「アイスクリスタルか……。よりにもよって!」


 このアイスクリスタルは風に運ばれて、本来の生息圏よりも外に出ることがよくある。

 もっとも、そうしたアイスクリスタルの寿命は短いのだが……。


「スティーブンの村でぽこぽこしたのは、アイスクリスタルとか聞いたぞ?」

「この辺りで人里にふらっと現れる魔物は少ないですからね……」


 ふっと軽く息を吐いたステラが、ナナへと呼びかける。


「どんどんアイスクリスタルとの距離は縮まっています。このまま行けば、突っ込めます……!」

「……アイスクリスタルは群れのサイズで脅威度が決まる。ここまで進出してきた群れだと、相当のデカブツだよ」


 ナナもアイスクリスタルとはよく戦った。それゆえにわかるのだが、油断は禁物なのだ。

 大きく育ったアイスクリスタルの群れは、Sランクの脅威度認定をされる。


 アイスクリスタルは魔力ある氷の結晶。

 竜巻のように雪を巻き上げ、通りがかる全てを凍らせる。


 それはまさに、天災とでも言うべきもの。

 あまりに大きいアイスクリスタルの群れ相手では、逃げるか頑丈な建物にこもるしかないのだ。


「問題ありません……! このバットがあれば、アイスクリスタルの千くらいはよゆーです! ディアもマルちゃんも見ててください!」

「ぴよ! すっごいぴよー!」

「かっこいいんだぞ!」

「…………」


 ナナが少しの間、考え込む。


 大聖堂にはヴァンパイアの貴族達が集まっているはずだ。

 当然、その中にはナナの兄であるイグナートもいるだろう。


 大魔法使いであり影魔法の達人、雪崩も消し飛ばすイグナートがいるなら――どうあれアイスクリスタルは撃退できるだろう。


 しかし大聖堂そのものに被害が出ないとは限らない。芸術祭へ影響するかもしれない。


 単騎突撃なんて無謀もいいところだが……。

 しかしステラは無謀を常として、それを誇ることもない武人なのだ。


 きっとステラは、魔物の脅威があればぽこぽこするだけである。


「僕達がまっさきに戦う必要性は特にない、と普段なら言うところだけど――あなたには愚問だね」

「わかってきてるじゃないですか……!」


 ステラが嬉しそうに言う。


「わかったよ、それじゃ適当なところで僕から降りて――」

「いいえ、むしろこのまま突撃してください!」

「えっ?」

「アイスクリスタルと戦うコツは……ひとつだけ! 復元する間もなく、ぽこぽこしまくることなんですから……!」


 そう言うと、すちゃっと器用にバットを手に取る。


「マルちゃん、全速前進ですーー!」

「えっ?」

「わかったんだぞー!」


 そう言うと、赤い輝きが一層強くなる。

 ものすごい勢いでマルちゃんが加速しているのだ。


 ただ代償として、コントロールがさらに困難になるのだが……。


「ぴよー! しろい、つつぴよー!」


 ディアが羽を指し示した先には、アイスクリスタルの群れがあった。


 それはまさに純白の竜巻。

 キーンと空気を震わせながら、道行く物を氷漬けにしていた。


 これほどの大きさの群れなら、間違いなくAランク以上の脅威である。


 しかしステラは臆することもない。


「行きますよー!」

「ええええっ……! ちょっ!」

「ナナソリ千本ノック、れっつごーです!」

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