254.ぐいっと

「……失礼」


 ヴィクターが一歩、後ろに下がる。

 挨拶中に第三者が声を上げるのは、よろしいことではない。


 しかしヴィクターはぴよ博士として、権威ある存在……。そのヴィクターが思わず声を上げるほどの出来栄えだったのだ。


「ふむ……」


 イグナートは目の前にいるレイアに問うた。


「なぜ、いま鳴き声を鳴らされた……?」

「お好きかと思ったのですが……」


 まったく躊躇なく、レイアが言い放つ。


「違いましたか?」

「……面白い。確かに、コカトリスは好きだ……」


 ふふふとイグナートが着ぐるみの中で笑う。そしてレイアもにこーと微笑む。


「帽子の出来も素晴らしい。実に良いふもっと感だ……」

「ありがとうございます。こちら、ザンザスの新商品になりますので……!」

「ほう、ザンザスの商品開発は貴方が担当していると聞いたが……」

「はい、こちら――私の頭の上のが試作品第一号になります!」


 得意げなレイアにイグナートが頷く。


 最初は少し冷や汗を流したホールドだが、イグナートの柔らかい雰囲気を察して胸を撫で下ろした。


 いや、むしろ……二人の握手が離れたとき、そこには普通の挨拶から生まれる以上の絆があった。

 そこにはコカトリス好きだけが共有できる『空気』があったのだ。


 イグナートがふさぁと着ぐるみの羽を広げる。


「改めて歓迎しよう。なるほど、貴方は『本物』だ」

「いえいえ、私などは……ザンザスのダンジョンでもふるだけの冒険者ですので……」


 謎の謙遜。

 そしてイグナートがヴィクターに顔を向ける。


「ぴよ博士、今の鳴き声は本物に近かったのか?」


 イグナートはヴィクターを尊重している。少なくとも、自分から名乗り出るまではぴよ博士としておくのだ。


 無論、レイアはヴィクターの着ぐるみの良し悪しを即座に見抜いている。

 間違いなく、あの着ぐるみの中にいるのは上級貴族……そのように踏んでいた。


 ヴィクターがふむふむと腕を組みながら話を続ける。


「ああ、とても素晴らしい……。簡単なようで、ぴよぴよの再現は難しいのだ」


 ヴィクターの言葉にホールドも頷く。


「……聞いたことがあるな。迂闊にコカトリスにぴよと言うと、何かあったのかとすっ飛んでくるとか」

「人間が口にして発音するぴよは、コカトリスにとってSOSに聞こえるようだ。無理もないが……コカトリスは極めて微妙なぴよの使い分けで高度にコミュニケーションをしている。だが人間はその域に達していない」


 さすがのヴィクターも、この場でコカトリス帽子を改めるような真似はしない。

 興味は引かれるが、身に着けているものである。

 それを外してくれと頼むほど外道ではなかった。


 続いてホールド達とレイアが挨拶をしあう。

 ホールド一家とレイアは何度か顔を合わせているので、問題はなかった。


 挨拶が終わると、イグナートがぴっと着ぐるみの羽を立てる。


「ふむ……それでは大聖堂のさらに奥へ案内しよう。あなたがたの展示スペースだ」


 ◇


 一方、ヒールベリーの村。


 日中、俺が家で仕事をしていると玄関から声がした。


「にゃ。エルト様はおられますにゃー?」


 ナールの声だな。彼女には草だんごの材料を頼んでいる。それを持ってきてくれたのだろう。

 もちろんお金は払うつもりだ。対価を払わないのは私的流用だからな。


 さすがに大樹の塔に取りに行くわけにはいかないからな……。

 ウッドとの草だんごプレゼント作戦がバレてしまう。


「どうぞ、大丈夫だ」


 玄関口に行って扉を開けると、そこにはナールとアナリアがいた。

 アナリアの手には大きめのバッグがある。


 そして二人の後ろには――コカトリスが二体いた。


「ぴよっ!」(こんにちわー!)

「ぴよっぴー」(遊びに来たよー)


 ぴよぴよしているコカトリス達。

 ウッドもリビングからひょっこり顔を出してくる。


「ウゴ、お客さんがたくさん?」

「ああ、そうだな……」


 ナールが周囲をうかがいながら、


「にゃ。例の材料をお持ちしたんですにゃ」

「私は生簀のところから材料を持って行くナールを見かけまして……!」


 アナリアが補足する。

 もちろんそれは問題ない。ドリアード達に知られなければいいのだから。


「何か、お手伝いできればなぁ……と」

「それはありがたい話だな」


 アナリアは恐らく、ドリアードを除けば草だんご作りで村一番の腕前だ。

 そんな彼女が手伝ってくれるのは心強い。


「私も彼にはお世話になっていますしね……!」

「ウゴウゴ、ありがとう!」


 大樹の塔で繫がりが広がったおかげか。

 うんうん、いいことだ。


「それで後ろのコカトリス達は……?」

「ぴよっぴー」(特に用はないんだけどー)

「ぴよぴよ」(たのしそーだから来たよ)

「にゃ。どうやら暇みたいなのですにゃ」

「そ、そうか……」


 材料の匂いに釣られたのかも知れないが……。

 あるいは本当に暇なのかな。

 まぁ、たまには家でぴよぴよしてもらうのも良いか……。


「どうぞ、上がってくれ」

「お邪魔します……!」

「「ぴよー!」」(お邪魔しまーす!)


 どたどたとコカトリスが家の中に入ってくる。

 そこでナールはびしっと敬礼をすると、


「にゃ。あちしはギルドに戻りますにゃ……!」

「ありがとう、ナール。材料は――」

「私が持っています……!」


 そしてナールは懐からごそごそと小さなハンカチを取り出した。


「あとこれもですにゃ!」

「これは……あっ、ありがとう。忘れていた」


 ナールが小さく包んできたのは、草だんご作りにはある意味欠かせないもの。

 最近、ご無沙汰だったので失念していた。


「ウゴ?」


 ウッドが首を傾げる。

 無理もないか。


 俺の手に渡されたのは、きらきらの鱗。

 レインボーフィッシュの鱗なのだ。


 これを食べることによって、スキルが覚醒する……!


「さっ、ぐいっといってみよう……」

「ウゴ!?」


 大丈夫。ちょっとピリッとするだけだから……!

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