256.英雄、それは音もなく
一方その頃、大聖堂は緊迫した雰囲気に包まれていた。
アイスクリスタルの群れが接近してきたからである。
そしてホールド達とレイア、イグナートは、いかめしい装飾の聖堂長の部屋に集まっていた。
かつて戦乱期には司令室としても使われていた部屋だ。
そこでイグナートが近衛ぴよに苦々しく言う。
「アイスクリスタルの大群は、まっすぐこちらに向かってきているのだな?」
「はっ、大聖堂周辺の馬車は収容いたしましたが……」
ホールドやレイアが乗ってきた馬車、それから芸術祭の準備をしにきた人達の馬車……数十台である。
だが大聖堂は要塞でもあった。
元より、寒波や魔物に対する備えはある。
レイアが窓の外を厳しい目で見つめる。
「あのアイスクリスタルの群れ、冒険者ギルドの基準では脅威度AかS……どちらかというと、Sに近いと感じます」
ヴィクターも着ぐるみで腕を組み、
「同感だな。普通なら避難するか、堅固な場所でやり過ごすかだが……」
アイスクリスタルの厄介さは、相互に復元することにある。
一度、巨大な群れとなると手が付けられない。
しかし幸い、生きている物を特に狙うこともないのだが。
コカトリス着ぐるみのなかで、ヴィクターが計算を弾き出す。
「あの大きさと発する魔力。四日で三割程度、弱体化するだろう」
「そのあとなら、この大聖堂におられる戦力で間違いなく討伐できるかと……」
レイアも頷く。
魔物学の教授と冒険者ギルドのマスターの試算である。
……どちらもコカトリスに包まれていたが……。
「しかし、それだと……」
ホールドが眉を寄せ、ちょび髭を触りながら、
「これからも続々と人が来るんだぞ? 準備の職人、シェフや食材、音楽隊……そろそろヒールベリーの村からの使者も来る。彼らはどうなる?」
「……アイスクリスタルの進路次第だが、彼らが遅れるのはやむを得ない」
大聖堂を通過したアイスクリスタルが次にどこにいくかなど、誰もわからない。
風任せ、魔力の流れ任せなのだ。
イグナートが断言する。
「大聖堂の防備は万全。ゲストに傷一つ付けさせんし、ガラス一枚も割れることはない。だが、これから集まる人達は……群れが討伐できるまで、遠ざけるしかない」
「そんな……!」
オードリーが思わず声を出す。
それでは芸術祭の準備はどうなるのだろう?
予定通り出来なくなる、ということなのだろうか?
「近衛と周辺から戦力を出せば、さらに討伐は早められる。あわせて数日程度、芸術祭の開催期間を短縮する。そうすれば人的被害は出ない」
「くっ……!」
それは開催期間の半減を意味する。
もちろんそれだけ、芸術祭の効果は薄れてしまう。
「無念は俺も同じだ、ホールド殿。だが招待客には大物も多い……」
「……わかっている。ゲストに傷を付ければ、それこそ取り返しがつかない。ここはあなたがたの領土だ。従おう」
「ありがとう。やむを得ん……!」
ふう、とイグナートがため息を付く。
「……ふむ」
話し合いが終わると、ヴィクターがそろりと部屋から出ようとする。
「ぴよ博士、どこへ行かれるのだ?」
「アイスクリスタルの群れへだ。悪あがきだが、俺の風魔法をぶつけてみる」
「……心遣いは大変ありがたいが、アレは個人でどうにかなる規模でない……」
イグナートは地元の貴族ゆえ、よくわかる。
「かつて似たようなアイスクリスタルの群れを進路変更させるのに、数個の騎士団が必要だった。いかに貴殿が古き血の貴族とはいえ……」
「そうだろうな。成功率は一割以下。しかし……運良く、ということもある。それに防御力はこの着ぐるみが請け負う。万一の際も、俺なら大丈夫だ」
「兄さん、それなら俺も……!」
身を乗り出すホールドを、コカトリスの羽で制する。
「お前にはオードリーとクラリッサがいる。芸術祭がある」
「だが……! 兄さんはたまたま来ていただけで……」
「気にするな。新しい論文の足しにするだけだ」
ヴィクターの言葉に、イグナートがばっと羽を広げる。
「わかった……! 遠距離攻撃なら、俺も得意とするところ。大して成功率は変わるまいが、やってみよう」
「イグナート殿……!」
「ホールド殿、そんな顔をするな。ここは我々の領土なのだ。厳しくも愛すべき、我らの……。そしてコカトリスの着ぐるみは、単なる趣味にあらず。何者にも屈さず、耐え抜く彼らへのリスペクトなのだから」
実際、イグナートの着ぐるみの防御力はとてつもないレベルである。
ドラゴンにふみふみされても、大丈夫なのだ。
「んんっ……!?」
と、盛り上がる聖堂長の部屋でレイアが窓に張り付く。
イグナートが首を傾げながら、隣へと行く。
窓の外、遠方に白い竜巻が渦巻いている。
「何かあったのか?」
「いえ、今……赤い何かが、アイスクリスタルの群れへ……」
薄く、小さな光がアイスクリスタルへと飛び込んだのだ。
「赤い何か? 誰か、魔法で攻撃をしかけたのか? だが、攻撃命令は出していないぞ」
「もしかして……あっ」
まさか、とレイアが思っていたときにはすでに『事』は起きていた。
パリパリパリ……!!
アイスクリスタルの竜巻から、ここまで音が響く。
純白の竜巻の中で、何かが起こっていた。
「……確かに何か、赤い光がちらついているな」
アイスクリスタルに遮られ、よくは見えない。
しかし変化が起きていた。
竜巻の上の方で白い光が発したかと思うと……。
割れたのだ。
ひとつの巨大な竜巻から、アイスクリスタルの小さな群れが分離した。
「なっ……!?」
イグナートが窓に張り付く。こんな現象は初めてだった。
一旦、アイスクリスタルは巨大な群れとなったらそのままだ。
分かれるなどあり得ない……。
だが見ていると、次々に竜巻から白いキラキラの霧が弾き出される。
それらはひとつひとつが、小さなアイスクリスタルの群れであった。
「何かが、竜巻を中からバラしている……? アイスクリスタルの群れを細分化しているのか。だが、そんな馬鹿なことが……」
イグナートの言葉に、レイアが頷く。
「あの赤い光、そしてこの異変……間違いありません」
「知っているのか、レイア」
何をしているのかは知らないが……誰がしているかはわかる。
それはきっと二人の冒険者だ。
一人は生ける伝説。
数百年経てもなお、色褪せることのない武勇。
そしてもう一人は魔法具の達人。
並ぶことのない知識と数々の遺産。
ザンザスの英雄とアーティファクトマスター……。
「Sランク冒険者、ステラとナナです!」
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