249.北の地にて

 北の国の大聖堂。

 王冠ぴよことイグナートにホールド一行は挨拶に行く。


 もちろんホールドは事前に顔合わせはしているのだが、着ぐるみ姿のイグナートは初めてであった。


 王冠以外、特に変わった着ぐるみのようには見えないが……。


「……やはり豪華な着ぐるみなのか?」


 歩きながら、ホールドは隣のヴィクターに問う。


「体毛の二割がコカトリスの毛、それ以外も魔物素材だな。かなり高価だが、イグナート殿の財力を考えれば作業着みたいなものだ」

「王冠もレプリカだしな」

「そうなのか?」


 ホールドがちょび髭を触りながら頷く。

 イグナートの着ぐるみにちょこんと乗せられている冠。赤と青の宝石をちりばめ、銀の光沢に飾られた立派なものだ。


 しかし遠くからでもホールドはその価値を見極めていた。


「宝石は人工モノ、光沢は魔法で演出してる。本物の銀じゃない。無論、安くはないが――汚したり頭の上から落としたりしても構わないやつだろう」

「す、すごい……!」


 クラリッサが大人二人の会話に感嘆する。彼女にはまだその辺りはさっぱりわからない。

 オードリーもふんふんと頷く。


「私もあの着ぐるみの良さはわかるんだけど……!」

「それがわかれば十分だ、偉いぞ。クラリッサもいずれわかるようになる」


 ヴィクターがぽむぽむとオードリーとクラリッサの頭を撫でる。


「……相変わらずだな……」

「何か言ったか?」

「いや、何も」


 ホールドは学生時代の兄を思い出していた。

 貴族院でも評判の生徒で、教師にも学生にも人気があった。変人なのだが、絶妙なところで人を褒めるのである。


 雪原に足跡を残しながら、ホールド達はイグナートの元へと辿り着く。

 イグナートのコカトリスの着ぐるみヘッドがホールドに向けられる。


 ホールドがにこやかに握手を求める。


「お久しぶりです、イグナート殿」


 イグナートからも、ふわもこな着ぐるみハンドが差し出される。握手をすると、そのふわふわもこもこな感触がより一層確かになった。


「久しぶりだ。ナーガシュ殿! ついにこの日が来たな……!」


 ぐっと一度強く握手されてから手を離される。

 表情はわからないが、やる気に満ちた声だ。


「そして隣にいるのは……」


 イグナートの瞳が――つぶらな着ぐるみの眼差しがヴィクターに向けられる。


「ヴィクター殿か。よい着ぐるみだな」

「その名を言ってくれるな。俺はただのコカ博士だ」


 ふふりとヴィクターが首を振る。

 どうやらただのコカ博士に徹するらしい。


 それをオードリーはきらきらとした瞳で見上げるのであった。


「こほん。そして俺の娘オードリーと東方の姫クラリッサだ」

「ああ、初対面ではないな。とはいえ、数年ぶりの再会だが。この芸術祭で、君達も何か学びを得られれば幸いだ」

「はい……!」

「勉強させて頂きます……!」


 ふむふむとイグナートが頷く。


「さて、南から来たのならこの寒さはキツかろう。中に体の温まる食事を用意してある」

「それはありがたい」


 ホールドの答えに、ぐっとイグナートが着ぐるみの羽を羽ばたかせる。


「トマト料理のフルコースだ……!」


 ◇


 その頃、ステラ達は雪原を軽快に進んでいた。


「ふんふーん」


 ズザザ……っと腹ばいで滑るナナ。それにステラがのしかかりながらばびゅーんしている。


 時折、ステラはくいっと重心を変化させて巧みにナナの着ぐるみを操っていた。


「いいぴよー。すべってるぴよね!」

「快適ですね」


 ソリみたいになっているナナも、ふむふむとまんざらではなかった。


「これはこれで楽しいね。あっ、右」

「右ですね」


 くいっと進路変更。

 ズザザザー。


 赤い光をきらめかせながら、雪の上を滑っていく。


「意外と適応してるんだぞ」

「僕はスノボとスキーの名手だよ? ヴァンパイアなら雪を滑っていくのは呼吸と同じようなものさ」

「はじめてしったぴよ!」

「ザンザスの辺りでは雪が積もりませんからねぇ……」


 くいくいっと今度は左に体重をかける。


「……あなたも軽快な滑りだね。経験あるの?」

「ほとんどないですが……」

「それはそれでアレなんだぞ」

「天才ってやつだね」


 そんなこんなで進んでいくと、ぼんやりと遠くに煙や建物が見え始めた。

 スティーブンの村である。


 ステラの胸元でディアがびしっと羽を立てる。


「おうちがあるぴよ!」

「ええ、あそこが……スティーブンの村ですね」

「あそこにもヴァンパイアがたくさんいるんだぞ?」

「いや、ヴァンパイアはいるだろうけど……まだトールマンとドワーフが多いかな」

「だっぴぴよはすくないぴよね」

「……う、うん」


 ナナがどもりながら答える。

 ディアはだっぴぴよ――つまりヴァンパイアになりすまして村へと入るのだ。


 この辺りの住人はコカトリス着ぐるみを粗雑に扱う危険をよくわかっている。

 それを逆手に取って、何食わぬ顔で進む作戦なのだ。


 ステラ達は村に近づくとナナソリ状態を解除して、歩き始める。ざっくざっくと雪を踏みしめながら……。


「ぴよ。あたしもあるいてみたいぴよ」

「我もなんだぞ」

「ふふ、雪の上のお散歩もいいものですからね」


 ステラがディアとマルコシアスを雪の上にそっと置く。


「ひんやりぴよー……!」


 と、マルコシアスがぶるっと震える。


「冷たいんだぞ」

「マルちゃん、大丈夫ですか……?」

「大丈夫だぞ。テンション上がってきたんだぞ……!」


 わうわう、とマルコシアスが駆け出す。

 それを見てもっふもっふと追いかけるディア。


「まつぴよー!」

「わうー!」


 その様子を見ながら、ステラがふふっと微笑む。


「ここに来て良かったですね」

「うん、雪を楽しんでいるみたいだからね」


 そうして少しの間、歩いていくと――。


「ついたぴよー!」

「わうー。村の入口なんだぞ」


 そこには石造りのアーチがあり、雪にまみれた看板が取り付けてあった。


「なんてかいているぴよ?」

「わふ。おいでませ、スティーブンの村……だぞ」

「なるぴよ!」


 アーチの向こうには村人が数人、集まっている。

 ディアが首を傾けつつ、様子をうかがう。


「むらのひとぴよ?」

「多分、そうなんだぞ」


 集まっている村人は何か、相談をしているみたいだった。

 ディア達に追い付いたステラも様子を気にする。


「何かお困りですかね?」

「魔物の気配はなかったけど……」


 そこで村人の一人が頭を抱えて、叫んだ。


「ちょっと北で芸術祭をやるというのに、この村独自のモノがないなんて……! なにか、イイ村興しのアイデアはないものかー!」

「そんな村長、うまく便乗しようたって難しいですよー」


 事情を察したナナがステラに言う。


「どうやら芸術祭に一口乗っかろうとして、思い浮かばないようだね。それが普通かもだけど」

「……でしたら!」


 ステラがザッと一歩踏み出す。腰に差したバットを振りつつ。


「ちょっとだけ、お手伝いを――!」

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