248.ズボボ

 大樹の塔。

 宴の片付けが終わり、まったりとした時間になった。


「食べすぎましたです……! ギブです!」

「ウゴ、ゆっくり休んで……」


 ララトマが、ウッドの生み出した綿にくるまれて膝枕されている。

 ふむ……ララトマは草だんごをたくさん食べる機会があると、いつも食べすぎているような……。

 食べマスターとしての矜持っぽいが。


 ウッドが指先で優しくララトマの肩をぽんぽんしたりする。


「ふにゅ……」

「ウゴ、とおさん……まだしばらく居てもいい?」

「ああ、大丈夫だぞ」


 かくいう俺もけっこう食べたからな。


「ふー。食べましたー」


 テテトカもまったりカップに入れられた紅茶を飲んでいる。

 余裕に見えるのは、こう見えてある程度セーブしているからなのか。

 それも年の功というやつか。


「これ、おいしーですね。おいしー」

「ありがとうございますにゃん! ブラックムーン商会セレクトですにゃん!」

「ぼくたちは温かい飲み物を飲まないけどー……飲んでみるといい感じだねー」


 ドリアードは火を使わないからな。

 火や加熱したものを怖がる……というわけではないみたいだが。


「温かい飲み物を飲まなかったのは、理由があるのか?」

「大した理由じゃないですけどー」


 ずずっとテテトカが紅茶を飲む。

 ……テテトカがこういうときは、大抵大した理由がある気がするが……。


「えー、神様がー……そんなことを言っていたよーな気がするから、飲んでなかったんですよねー。あははー」

「神様……?」

「神様って……あの神様ですにゃん?」


 俺とブラウンは顔を見合わせた。

 もちろん、この世界には神様がいる――ことになっている。

 本や神話、民間伝承……あるいは過去の建築物でそれを知ることができる。


 だがほとんどの人間種族は、すでに信仰心を失っている。

 俺だけじゃない、世界全体がである。


 今ではわずかに冠婚葬祭やら礼儀作法に宗教色が残っているだけで、日常生活で神を意識することはほぼない。


 そう――この村に教会がなくても誰も不思議に思わないし、特に必要としないのだ。

 数百年前を生きたステラでさえ、そういった意識はほとんどない。


 そんな世界だからこそ、俺とブラウンは顔を見合わせたのだ。


「神様……なのか?」

「んー、それがよく覚えてないんですよねー。もうずっとずっと前のことですしー」

「そ、そうか……」

「神様がいたとしても歴史上、千五百年から二千年は前ですにゃん。覚えてられませんにゃん……」

「そうそうー。よく覚えてないんだー」

「なるほど……それもそうかもな」


 歴史上ではそのくらい昔に、神様らしき存在がいたらしいが。

 創造神とか、森の神とか、鍛冶の神とか……とか、なのは神の数にさえ定説がないからである。

 おおよそ、二十から三十くらいと言われているが。


 前世のゲームでも、この辺りはぼんやり設定レベルで、きちんと明言されてはいなかった。


 なので俺にも知りようがない。

 ……妙な話だが、地獄の悪魔のほうが確かなことなのだ。マルコシアスがいるしな。


 と、俺はお腹を撫でるよう迫るマルコシアスを思い出してふふっと笑ってしまった。

 不確実な神様より、存在する悪魔か。

 なんとも皮肉な話だ。


 うむ、マルコシアスか……。

 外はすっかり夕暮れになった。


 予定通りなら、そろそろ宿泊する村に着いている頃だろうが……。

 まぁ、大丈夫だろう。ステラがいるしな。


 ◇


 その頃、ステラ達は――。

 山を越えて、ついに雪降る大地の上を飛んでいた。


「すごごごごぴよー!」


 ステラの胸元にいるディアは、きらきら目を輝かせて眼下に広がる一面の雪景色を楽しんでいた。


「まっしろ、まっしろぴよー!」

「そうなんだぞー。真っ白だぞー」

「とおさまにもみせてあげたいぴよー!」


 テンションメガマックスのディアに、ぎゅむっとマルコシアスは抱きついていた。


 今、この瞬間に雪が降っているわけではないが、かなり寒い。雪が積もるのも納得の気温である。


「ついに来たね……」

「雪国ですねー。はー、私も久しぶりにこんなに雪を見ました」

「そうなんだぞ?」

「ええ、ザンザスでも雪はめったに積もりませんからね。ちょっと積もった程度だと、翌日には雪かきで片付けられちゃいますし」

「なるほど、こことは全然違うね」


 そんなことをわいわい言いながら、空をかっ飛ぶステラ達。


「ゆきって……わたみたいなかんじぴよね!」

「降りたては柔らかいんだぞ。それこそ綿よりほろほろと崩れるんだぞ」

「なるぴよ! ここもふりたてぴよ?」

「木に降った雪からすると、そうかな。降ってから時間が経っていないね」

「……」

「じゃあ、これぜんぶ……ふかふかぴよか!? すごごこごぴよ!」

「…………」


 ステラがディアの言葉で次第に無言になっていく。

 なにか気が付いたらしい。


「ん? ステラ、どうしたんだい?」

「なんなんだぞ?」

「ぴよ! ふかふかだと、ズボっていきそうぴよだけど……だいじょうぶぴよよね!」


 そこでステラははっと我に帰る。


「あ……はい。大丈夫です!」

「だぞ!?」

「大丈夫な返事じゃないよね!?」

「すみません、雪の柔らかさを忘れていました。このままだと計算上、頭のてっぺんまでズボボーといきます。いっちゃいます」

「すごぴよ! どんなかんじぴよ!?」

「いえ、それはまずいので……なんとか回避しないと」

「もうすぐ着地なんだぞ」

「ナナの着ぐるみはとっても頑丈でしたよね?」


 ステラの問いかけに、ナナが戦慄する。


「なんでその話になるの? 関係あるの?」

「A級ドラゴンの尻尾の一撃でダメージは受けますか!?」

「受けないけど……ねぇ、関係あるの?」

「じゃあ、大丈夫です! 本当に本当に大丈夫です!」


 赤い光がちらつき、マルコシアスが叫ぶ。

 ぐんぐん雪が迫ってきていた。


「もうすぐ地面なんだぞー!」

「答えてー!」

「ぴよー!」


 ステラの行動は速かった。

 ステラは背中にいるナナの着ぐるみの腕を取ると、背負投げの要領で位置を入れ替える。


「え?」


 ナナが唖然とするなか、眼前の雪に対して――ステラが後ろ足を蹴り出す。


 ちょうど仰向けのナナを滑らせるように。うまく衝撃を前方にずらすのだ。


 ドドン!


 ステラの蹴り出しが絶妙のタイミングで決まる。


 同時に、前方へと滑っていくナナの着ぐるみ。それにステラ達も引っ張られる。


 ズザザザザーーー……。


 少しの距離を滑って、全員が止まる。


「……ふぅ」


 ステラが一息つくと、ディアがきゃっきゃっと喜んでいた。


「すごごごぴよーー! いまのなにぴよ!?」

「うまく滑ったんだぞ……」

「良かった、計算通りですね……。ナナ、大丈夫ですか……?」


 ナナは雪の大地に仰向けになっていた。


「こっちこそ、地元なのに雪の性質を忘れてた……。ごめん」

「いえ……荒っぽい手段でごめんなさい」

「大丈夫、かすり傷ひとつないから」


 しかしナナは動かない。ステラが不安げにナナの着ぐるみを見つめる。


「でも……」


 ステラの問いに、ナナが屈託なく笑う。


「あははは! 腰が抜けただけだよ、こんなの初めてだ!」

「そ、そうですか……」


 うむうむと頷くステラに、ナナが笑いかける。


 生まれて初めて、こんな予想外のことで腰が抜けたのだ。笑い飛ばしたくもなる。


「これはこれで面白かったよ。さ、スティーブンの村はもうすぐそこだよ!」

「じゃあ、このすべるのですすむぴよー!」


 ディアの一言に、ナナがびくっとする。


「意外と新鮮だったし、それでもいいけど……」

「いいんですか!?」


 と、そんな感じでステラ達は雪の大地を進むのであった……。

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