247.北のぴよ大聖堂

 大樹の塔の宴が終わり――アナリアとイスカミナはお腹いっぱいで帰った。


 日は沈みかけ、夕焼けが村の大樹を照らしている。


「食べすぎましたぁ……」

「同じく、もぐ……」


 豪華な食事と草だんごで、これ以上ないほどの満腹である。


「ぴよっ!」

「あう、柔らか……」


 なので二人はそれぞれコカトリスに背負われながら、帰宅していた。

 運んでくれるのは、ダイエット運動中のぴよである。


「ぴよー」

「すっごい気持ちいいもぐ」

「そうですね……。しかも思ったほど揺れません。体幹がしっかりしてるんです……」


 かすかな風が木々の葉と彼女達の頬を揺らす。

 そしてほんわか温かいコカトリスの、やわらかボディ……。


「寝ちゃダメもぐー!」

「……はっ!」


 アナリアがイスカミナの声で目を覚ます。


「ぴよっぴよ」

「ぴよーぴよー」


 何かわからないが、コカトリスが会話している。


 ……そのぴよぴよは絶妙な響きで、精神の奥底にまでじんわりと染み込んでくる。

 そして天使の羽に包まれるような、コカトリスのふかふかボディが……。


「寝ちゃダメもぐー!」

「……はっ!」


 アナリアがふっと目を開ける。

 しかしもう駄目であった。


 ありとあらゆる要素が、満腹の自分とふわもこコカトリスの組み合わせが眠気を呼んでくる。

 眠すぎるのだ。


「うう、着いたら起こしてください……」

「……もう着いたもぐ」


 気が付くとすでに自宅の前に到着していた。

 すすっと下りるアナリアとイスカミナ。


「ありがとうございました!」

「ありがともぐー!」


 二人がそう言うと、コカトリスはぴっと羽を立てて、


「「ぴよっ!」」


 と、そのまま宿舎へと帰って行った。


 それを見送り、家に入るアナリアとイスカミナ。

 靴を脱ぎながらアナリアがお腹を軽くさする。


「ふぅ〜……食べました。本当に食べましたね……」


 あのお祭りのとき以来の食べっぷりである。


「あんなに豪華な食事は初めてもぐ!」

「高等学院の卒業式でも、あそこまでではなかったような……」

「あんなにフルーツ山盛りのパンケーキや草だんご出したら、学院が破産するもぐ」

「ふふっ、甘いものは本当に貴重ですからね」


 才能ある子どもが集まる高等学院でも、式やらで甘味はめったに出なかった。

 爪の先ほどの蜂蜜があればいいレベルである。


 それを思えば、この村の食事は相変わらず豪華と言えた。食べすぎるのも仕方ない。


 後悔はしていない――この食事が脂肪に変わるまでは。


「それでアナリア、すぐ寝るもぐ?」

「いえ、さすがに……シャワー浴びてからにします」


 あくびをひとつして、アナリアはお風呂場に向かう。

 それを見ながら、イスカミナがぽつりと言った。


「……寝ちゃダメもぐよ!」


 ◇


 一方、ホールドとオードリー、クラリッサの一行は一足先に芸術祭の会場へと到着していた。


 その会場は古い大聖堂を借り上げたものである。

 重厚かつ威厳ある石造りの建物だ。


 いくつもの尖塔が空に突き出し、数百年の歴史が大聖堂を彩っていた。


 そして一面の雪景色。

 灰色の大聖堂と純白の融合は、見るものを圧倒する迫力が備わっていた。


「凄い建物ですね……」


 馬車から降りたオードリーが、隣にいる父親のホールドに呟く。


 祖国の王宮もかなりのものだが、あれは実用性を第一に建造されていた。装飾の細かさと豪放さは、こちらの大聖堂の方が上かもしれない。


「俺も久しぶりだが、やはり胸に迫るな。この大聖堂はヴァンパイアが国を越えて集まり建築したものだ」


 同じく馬車から降りたクラリッサが本で読んだ歴史を記憶の片隅から引っ張り出していた。


「この大聖堂に集まり、さらに奥地に向かったとか……。ヴァンパイアの歴史の本では、必ず登場する建物ですよね」

「私も読んだ……! 北方大開拓の始まり、ここから無数のヴァンパイアが北へ移り住んだとか……」


 ぽんぽんと二人の頭を撫でるホールド。


「よく勉強しているな。その通りだ。それだけこの建物はヴァンパイアにとって大切なものだ」


 ホールドがあごで示した先には、すでに多数のコカトリス着ぐるみがたくさんいた。

 大聖堂の入口に列をなし、入っていく。


「すっごい……。着ぐるみぴよが……たくさん!」


 きらきらと瞳を輝かせるオードリー。


「ヴァンパイア側の出展者だな。合同とはいえ、ヴァンパイア側の方が、品数も人も多い。俺達もまずは挨拶して、準備に取り掛からんとな」


 そう言うと、ホールドはオードリー達を伴って大聖堂へと近付いていく。


「ふむ。イグナート殿は入口で待っていると言っていたが……」


 なにせ大聖堂の周りにいるのは、コカトリス着ぐるみである。探している人物が見当たらない。


「適当に声をかけてみるしかないか……」


 ホールドが従者に指示を出そうとした、そのとき――オードリーが声を上げる。


「あーっ!?」

「ど、どうしたんだ?」


 オードリーが着ぐるみの列を指差しながら、ぱくぱくと口を開けている。驚いているらしい。


「どうかしたの……!?」


 クラリッサも駆け寄り、オードリーの指し示している先を見る。


「お、お、お……」

「「お?」」


 ホールドとクラリッサが首を傾げると、オードリーがぶんぶんと頷く。


「伯父様……! ヴィクター伯父様が!」

「はっ?」


 ホールドがぐりんと列を見ると、そこにはコカトリス着ぐるみが並んでいるだけ。

 わからん。

 何が何やら、全くわからなかった。


「いや、ヴィクター兄さんがこんなところにいるわけが……」

「甘いぞ、ホールドよ」

「おわっ!?」


 いつの間にか、ぬぬっとコカトリス着ぐるみがホールド達の間近にいた。

 思わずのけぞるホールド。


 その着ぐるみを見て、オードリーが確信を深める。以前見たヴィクターのコカトリス着ぐるみに間違いないのだ。


「やっ、やっぱり……! ヴィクター伯父様だったのですね!」

「そうだ、オードリー。俺は君達の馬車の到着で気が付いたが、俺が名乗り出る前に見破るとは……。よく勉強しているな」


 ほむほむとふわもこ着ぐるみでオードリーの頭を撫でるヴィクター。

 オードリーはそれを笑顔で受け止める。


「えへへ……!」

「な、なにをしてるんだ……兄さん」


 唖然とするホールドに、ヴィクターが早口で答える。


「この芸術祭でヴァンパイア六大業物着ぐるみのひとつ『不屈のぴよ』が公開されると聞いてな。国宝級の代物で、めったに公開されないやつだ。それを先に見ようとわざわざ飛んできたんだが。月刊ぴよで記事にしなければならん。俺が書くんだ」

「そ、そうか……」

「知っているか? 『不屈のぴよ』だぞ。現存する最高クラスのコカトリス着ぐるみでもある。大開拓時代に魔物の決死の突撃に耐え抜き、時のエゴール大王が着ぐるみを着て、立ったまま気絶したという……」

「その話は知ってる……!」


 ホールドがぜえぜえと言うと、ヴィクターは満足そうに頷く。


「ならばよし。ちなみにイグナート殿はあそこにいるぞ」


 そう言うと、ヴィクターは大聖堂の一角を着ぐるみの羽で指し示す。

 どうやら話を聞いていたらしい。


 抜けているようでいて、抜けていないのはさすが兄……とホールドは思う。

 実際、ヴィクターの頭の回転が早いのは確かなことなのだ。ただちょっと一般人とは違う回転の仕方をしているだけで……。


 そして指し示された先には、冠を被ったコカトリス着ぐるみが優雅に立っているのであった。

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