250.こねこね、たっぷたぷ

 夕方、ヒールベリーの村。

 大樹の塔を出た俺とウッドはゆったりと家に向かっていた。


「らんらーんニャン」

「らららーにゃー」


 ニャフ族の商人が鼻歌を歌いながら、広場を横切っている。

 冒険者の一団も森からの帰りだろうか、籠にたくさんの葉っぱや実を詰め込んで歩いていた。

 日常の営みというものを感じる。


「ウゴウゴ、楽しかった……」

「そうか、良かった……」


 ウッドは口数が多いほうではない。感情もけっこうフラットだ。

 でもそれゆえ、言葉のひとつひとつに重みがある。


「ウゴ……とうさん、かあさんに色々とプレゼントして、かあさん喜んでた」

「ん? ……バットのことか?」


 出発前にまたたくさんのバットを作ってステラに渡したのだ。耳をぴこぴこ動かしながら彼女は喜んでいた。


「ウゴ、そうそう」

「ステラは野ボールが好きだからな」

「ウゴ……ララトマも、何かプレゼントしたら喜ぶ?」

「……! そうだな、そう思う」


 うんうんと俺は頷く。

 気になる異性にプレゼントをするのは、おかしなことではない。


 俺はステラにバットをプレゼントして、ステラは俺にお手製ユニフォームをプレゼントしてくれたからな。


 ……両方、野ボールなのは深く考えてはいけない。

 うん、スポーツ好きな家だから……!

 ということにしておこう。


「ウゴ……土とか、喜ぶかな?」

「……そうだなぁ……」


 ウッドが頭を傾けて聞いてくる。

 しかし具体的な話になると、途端に難易度が上がるな。


「あとは雪解け水とかも頼んでいたから、そういう水もいいだろうが……」

「ウゴウゴ、そうだね……」


 ウッドがうーんと唸る。


「できるなら、お手製のものを渡したい……ウゴ」

「そうか、うんうん……」


 答えながら、俺は頭をフル回転させる。

 ドリアードが喜びそうなもので、お手製できるもの……。

 父親としての威厳が問われている気がする。


「ふ〜む……」


 俺が腕を組んで悩むと、ちょうど前方からコカトリス二匹がぽよぽよと歩いてくる。


「ぴっぴよー」

「ぴぴっぴよー」


 大きな木箱を持った、ダイエット中のコカトリスだ。


「ぴよっぴー」

「ぴよー」


 ぴよぴよしながらコカトリスは去っていく。

 そこで俺ははっと閃いた。

 コカトリス、ドリアード……これを繋ぐものと言えば。


「草だんごとか?」

「ウゴ……! さっきもララトマ、たくさん食べてた!」

「草だんごをたくさん作って渡せば、喜ぶんじゃないかな……?」


 多分、きっと。

 さっきも動けなくなるくらい食べていたし。


 ドリアードなら草だんごは大好物だ。

 クッキーをプレゼントするみたいな感じで、受け取ってもらえるかな?


 とりあえず喜んではもらえるだろう。

 いつも食べてるし……。


「ウゴウゴ、そうだね! じゃあ、とうさん……一緒に作ろう! とうさんの草だんご、おいしいし!」

「ああ、そうだな……。一緒に作ろうか」


 家族の中で一番草だんごを作っているのは俺だからな。

 まさか子どものプレゼント作りにこの技能が役立つ日が来るとは……。

 何がどう役に立つかわからないものである。


「よし、たくさんおいしいのを作って、プレゼントだ……!」

「おー、ウゴ!」


 ◇


 一方、スティーブンの村。


「これからは野ボールの時代が来るんですよ!」

「熱く、燃え上がるような時代が……!」

「そのために必要なバットがなんと、いまなら無料で手に入ってしまうという……!」


 ステラの熱気に押されて、村人はバットを振り始めていた。

 なぜだか逆らえない圧があったのだ。


「……これが行商人が言っていた、のぼーるかぁ……」

「南では流行っていると言うとったのー」

「他に案もないし、やってみるかー」


 村人達も意外と乗り気である。

 地道な野ボール布教活動のおかげで、じわりじわりと浸透してきているのだ。


 ナナは雪の上にマットを敷いて、寝転がりながらそれらを静かに見つめている。

 ディアとマルコシアスはきゃっきゃっと遊んでいた。


「……ステラは元気だねぇ……」

「かあさまはむげんのパワーがあるぴよ!」

「そうだねぇ……」


 朝から活動してきたせいか、ナナのだらだらしたい気持ちは高まっていた。

 スティーブンの村には到着したし、あとは宿屋でご飯を食べて寝るだけなのだ。


「ナナ、もう一本バットをくれませんか?」

「ほいよー」


 ナナは着ぐるみのお腹をごそごそして、マジカル収納からバットを取り出す。


「ありがとうございます……!」


 しゅばばっとステラがバットを受け取り、村人のところに戻っていく。


「ふぅ……」

「ぴよ。ナナのおなかには、いっぱいものがあるぴよねー」


 興味を引かれたのか、ディアがナナに近寄る。


「たっぷたっぷのおなかに、ひみつがあるぴよ……?」

「触ってみる?」

「ぴよ! たぷたぷするぴよ!」


 ごろんと仰向けになる着ぐるみのナナ。

 その隣に行ったらディアが、ナナのお腹の上に羽を伸ばして――。


 たぷたぷたぷたぷ。


 連打した。

 とはいえ、力は入っていないので音だけである。


「……いがいとたぷたぷしてないぴよね」

「まぁ、我よりは固いんだぞ」

「そうぴよね……。これだとマルちゃんのおなかのほうが、たぷたぷぴよね」


 ディアのそばに来たマルコシアスのお腹を、優しくディアがさする。


 たぷ……たぷ……。


「……ふしぎぴよ。たぷたぷとなにかでてくることにはかんけーないぴよ?」

「関係ないかもだぞ」

「ぴよ。ひとつ、まなんだぴよ……!」


 そう言うと、ディアはステラのほうを見た。

 ナナのお腹から出てきたバットを振るうステラと村人……。


「いつかあたしもおなかからバットをだせるぴよ? たのしそーぴよ!」

「……ど、どうかな。もっと大きくなったらね」

「なるぴよ! おっきなぴよになれば……ぴよね!」


 ぴよぴよと頷くディア。

 そして、盛り上がる村人達……。熱心にスイングをしている。


「うおおおおっ!」

「いいですね、いいスイングです! そう、その腕なんですよっ!」


 それを見つめながら、ディアはつぶやく。


「かあさま、やるきみなぎってるぴよね……!」


 これが原因だろうか。スティーブンの村が野ボールブームにいち早く乗れたのは、また別の話である……。

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