223.丸洗い

 野ボール交流会が終わると、すでに夕方になっていた。それぞれ解散して、家に帰る。


「ぴよっぴー」(またねー)

「ぴよー」(ばいばーい)


 コカトリス達も満足した様子で帰っていったな。

 アラサー冒険者は悔しがっていたが。


 ステラもるんるん気分の上機嫌だ。満足できたらしい。

 確かにウッドとコカトリスはかなりの強者だった。

 他の冒険者とは一線を画していたものな。


 もしナナがいれば、違ったかもだが……。彼女は寝ているようで出てこなかったのだ。

 仕方ないね、ヴァンパイアだし。


「ふぅ、やはりいいものですね……!」

「楽しそうだったものな……」

「はい、とっても!」

「ウゴウゴ、次はもっと頑張る!」

「ええ……打つのは追い付かれるかもしれませんね!」


 オードリーもディアを抱えて、満足そうな顔をしているな。


「ぴよ。オードリーはいいせんだったぴよ」

「うーん、そうなのかなー……?」

「おじ様の血統なら、運動もできると思うよ」


 クラリッサが補足する。

 かなりの土汚れだが、気にしてない。

 一見して瞳にある野ボール熱は満足して消えたようだが……。俺にはわかる。

 ステラと同じように、瞳の奥底では新たな野ボール熱が燃え上がろうとしていた。


「筋はよさそうなんだぞ。続ければ身になると思うんだぞ」

「そっか、そうだよね……!」

「そうぴよ!」


 オードリーもまた野ボールが楽しかったようだ。

 まぁ、ナーガシュ家ならある程度運動できるのは確かだし……。


「でも元気そうで本当に良かった……」

「ステラ様のおかげだよ!」

「うんうん……」


 歩くオードリーがクラリッサの肩に頭を寄せる。

 交わす言葉の量は多くなくとも、オードリーとクラリッサの仲の良さはすぐわかる。

 本当に大切な友達なんだな。


 ステラが東の国に行ったのは、きっとこの友情を感じ取ったからだろうな。


 聞いた話では、オードリーとクラリッサは明日にはもうホールド兄さんの屋敷に戻るそうだ。

 なので一緒にいられるのは今夜限りか。


 その話を聞いたディアはオードリーを見上げる。


「ぴよ。またあえるぴよよね?」

「会えるよ……! またすぐに!」

「はい、またすぐに……!」

「ならいいぴよ!」


 今回、再び彼女達に会ったのはディアにもよい経験だったと思う。出会いと別れが人を成長させる。

 次の出会いが待ち遠しいくらいが、きっと良いのだ。


 そんな感じで家に戻り、汗を流すためお風呂の時間になった。


「ぴよー。ほこりがけっこう、ついたぴよ」

「そだねー。洗い流さないと……でもここのお風呂は素敵だから楽しみ!」

「うん、ヒノキのお風呂だし……!」

「薔薇の花も浮かべるんだぞ」

「きれーそう! 早く入りたい!」


 あれ?

 ステラは?


「私は汗を流していないので、後でいいかなぁと……」

「なるほど……」


 あれほど運動しても汗ひとつかかないのか。

 相変わらず凄いんだな……。


 ◇


 そしてお風呂場にて。

 ディアとマルコシアス、オードリー、クラリッサはお風呂場にいた。


 お湯がたまるまで少し時間がある。皆でその前に体を洗っているのだ。


 そこにはすでにオードリーの手によって、もこもこの泡に包まれたディアがいた。

 石鹸で丸洗いされているのだ。


 コカトリスの羽毛は無限に泡立つと言っていい。

 オードリーは目を輝かせながらディアを泡立てていた。


「すごーい! すっごく泡立つー!」

「あたしのうもうは、せっけんとあいしょういいぴよ!」

「本当だ……。吸い付く……!」


 オードリーとクラリッサが驚きながら、ディアを丁寧にわしゃわしゃと揉みほぐす。


「我も洗ってなんだぞ」


 子犬姿になったマルコシアスがのっそりと現れる。

 その毛並みはちょっとだけ土埃に汚れていた。


「マルシスさん、本当にその姿に……!」

「さっき野ボールの間、言った通りなんだぞ。我が主とはちょっと違う毛並みなんだぞ」


 すすっとマルコシアスがオードリーに近寄る。

 そしてお風呂場の床に腹這いになり、つぶらな瞳でオードリーを見上げた。


「ごくり……」


 柔らかそう。

 オードリーがゆっくりとマルコシアスの背中を撫でた。


 ……しっとり。


「あわわ……吸い付く!」

「マルちゃんはしっとりぴよ。あらってあげてほしーぴよ」

「う、うん!」


 オードリーが石鹸を持って、わしゃわしゃとマルコシアスを洗ってゆく。

 ほどなくマルコシアスも真っ白な泡に包まれていった。


「わうー。いい気持ちなんだぞ」

「これぐらいの強さで大丈夫?」

「もうちょっと強くても大丈夫なんだぞ」


 一方、クラリッサはディアにお湯を掛けて、泡を流していく。


 ばしゃー。


「ぴよー! すっきりぴよ!」

「よかったです……!」

「こんどはこっちがあらうぴよね!」


 石鹸を掲げるディア。


「え……いいんですか!?」

「いいぴよよ! みんなできれーになるぴよ!」

「わうー。我が洗う分も残してなんだぞ」

「もちぴよ! あらいっこぴよ!」


 ◇


 体を洗うのが終わった後、全員で仲良く湯船に入る。

 湯船はほどよく熱く、薔薇の花びらが浮かんでいた。


「ディアちゃん……ふかふかだねぇ……」


 オードリーがディアに頭を乗せながら呟く。

 こんな幸せがあっていいのか、という口振りだ。


「重くなーい?」

「ぜんぜんだいじょうぶぴよ! むしろつるつるのおはだがきもちいーぴよ!」


 ディアにとってもオードリーの頭は自分の体とは違った感触で心地よい。


「はわー……しっとり……」

「たくさん撫でるといいんだぞ」


 クラリッサは湯船の縁に掴まるマルコシアスの背中を撫でていた。

 丸洗いされたマルコシアスの毛並みはつややかで、故郷の最上の生地よりも気持ちいい。


 まったりしていると、クラリッサがオードリーに話を振る。


「そういえば、芸術祭の手紙も持ってきたんだよね?」

「うんー。そろそろ本格的にやるって。色々と物が増えて大変だよー」

「おにいちゃんも、さいきんやってるぴよねー」

「出展するやつだよね。私の方もそんな感じー」

「虎の屏風だっけ、一番の目玉は」


 クラリッサがオードリーの話を思い出す。

 屏風は東方の特産品で、手間暇がかかるのでかなりの高級芸術品だ。

 クラリッサの王宮にもいくつかあったが、どれも値の張るものだと教わった。


「そー。こーんなに大っきいの!」


 オードリーが両手を広げる。


「へー……でも虎かぁ……」


 クラリッサの声のトーンが落ちたのを、オードリーは聞き逃さなかった。


「どうしたの?」

「んー、私達の故郷では虎の屏風って珍しいから。あんまり描かないの」

「なんでなんだぞ?」


 マルコシアスの問いに、クラリッサが声をひそめる。


「なんでも虎の屏風から虎が抜け出して、大変なことになったとか」

「ふーん、そんな話があるんだぁ……」

「なるぴよ。だからかかないぴよ?」

「うん。それを旅の僧侶が退治したとか……なんとか。だから虎の屏風は縁起が悪いって、描かなくなったの」

「伝説でしょ?」


 オードリーが軽く首を傾げながら、クラリッサに言う。


「うん。でもこれってすごーく古い話なんだよ。もしその虎の屏風がそれ以上古いなら……すっごい高いと思う」

「はぁ……父上も奮発したんだなぁ……」


 そんな話を聞きながら、マルコシアスがぽつりと言った。


「伝説じゃ、ないかもなんだぞ」

「なにかいったぴよ?」

「……なんでもないんだぞ」

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