208.流れを見つめる

 テテトカの講評が終わり、後片付けをする。

 といっても余分なものは肥料にするだけなのだが。


 助手ぴよが力持ちで助かった。ぱぱっと片付けも終わる。


「ぴよ、ぴよー」(終わったから帰るねー)

「ありがとー、助手ぴよ」


 最後の草だんごを食べて、助手ぴよは宿舎に帰って行った。


 俺もウッドと一緒に大樹の塔を後にする。

 日が傾く村の中をゆっくり歩いていく。


「色々と人によって違って面白かったな」

「ウゴウゴ。同じようなことを言われても、違う作品になる……」


 ウッドは噛みしめるように言った。

 それが個性というものなのだ。


「ウゴ、あのバット……どうだった?」

「ん? 良かったと思うぞ」


 バットと思うからアレなんで、そういう形のオブジェクトと考えれば調和していた。

 親バカかも知れないが。


 それとウッドにとって、バットは自分もステラも振っている印象深いアイテムだしな。

 影響与え過ぎかなぁ……。


 実に難しいところだ。

 ステラは野ボール大好きで、俺もやぶさかではない。


 しかし、どこまで子ども達がやってくれるか……。

 そこは様子を見ながらということになるんだろうな。


「……ウゴ。実を言うと……」

「うん」


 ウッドは何か言おうと迷っているようだった。

 だけど意を決したように、


「かあさんの夢を追いかけたい……ウゴ」

「夢……」

「ウゴ、ザンザスのダンジョン……」

「その探索か」


 ステラは根っからのお人好しというか、英雄気質だ。

 困っている人を見過ごせない。少なくとも俺の目の前や聞いた範囲では一つもない。


 魔王討伐やマルコシアス、燕もそう。

 とにかく首を突っ込んでどうにかしたがる。

 もちろんそれは得難い特質だけれど。


 しかしそれとは別に、彼女にも大きな目標はある。

 それはザンザスのダンジョン探索。


 ライフワークであり、最深部到達の記録保持者でもあり……。

 今、ステラはそれを口にはしていない。


 同居するようになってからは家族に尽力してくれている。

 でも、ウッドはもう少し別の考えをしているようだ。


「ウゴ……うまく言えない、けど。いつかかあさんは、またそこに挑むと思う」

「……そうだな」


 村の生活と俺との関係。

 そこにザンザスのダンジョン探索が足されても矛盾しない。


 マルコシアスのばびゅん! があればすぐに行って戻れるし。


 何年も何年も先かも知れないが、ステラが冒険者の仕事を増やしたいと思うのはあり得ることだ。

 俺も考えなくはなかった。


 答えは決まっている。

 ステラの好きにするべきなのだ。それが愛と対等と言うもの。


 俺もステラを支える。のびのびと楽しく生きて欲しい。それが本音である。


 ……で、それがバットとどう関係するんだろう?


「ウゴ、だから理解したい……。かあさんの情熱を……」

「……なるほど」

「どうしてバットにそこまで熱くなれるのか……ウゴ。それがわかれば、追いかけられるような気がする」


 ……ふむ。つまり今のウッドはステラのバットに対する情熱がなぜあそこまでなのか、わからないということか。

 安心してくれ。俺もわからん。


「まぁ、焦る必要はないんじゃないか……。俺もよくわからんし」

「とおさんも?」

「わからないことがわかる……ぴよ」

「ディアの言葉だ、ウゴ!」


 ウッドが楽しそうに笑う。


「ウゴウゴ、わかった。焦らずにかあさんのこと、見てみる」

「うん。そしてダンジョンに挑むなら……気を付けてな」


 ウッドの成長はここ最近、頭打ちになりつつある。

 もうドラゴンとも戦えるレベルではあるはずだが……訓練で伸びる限界に近い。


 とはいえ村ではステラやナナの次くらいには強いはず。

 冒険者としての戦闘力では、すでにA級相当はあるだろう。

 この村で出来ることはかなりこなしているからな。


 しかしこれ以上の成長は実戦かアイテムか。何かきっかけがないと難しいとは思う。


 本人もそれをなんとなく、感じているのかもな。

 強さをことさらに求めているわけではない。

 しかし、なんとなく――殻を破りたいのだ。手応えを感じたいのだ。


 ……俺がかつて、この世界に近いゲームに熱中したように。

 突き動かされ、走ることこそ生きることなのだから。


 ◇


 その頃、とある大河のそばでは――。

 一人の学者が、夕日に映える大河の流れを見つめていた。


 この大河は王都近くまで流れ、やがて海へと達する。まさに物流の大動脈と言えた。


 管轄はライガー家。

 百年以上も水運に携わる大貴族である。


 しかし問題がないわけでない。

 数は少ないが水棲の魔物がいる。これが頭痛の種なのだ。


 魔法使いにとって水中戦はほぼ自殺行為である。

 なぜなら、水中では魔法に必要な集中力を維持するのがとても難しいのだ。


「何をしておられるんですかー?」


 水夫が波止場に佇む学者に声をかける。

 船に乗るでもなく、物を買うわけでもなし。


 学者はもう一時間も大河の側に立っていた。

 それを水夫は不思議に思ったのだ。


「……川コカトリスが来ないかと観察していた」

「ほー。あれはレアなんですがなぁ」

「そのようだな。寝床がどこにあるか、いまいち記録がないようであるし……。調べる甲斐はあるが」

「ほほー。学者先生、なのですかな?」

「ふむ、魔物学の徒だ」


 そこで学者は大河をもう一度見る。


「前に来たときは、もう少し船があったと思ったが……少ないな」

「へぇ。リヴァイアサンがよー出るもんで。うちらも暇してましてね」

「最近、多いようだな」

「貴族様が手を尽くしてくださっても、船が壊されちまう。そうなると行き来させる船を絞らなくちゃいけないもので」

「……だろうな」


 そこで学者はため息をつくと、踵を返す。


「もう暗くなる。今日は空振りだ」

「へへぇ……。夜は得意じゃないので?」

「ああ、俺はヴァンパイアじゃないからな」


 そう言うと、学者は波止場を後にする。

 水夫は首をひねった。


「……ヴァンパイアでもないのに、なしてコカトリスの着ぐるみを着てたんじゃろか」


 この学者――王国きっての俊英、最年少で魔物学の教授職を得た大貴族の子息。


 ヴィクター・ナーガシュ。

 氷のような蒼い目と、月の如き金髪を持つ美青年。専門はコカトリス学である。

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