209.好み
「ただいまー」
「ウゴ、ただいま」
俺とウッドが家に帰ると、ステラがリビングでミニバットを作っていた。
……ものすごい、何気なく。
ディアとマルコシアスはソファーの上で、すやすやとお昼寝中か。
「おかえりなさい……!」
ステラが作業中のミニバットを置く。
どうやら木材を削って作っているらしい。
まぁ、それ以外に作りようもないが。
「……どうでしたか、ミニバットは?」
うきうき、という感じでステラが聞いてくる。
「ウゴ、良かったって。……また必要になるかも」
「それは何よりです……! ええ、もちろんまた作りますよ」
また作るらしい。
にしてもいつの間に、こんなミニバットを……。
いや、ステラにとっては大した事ではないのか。
俺にしてみるとバットの手作りは凄くハードルが高く感じる。
木材を削り、表面をコーティングする。ちゃんとバランスをとってやるのは楽ではない。
魔法なら馴染みがあるのですぐ生み出せるが。
でもステラなら勘である程度、出来るだろう。
出来てしまう才能がある。
「でも嬉しかったです。ウッドからミニバットが欲しいと聞かされて……」
「ウゴ、作ってくれてありがとう……。すぐ出来た」
「そんな……! 気にしないでくださいね、頼ってくれて嬉しかったです」
ステラがパタパタと手を振る。
……なるほどな。ステラはステラでウッドに頼られたのが嬉しかったのか。
確かにウッドはこの家族の中だとお兄ちゃん気質だ。
しかしゆっくりとだが、確実に自立心が芽生えている。
一人で花飾りを作り、試行錯誤する。
そしてステラに頼んで必要な物を作ってもらう。
どちらも大切なことだ。
「それで次はどういう風にしますか? いえ、バットはバットですが……」
「どういう風?」
どういう風って……どういうこと?
バットはバットじゃないか?
大きさを変えるということかな。
「ウゴ……赤とか?」
「赤……! いいですね、情熱の赤!」
ステラがうんうんと頷く。
そこで俺はステラの言っている意味を理解した。
「……塗装するのか?」
「そうです、木目も美しいですが……飾るだけなら塗装もありかな、と」
「それもそうだ……。凝り始めてるな」
「ええ、やるなら色々とやってみたいですしね……」
そう言って、ステラはすすっと俺の近くに来る。
速く、音もなく。
「……それで、ちょっとだけなのですが……木材を」
わきわきと手を差し出す。
「バット用の木材をください……!」
……とっても楽しそうだな、ステラ。
俺も嬉しい。
……いや、本音を言おう。やっぱりよくわからん……。
好きだけど、底知れない。
まぁ、すぐに作って渡すんだけどね。
ウッドの今後もあるしな。
それにしてもカラフルバットの花飾りか。
……ごくり。
どんな作品になるのだろうか。
◇
翌日もヴィクターは大河の流れを着ぐるみの中から見つめていた。
日はゆっくりと傾きつつある、午後である。
決してヴィクターは暇なのではない。
ヴィクターは四つの魔法適性を持ち、ルイーゼのように風を操り空を飛ぶこともできる。
時間を作ってフィールドワーク研究しているだけなのだ。ちゃんと学院の先生としても働いていた。
そのヴィクターは大河を見ながら、昨日会った水夫に声をかける。
水夫は暇そうにしていたからだ。
「……今日は昨日に比べて、一段と船が少ないな」
「へぇ、なんでも下流でリヴァイアサンが出たとかで……。さらに船が減ってるんでさ」
「ふむ、そうなのか。そのリヴァイアサンは始末されたと聞いたが」
「よくご存知で。通りがかった貴族様が仕留めてくれたらしいですが、皆びびっちまってね。今度騎士団が来るみたいですが、どうなることやら」
ちなみにそのリヴァイアサンを始末したのはヴィクターである。
昨日、ぽてぽてと帰ろうとしたらそんな話があって――成り行きで一働きしたのだ。
幸い、リヴァイアサンは幼体だったので即氷魔法で仕留めたのだが。
もちろん着ぐるみは着たままだったので、顔は知られていない。
……やはりこの着ぐるみは便利だ、とヴィクターは思う。
大貴族の長男であるヴィクターがこんな所をうろついて、顔見知りに会ったら騒ぎになる。
しかし着ぐるみなら顔バレする心配はない。
むろん、このコカトリス着ぐるみはチューニングしており防御機能も高い。
刃や弓矢のみならず、魔法にも高い耐性を持たせている。とっても安心装備なのだ。
そしてガラの悪い連中に絡まれることもない。
巷ではよく知られている。コカトリス着ぐるみを着ているヴァンパイアに喧嘩を売るのは、馬鹿のすることだと。
なにせヴァンパイアは個体で強く、着ぐるみ装備も強い。まず返り討ちである。
絡む理由がない。
中身がヴァンパイアでなかったら?
その可能性はあるが、別の意味で絡みたくないだろう。ヴィクターとしては遺憾ではあるが。
少しの間、ヴィクターと水夫は話をする。
主に大河や川コカトリスのこと。
とはいえ、やはりこの川でコカトリスはあまり見かけないらしい。
たまにぷかぷかと浮かんでくるだけのようだ。
「学者先生はなんで、この川でコカトリス探しを? もっと別の海や川にもコカトリスはおるでしょーに」
「いい質問だ」
ヴィクターは目線を大河から水夫に移す。
「この川は流れがかなりあるな」
「ええ……そうですねぇ。ウチラの腕の見せ所でさ」
水夫は頷く。
この川は近隣だとかなり流れが速いことで有名だ。
「しかし、それが……?」
「どうやってコカトリスは流れに逆らって泳いでいるのか? 不思議ではないか。もっと穏やかな水流にもコカトリスはいる。しかし同じ泳ぐ力だと、この大河では流される。つまり泳ぐ力が違うわけだが……。なぜ違う? 見た目には同じコカトリスなのに」
「……言われてみると、そうですなぁ」
とりあえずよくわからないが、同意する水夫。
なんとなく疑問を挟まない方が良い気がしたのだ。
「実際には見た目も違うのかも知れないが。俺は脚か尾羽に秘密があると睨んでいる」
「なるほどぉ……。目の付け所が違いますなぁ」
水夫もこの大河で働いて長い。
川の流れを長時間見つめるのは、大抵こういう人物なのだ。
水のように捉えどころのない人間だけが、川を見つめるのである。
「それじゃあ、あっしはこれで。もう仕事がないんで帰って寝ますわ……」
「そうか、ご苦労だったな」
……悪い人ではなさそうではあるが。
水夫は思った。
本当に変わった学者先生だなぁ……。
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