207.クラリッサの旅立ち

 それ以外はウッドの作品は良く出来ていた。

 テテトカに最も近い作風で、生花ドラムセットに似せたのがよくわかる。

 花と枝のバランスがちょうどよい。


「ほーう……」


 テテトカがずいっとウッドの作品に近付く。


「ウゴウゴ……」

「だ、だいじょうぶです!」


 ウッドの隣にいるララトマもハラハラしてるようだな。

 ……まさかバットを使うとは……。でもあの作品で使われているバット、小さいんだよな。


 俺が作ったバットの中にあの小さなバットはなかったはずだ。

 誰がウッドに渡したのか……って、ステラだよな。

 他に考えられん。


「助手ぴよちゃん、真上にー」

「ぴよっ!」(ほいさ!)


 助手ぴよがテテトカの体を持ち上げる。

 単に持ち上げるだけじゃなくて、ぐいっと羽を伸ばしているな。


「ぴよぴよー」(もっともっとー)


 ついでに助手ぴよは脚も伸ばす。

 おお、かなり高い……。ウッドの作品を見下ろす形になる。


「んんー、なるほど……」


 ふむふむとテテトカが頷き、床に降りる。

 もちろんその後、草だんごが助手ぴよのお腹に入っていく。


「このバットは……スティックの代わり、ですかー」

「……ウゴウゴ、そのつもり」

「ぼくの花飾りに似せて、その上で一点ひねってきたわけですかー……」


 そこでテテトカがウッドを見上げる。


「やりますねー!」

「ウゴ……!」


 ぐっとテテトカが親指を立てる。

 ……ほっ。良かった。


「そーいう精神というか、おりじなりてぃはとってもいいですよ。うんうん、基本と外すこと。そして自分の良いものを出すこと。これが一番ですよねー」

「ウゴ……ありがとう!」

「もっと大きい土台ではこのバットも大きくするか、並べるか……。そのバランスを考えてみてくださいー」

「わかった、ウゴウゴ」


 最後に残ったのはララトマの作品だ。彼女の作品は……大きな枝というか、幹を中心にした作品だな。これまた風情がある。


 テテトカがぽてぽてと作品の周りを歩く。

 助手ぴよはテテトカの後ろをぴったりと付いて行ってるな。かわいい。


「……ララトマ」

「はいです……」


 しかしララトマの声はあまり冴えない。

 本人的には不本意なんだろうか。良くできているように見えるんだが。


「ま、自分が一番良くわかってるよね。そう……色んな想いを昇華することー……。それが大切だから」

「……わかったです!」


 ふむ?

 よくわからないが、二人の間では話が繋がっているのか。

 姉妹というのもあるだろうが……なんだか意味深だな。


 それから次の課題が出て、この会合は終わりになった。

 いよいよドラムを使って作品を作るらしい。


 テテトカは良い教師のようだな。

 まぁ、伊達にドリアードの長じゃないか。

 のほほんとしているけど、果てしない時を生きてきた経験があるんだしな。


 ……しかしこんな所までバットが入り込んでいるとは。

 いや、まぁ……俺が発端なんだけどね。


 ふむ、ステラが東の国に置いてきたバットはどんな運命を辿っているんだろうな……。


 ◇


 その頃、東の国ではクラリッサがホールドの家に戻るところであった。


 謁見の間にて、クラリッサが女王と側近達に挨拶をする。


「それではホールド様の所に戻ります、お母様」

「ええ、しっかりと学んで来るのですよ」

「はい……!」

「国の事は心配いりません。すこぶる体調が良いですからね」


 女王がすっかり血色良くなった顔で微笑む。

 クラリッサも心の底から嬉しい。物心ついてから、これほど元気そうな母の姿は初めてだった。


 ……しかし少しクラリッサは不思議だった。


 母の腕が、すごく……太い。

 倍くらいムキムキになっているのではないだろうか。


「さて、ではクラリッサにこれを預けましょう」


 側近の一人が持ってきたのは、バットであった。

 ステラが持ち込んだうちの一本だ。その中でも小振りの一振りである。


 そのバットはうやうやしく、木の盆に載せられてきた。

 まるで名剣のような扱いである。


 だが、実際そうなのだ。これこそ未来に引き継ぐべき新たな宝物と言えた。


「ステラ様から頂いたバットです。このバットを日々振り抜き、己を鍛えるのを怠ることのないよう……」

「はい……!」


 クラリッサは丁寧にお盆からバットを受け取る。


 なんだかおかしい気がしなくもないが、これで良いのだ。

 剣や槍がバットになっただけなんだから。


「おお、懐かしい……女王陛下が鬼姫と呼ばれていたことを思い出しますなぁ」


 並んだエルフの中でも最年長、白髪混じりの側近が感慨深げに呟く。

 彼の脳裏には古き日々が蘇っていた。


「懐かしい響きですね、ええ……あの頃の気力と体力が戻ってきています」

「お母様はそのように呼ばれていたのですか?」

「今のあなたより、少し年上の頃ですけどね」


 女王が懐かしそうに目を細める。

 最年長の側近も白髪に触れながら、


「女王陛下は若かりし頃、豪の者として名を馳せておりましてなぁ。オーガの棍棒を奪って殴り倒したという逸話もお持ちですからな」

「えっ……」


 クラリッサは思わず声を上げる。自分の知っている母親からは、とてもそんな姿は想像できない。

 儚げに玉座と寝床にいる姿しか知らなかった。


「トロルを投げ飛ばしたのもいい思い出です。私は昔、国一番の力自慢でもあったのですよ」

「そ、そうだったんですね……」

「王侯貴族は国の最後の守り手です。力こそパワー、腕力あれば憂いなし……ですからね」

「なるほど……!」


 割と脳筋なことを言う女王。

 しかしツッコむ人は存在しない。

 皆、脳筋だからだ。


 魔力を尊ぶ貴族もいる中で、このエルフ達はパワー信奉者であった。

 ステラの末裔を称するのだから、ある意味当然の帰結であるが。


「クラリッサ、先方にくれぐれもよろしく伝えなさい。英雄ステラ様の活躍と教えを」

「は、はい……!」


 こうしてバットを片手にクラリッサは舞い戻る。

 ……オードリーが目玉を飛び出さんばかりに驚くのは、また後のお話……。

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