173.それぞれの年末

 冒険者ギルドの仕事納めをして、俺は大樹の塔に向かった。

 今日一日は挨拶回りだな。


 村の中は慌ただしく行き交う人に溢れてる。

 俺と同じで、仕事納めをしたり年末最後の挨拶をするためだ。


「エルト様……こんにちは!」

「おお。アナリア、こんにちは」


 てってって……歩いてきたのはアナリアだ。

 かなり急いでいるな。やはり忙しいのだろう。


 ふむ、一人でいるのは最近珍しい……。

 イスカミナといるのが大体だったからな。


「薬師の方はもう仕事終わったのか?」

「ええ、もう聖水も振りまきました。次は冒険者ギルドに行って少し仕事をしてきます」


 この聖水は教会が販売している聖水だ。

 この世界で宗教関係の力は弱いが、一部の習慣にはまだ残っている。


 聖水にはありがたい灰が入っており、清らかな力があるらしい。


「ただのちょっと濁った水ですが、年末には玄関や門の前に振りまく風習があるので……」

「……なぜやるのか、わからなくなってる感じなのか」

「昔は清潔にする意味があったので、その名残でしょうねぇ……」


 しみじみとアナリアが言う。


 ふむ、さっきのナールとの話じゃないが、アナリアにも何か目標とかあるのかな。

 村の人達が何を欲しているか、聞き出すいい機会かもしれない。


「……アナリアは来年の目標とかあるのか?」

「目標ですか……。やはりポーションをたくさん作ることですかね……!」


 わくわく、と言った顔のアナリア。


「いずれは特に使い道はないけど、レアなポーションを作りたいですね!」

「なるほど……」


 ポーションの中には残念な部類もある。

 いわゆる「ちょっとだけ見た目を変える」のポーションが筆頭か。


 腕がカモノハシになったり、たぬきのしっぽがついたり……。

 そういう類のやつだな。


 これらはゲームの中だと、プレイヤーの外見を変えるという意味があるのだが……。

 この世界では当然、そのような楽しさは理解されない。

 手間ばかりかかる残念なモノ、という扱いだ。


 だけどアナリアはやはり作ってみたいらしい。

 もちろん個人の自由だ。


 その先に何かあるかもしれないし、ないかもしれない。

 腕がカモノハシになって、わかることもあるかもしれないのだ。

 ……わからんけど。


 さて、あまり足を止めさせるのも悪いか。

 お互いにやることがあるし。


「それじゃ、俺はこれで。来年もよろしくな」

「あっ……いえ、こちらこそ! 来年もよろしくお願いいたします!」


 にこーとアナリアは微笑むと、一礼して去っていった。

 よし、俺も大樹の塔に行くとするか。


 ◇


 大樹の塔の前に着くと、そこではテテトカがぽてぽてと歩いていた。


「ご機嫌うるわしゅー。エルト様、どうされましたー?」

「ご機嫌よう、テテトカ。いや、年末の挨拶に来たんだ」

「なるほどー。これはご丁寧に〜。」


 テテトカがぺこりと一礼する。

 普段通りの感じだな……忙しそうな雰囲気はない。


「テテトカは年末とか年明けに何かあるのか?」

「はわー。草だんごを食べます」


 そう言ったテテトカはごそごそと草だんごを取り出して、もぐもぐと食べ始めた。


 もう食べてますやん……!


 ツッコんではいけない。

 ドリアードは常にマイペースなのだ。


 もぐもぐ、ごっくんしたテテトカが少しきりっとして言う。


「徹夜で食べますー」

「えっ」

「いつもはねむねむなんですけど、年の初めは気合を入れるんですー。草だんごをだらだら食べながら、お日様が昇るのを見て……寝ますー」

「ほうほう……そうなのか。明日の日の出だけは特別なんだな」

「そうですー。日の出を見たら、即寝ますけどー」

「……ちなみになんでそういう風習になってるんだ?」

「なんででしょー?」


 テテトカは首を傾げる。

 やはり知らないか。


「すまん、知らないならいい……」

「いえー……そうだ、アナリアも呼んでこないといけないですねー」

「ん? 食べマスターだからか?」

「そうですー。徹夜で草だんごを食べるんですー」


 過酷だ。

 アナリアはまたもぐもぐし続ける運命に合うのか。


「ま、まぁ……やりすぎないようにな」

「大丈夫ですー。眠くなったら一度寝て、また起こしますからー」


 やる気だな……。

 でもこうなったらテテトカは妥協しない。


 徹夜でもぐもぐしながら新年を迎えるのも、豪勢といえば豪勢だが。


「また新年になったらその時の話を聞かせてくれ。皆にもよろしくな」

「はいですー」


 ぽてぽてとテテトカは歩いていった。


 さて、家に戻るか……と足を向けたところ、塔の前の土風呂が目に入った。

 年末だが何人も気持ち良さそうにくつろいでいる。


 アラサー冒険者も薄目を開けて、微妙に眠りそうになりながら入っていた。


 ……ちょうどよいタイミングだし、年末の挨拶くらいしておこうか。


 歩いて近づいていくと、ぱちっとアラサー冒険者が目を開ける。


「うおっ」

「エルト様でしたか。こんにちは〜」

「いきなり目を開けたからびっくりした……。こんにちは」

「冒険者たるもの、いつでも備えておかないとなんで……。意外とコレが役に立つんですぜ」


 寝ているときでもすぐに目を覚ます……。

 戦国時代の侍みたいな特技だな。


 でも野宿したりする冒険者では必要な技能なのだろう。

 今はまぁ、土風呂を満喫しているおっさんだが……。


 俺は感心しながらアラサー冒険者のすぐ横に屈む。


「今年は世話になったな。来年もよろしく」

「こりゃご丁寧に、恐れ多いことで……。こちらこそ、来年もよろしくお願いしますぜ」

「ああ……。そう言えば来年の目標とかあるのか?」

「ありますぜ」

「ほう、どんなのだ?」

「結婚……」


 しんみりとした口調でアラサー冒険者が言う。


「……」

「ちょっと、黙らないでくだせぇ。傷つきますぜ……」

「そこそこ格好いいし、収入もそれなりにあるから大丈夫だろう」

「……見捨てる前のお見合い相談所みたいなセリフじゃないですか」


 まぁでも、いずれこういう悩みは起きる。

 共同体が永続するには、結婚やらは不可欠だ。


 もちろん俺は前世の記憶があるので、かなり寛容だが……。


「……ちなみにどういう人がタイプなんだ?」

「少しふくよかで包容力のある人がいいですねぇ……。なんせこういう仕事だから、そういう人の方がいいと思うんでさ」


 真面目な答えだな。

 ゆえにやや深刻な雰囲気がにじんでいる。


 ちなみにこの世界では「人類」と呼ばれる範囲は明確に決まっている。

 相互に子どもができるなら、人類なのだ。


 ニャフ族もモール族もエルフもヴァンパイアも人類で、制度的にも結婚できる。

 ハーフは存在するが、見た目や気質は半分にはならない。親のどちらかが強力に発現する。


「この村で多いのはニャフ族だが……」

「ああ、彼女達がいいならねぇ……」


 いいのか。

 いや、個人的な好みだからな。


 でもちょっと不思議だ。

 アラサー冒険者は少しくたびれているが、結婚できないほどではないと思う。


「アプローチしてみたらどうだ? 意外とすんなり行く気がするぞ」

「いやぁ……ま、来年のことですしね」

「そうか……。何かあったら相談してくれ。力になるから」


 ふぅむ、意外と奥手なのかもな……。

 こういう世話焼きもまた、共同体には必要だろう。

 彼なら人間性は問題ないし。


 それから色々な人と挨拶をして、家に帰る。


「おかえりなさい……!」


 ステラが仰向けになって、ウッドが綿を敷いて腕枕をしているな。

 そしてディアとマルコシアスがステラの左側に寝そべっている。


「おかえりぴよ!」

「ウゴウゴ、おかえりなさい!」

「わふ、おかえりだぞ!」

「ああ、ただいま」


 これで今年の仕事は終わりなわけだ。

 ふぅ、本当に色々とあったな。


「エルト様も少しお休みになりませんか?」


 ぽんぽんと自分の横をステラが示す。


「んむ……そうするか」

「おひるねするぴよー!」


 誘われるまま、ごろんとステラの右横に寝転がる。

 ……早いものだな、一年が終わるのも。


 嬉しそうなステラの顔を見ると疲れも吹き飛ぶ。


「来年もよろしくお願いしますね、エルト様」

「俺の方こそ、だ」


 ステラの手が俺の頬に触れる。

 それが何よりも安心させてくれるのだ。

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