170.バットを抱いて眠る者

 ほかほかになってお風呂を上がり、着替えてコカトリスの宿舎を後にする。


 いやぁ……気持ちよかった。

 確かにお湯につかっているのに、寄りかかっているコカトリスはふわもこなんだもんな……。

 非常に不思議な感覚だ。


「ふー、想像通りの良さでしたね。ザンザスのダンジョンでも見ていて、そうなんじゃないかなとは思いました。やはり全身のふわふわ感は全く損なわれません……!」

「ぴよ、おゆでもふわふわはだいじぴよ!」


 ステラに抱えられたディアも上機嫌だ。

 同じコカトリスとお風呂に入ったのも、今回が初めてだしな。

 こういう付き合いも増やしていけば、ディアにとって刺激になるだろう。


 日はまだ高い。

 お祭りの後片付けもしっかり終わっている。


 最近ではお祭りの前よりも商人や旅人の来訪が増えている。

 ザンザスのついでに立ち寄る人がかなりいるらしいのだ。


 宿舎から村の方へと歩いていくと、旅行バッグを運ぶレイアが歩いていた。

 バッグにはコカトリスのアクセサリーがいくつも付いている。


「レイア、こんにちは。戻ってきたのか」

「はい、こんにちは! ザンザスでの後処理も一段落しましたので、戻りました」

「大変ですね、行ったり来たり」

「いそがしいぴよ」

「いえいえ、この村はむしろ癒やしですから……。ザンザスでの仕事も順調そのものです。ポーションの供給も増えて、あまり悩むこともないですしね」

「ちゃんと管理してるんだったな……。下の人間に任せてゆける、ということか」

「この数カ月、体制を徐々に変化させてますからね。ヒールベリーの村と共同で歩めるよう、ザンザスも変わるのです」


 胸を張るレイアはとても心強く見えた。

 コカトリス帽子もこころなしかえへん! と言っている気さえする。


「わかった。もうそろそろ新年だ。色々と動くだろうが、よろしく頼む」

「いえ……こちらこそ!」


 そう言うとレイアは去っていった。


「あのぴよはがんばりやさんぴよね」

「そうですね……」


 コカトリス大好きで、ちょっとエキセントリックだが……。

 でもこの村のために頑張ってくれているのは確かだ。


「あのコカトリスに対する情熱は凄い。やはり好きなものがあると行動力は高くなるんだな」

「私も頑張らないと……」


 ステラの声に気合が入る。


「……燕、本当に気を付けてな」

「はい……! あとは野ボールの普及もですね……!」

「だいじょうぶぴよ?」

「燕自体は一度、攻略してますからね。もちろん油断はしませんが」


 ぴよぴよするディアに顔を埋めて、ステラが言う。


「ちゃんと帰ってきますので!」


 ◇


 エルト達と別れたレイアはふんふーんとナナの家に向かった。

 もちろん、コカトリスグッズの相談である。


「こかこっかー、お邪魔しまーす」


 ノックして借りている合鍵を回し、扉を開ける。

 家の中は静かだ。


 まだ日中なので、ヴァンパイアのナナは寝ているのかもしれない。


「ふむ……リビングですかね」


 家の中を歩いていくレイア。

 ほどなくリビングにたどり着く。


 そこでレイアが目にしたのは――床でバットを抱きながら倒れているナナだった。

 もちろんコカトリス着ぐるみのままで。


 さらにリビングにはバットが散乱している。

 慌てたレイアがナナに駆け寄った。


「どうしたんですか、このバットは……!? ノイローゼですか!?」

「むにゃ……ああ、レイアか。ちがう……」


 むくりと体を起こしたナナ。


「ノイローゼじゃないんですか……。もっと危ない心の病ですか? 早くお医者さんに行きましょう」

「ち、ちがう」

「いいんですよ。私も行き詰まったとき、顔をぬいぐるみに押し付けて寝てたりしますから」

「ちがうんだって……。これはステラの予備用バットなの」

「んっ……!? ああ、なるほど!」


 ぽん、とレイアは手を叩いた。


「……それがなぜ、バットを抱いたまま寝るんですか?」

「んん、説明してなかったか……。僕の収納には魔力を浸透させないといけない。抱いて寝たりとかしてね。これには時間がかかるんだから」

「初めて聞きました。何気にSランク冒険者ナナの機密情報ですね」

「そうそう。なのでノイローゼというわけじゃないんだよ」


 ナナの説明を聞いて、レイアはほっと息をついた。


「良かった。私なんて最近、たまにぴよぴよと幻聴が聞こえてきて……」

「僕より明らかにヤバいじゃん」

「疲れてはないはずなのですが、どうにも……」


 レイアがそう言っていると、どこからともなく小さな音がする。


 ぴよ……。


「ん?」

「ほら、今も聞こえてきました。はぁ……」

「いや、今のは僕にも聞こえたよ」

「えっ? 幻聴が聞こえたんですか?」

「落ち着いてよ。レイアの幻聴が僕に聞こえるわけないし」


 そう言うとナナはバットを置いて立ち上がり、レイアのコカトリス帽子をすっと手に取った。

 ナナはそのままひっくり返したり、色んなところを触ったりする。


「やっぱり帽子の調子が悪くなってるよ。コカトリスの幻聴じゃなくて、帽子の誤作動だ」

「ああっ……! なるほど! 鳴き声機能の不調でしたか!」

「ずっと被りっぱなしだからだね。……というか、ナニコレ? タイマー機能……?」


 ナナが首を傾げる。


「ええ、お試しにタイマー機能をつけてみたのですが。それがまだ駄目みたいですね」

「間違いなくそれだね」


 ナナは言いながら、置いたバットを再び手に取る。

 それは音もなく消え去った。

 収納されたのだ。


「ま、ゆっくりしていきなよ。帽子を取ったレイアはなかなか新鮮だ。トマトジュースを持ってこよう」

「ありがとうございます。この帽子のタイマー機能を良くしたいですし」

「……なぜ帽子に付けるのかは、聞かないでおく」


 ナナはそう言いながら、微笑ましく思った。

 この村に来てから、退屈は過ぎ去っている。


 ナナにとって好奇心は絶対だ。

 魔法技術を受け継ぎ、発展させるのはライフワークに他ならない。


 同時に確かめたいことも増える。

 知識は常に前進を求めるのだから。


「それにちょうどいい。マルシスちゃんのことなんだけど」


 ナナは言葉を切った。


「もし彼女が、本物の悪魔だとしたら?」

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