168.お風呂完成
その準備期間中、日が暮れてまもなくの頃。
アナリアとイスカミナは、まったりといきつけのレストランで食事を取っていた。
簡易的ながら、野菜の辛味炒めである。
いわばお試し料理というやつだ。
村人だけに提供され、意見を募っている。
「おいしいもぐ!」
「ええ……辛い料理はあまり食べてきませんでしたが、これはこれで……」
ザンザスにはあまり辛い料理を食べる習慣がない。
もちろん、貿易都市でもあるザンザスに辛い料理がないわけではないが……。
アナリアにとっては味が尖りすぎているので、あまり好みではない。
しかしこの辛味炒めはほどよい辛さである。
コクがあって、野菜のしゃきしゃき感と一体になっている。
あらかた食べ終わり、果実ジュースを飲みながらだらだらと喋る。
アナリアにとってもイスカミナにとっても大切な時間だ。
「毛並みがやはり良くなってきましたね」
「もぐー? ここで良いものを食べてるからもぐ!」
なでなで。
アナリアが優しくイスカミナのほわほわな頭を撫でた。イスカミナは気持ち良さそうに、テーブルにぐてーとなる。
「もぐー……」
「んふふー」
そんな風に穏やかに過ごしていると、一人の客がやってきた。
ナナである。
「ど、どうしたんですか……? その格好は」
「バットもぐ」
「ふぅ、聞いてくれよ」
アナリアが目の前の席を勧める。
背中に三本のバットをくくり付けたナナは、どかっとアナリアとイスカミナの前に座った。
メニューを見ずにナナはカウンターへと注文を出す。
「トマトジュースとトマトのサラダとトマト焼きとトマトソースのスパゲティね。あと、できたらトマトの辛味炒めも」
「あいにゃー!」
カウンターの向こうにいるニャフ族がびしっと敬礼する。
かわいい。
「前半はいつものメニューもぐ」
「いつものコースですね」
「そう、いつものメニューが大切なんだよ。それでこのバットなんだけどね……」
ナナは一部始終をアナリアとイスカミナに語って聞かせた。
「――なるほど、予備のバットが……」
「僕の収納は僕自身の魔力を帯びてないとダメ。だからこうして少しずつ収納しようとしてるのさ」
「結構な制約があるもぐねー」
「当然、体積が大きいほど収納可能になるまで時間がかかる。あとは一度体から離して魔力が薄まると、収納できなくなる」
「はー……では素材とかをぱっぱと運ぶのはやはり無理なんですね。出来たら便利なのに」
「まぁね、それでもアクセサリーなんかは運べるし……着ぐるみは大丈夫だし」
「おまたせにゃー」
「ありがとう、おいしそうだね」
ニャフ族の給仕が頼まれていた料理を持ってくる。
まさにトマト尽くしである。
さっそくナナは優雅かつ素早く食べ始める。
「にしても東の国に行かれるのですね……。どんな所なのでしょうね」
「暑い」
「熱帯雨林が多いもぐ。毛並みがごわごわしたもぐ」
「あれ? イスカミナ、行ったことあるんですか?」
「短期のお仕事で行ったもぐ。ドワーフの勢力圏との境目で測量もぐ」
「……危ないお仕事じゃないですか」
アナリアはイスカミナをぎゅっと抱きしめる。
「大丈夫もぐ! 楽しかったもぐ!」
「それならいいのですが……。それにしてもエルフの国ですか……。さぞ優雅で綺麗な国なんでしょうね」
アナリアは心の中でエルフの国々を思い浮かべた。
天まで届くような塔、きらびやかな王宮。
手先が器用なエルフの織りなす芸術品の数々……。
「「…………」」
「あれ? 違うんですか?」
「まぁ、都市部はそうだけど」
「それ以外はかなりの自然もぐ。大自然もぐ」
イスカミナはそっと目をそらした。
「森に囲まれてるからね。日差しは強い……でも冬なら大丈夫だけど」
「気を付けて欲しいもぐ」
「ええ、なにより無事に帰ってきて下さいね」
「ああ……そのつもりだよ。ところで――」
ナナは何気ないように言葉を続けた。
「マルシスちゃんって、どーいう経緯でこの村にいるの?」
◇
「ぴよー……」(うっとり……)
「ぴよよー……」(ぐっどー……)
その日、俺とナールはコカトリスの宿舎にいた。
ステラとディアも一緒にいる。
やっとお祭りのときに約束した、コカトリス用のお風呂施設が出来上がったのだ。
これがコカトリス達に対しての報酬、ということになるな。
目の前の大浴場には、たっぷりのお湯が注がれ続けている。
コカトリスが全て入るくらいプラスアルファなので、人間二十人が入れるくらいだな。
「……すごく豪華ですね」
「ヒノキを使った浴場に最新の湯沸かし等ですにゃ。貴族でもなかなか手は出せませんのにゃ」
「ヒノキは俺が生み出したからな、そこは簡単に調達できたし」
木材が高いのは輸送費があるからだ。
幸い様々な種族が住むこの国では、木造建築もそれなりに発達している。
材料があれば、早く安く作れるのだ。
「みんな、よろこんでいるぴよね」
「そうみたいだな……」
「うっとりしてお湯が貯まるのを見てますものね……」
コカトリス達は一列に並んで、うっとりと身じろぎせずお風呂を見続けている。
それだけ楽しみ、ということだな。
「ディアも水浴びは好きだもんな……」
「みだしなみはたいせつぴよ!」
「ここのコカトリスもよくシャワーを浴びてますにゃ」
コカトリスはとても賢いので、シャワーのスイッチを押したり切ったりするぐらいは自分でやる。
ちなみに石鹸も自分で使って、お手入れをするそうだ……。
「ザンザスのダンジョンでも、川でよく水浴びをしてますからね」
「なるほどな……。お、お湯が貯まったみたいだな」
ざざぁ……とお風呂からお湯があふれた。
それをナールがスイッチを切って、お湯を止める。
「ぴよ!」(たまった!)
「ぴよよ!」(はいりたい!)
「ぴよ、もうはいりたいみたいぴよ」
「ああ、遠慮することないぞ」
俺がそう言うと、コカトリスは一体一体、シャワーを浴びてお湯に入っていく。
思ったより静か……というか整然としてるな。
しかしお湯に入ると、コカトリスは大喜びではしゃぎ始めた。
「ぴよよ〜!」(きもちい〜!)
「ぴよ、ぴよっ!」(さいこー!)
ぷかーと浮かんだり、座ったり。
それぞれ好きに入っている。
「ぴよ!」
そのうち、一体のコカトリスがこちらを向いた。
気持ち良さそうな顔である。
「ぴよ!」
「ぴよ、ぴよー!」
盛んに何かアピールしてるな。
羽をこちらにばしゃばしゃさせてる。
「……何て言ってるんだ?」
「ぴよ、いっしょにはいるぴよー。といっているぴよ!」
……なんだって?
と、ナールはすでに水着に着替えている。
といってもだぼだぼのガウンみたいなものだが。
「はやっ、いつの間に!?」
「用意して来ていましたのにゃ。実はここでお世話している間も、一緒にシャワー浴びようと誘われることが多くてですにゃ」
「人と一緒にいるのが好きですからね」
そしてナールがだぼだぼのガウンを取り出す。
「どうですにゃ、コカトリスと一緒にお風呂でも?」
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