166.Sランク冒険者、空を飛ぶ

「ドラムごと、ですか……」

「その方がいいだろう。これはこれで完成されているしな」

「なるほど、その通りですね……」


 ステラが納得して頷く。


 この世界の基準では奇妙かもしれない芸術だが、凄みは伝わってくると思う。

 それならば、このままやってもらった方が良い。

 変にアレンジするのはドリアードにも失礼だし。


 もぐもぐ。


 そして当のテテトカは草だんごを食べながら、ふんふんと頷いている。


「この花飾りを他にも作ってもらって大丈夫か?」

「大丈夫ですよー」

「ありがとう。まだ本決まりではないけど……話が進みそうなときは連絡する」

「はーい」


 おっと、そういえば……ドラムと生け花に気を取られていたが、カタログも聞かないとな。

 今回のお祭りでもドリアードは大活躍だった。

 それに報いなければならない。


 ドリアードは貨幣文化を理解しないし、むやみに物を欲しがらない。

 だからこそ、こちらから働きかけて関係を作るのが重要だ。


「そうそう、カタログで良さそうなのはあったか?」

「はわー……ララトマが聞いて回ってます。もう戻ってくるかとー」

「そうか……。待たせてもらってもいいかな?」

「どうぞどうぞー」


 そんな感じで俺とステラは椅子に座る。


「らんらんー」


 テテトカが木製コップに入ったオレンジジュースと草だんごを持ってくる。


「ありがとう、頂くよ」

「いただきます……!」

「草だんごもありますからねー」


 のほほんとオレンジジュースを飲みながら、草だんごを食べる。


「……あの花飾りはこれまで見たことがなかったけど、伝統的なものなんだよな?」

「ええー。これまでにもやってきましたよー」

「花が枯れるまで、ですか?」

「そですー」


 さっきなぜやっているか、それは忘れたと言っていたな。

 多分聞いても確たる答えはないのだろうが……。


 でもなんとなく想像は付く。

 ドリアードにとって、お祭りはやはり特別なのだ。


 テテトカもそうだが、ドリアードは着飾らない。

 頭の花は手入れしているようだけど、それ以外の服飾品に手間はかけない。


 そんな彼女達がドラムひとつをここまで飾り立てている。

 やはり思い入れがあるのだろうな。


 と、大樹の塔の入口から音がした。


 ガチャ。


 コカトリスとそれに抱えられたララトマだ。


「あ、ようこそですー!」

「お邪魔してるよ」

「おかえりなさい……!」


 ぽてぽて。


 ララトマはそのままコカトリスに運ばれてくる。

 いい移動方法だな……。

 お祭りのときにやってみたが、かなり楽しかった。


「ぴっぴよー」


 もこもこなコカトリスが椅子にちょこんと座り、ララトマもコカトリスの間に挟まれるように座る。

 もこもこな背もたれ……!

 ……ちょっと羨ましい。


「エルト様、今日は何用でしょうー?」

「この前渡したカタログで、なにか良いものは無かったかと確認に来たんだ」

「なるほどですね、ありますです!」


 そう言うとララトマはごそごそとカタログを取り出した。

 結構しわくちゃになってるな、ちゃんと見てくれていたか。


 実を言うと中身はぱらぱらっとしか読んでない。

 まぁ、ナールに任せてあるから大丈夫だろうけど。


「これ、これがいいです!」


 カタログを広げたララトマ。

 そこに指差されていたのは、水。


 ふむ……予想外のアイテムだな。

 掲載されている以上、手には入るんだろうが。


 とはいえ、ちょっと考えてみるとあまり驚きはない。

 ドリアードはこの前も高級土とか欲しがっていたからな。水にこだわるのもあり得る話だ。


「へぇ、水ですか……。ここよりも良い水なんでしょうかね」

「ハードルは高いかもですねー」


 ステラとテテトカが同調する。


「うん? ここの水は良いのか?」

「良い感じにまったりとしてますね……!」


 ステラが頷く。

 わからん。


 そうだったのか……?

 全然考えもしなかったが……。


「雨水とは違って、まにゃーとしてるんです!」

「ときおり、へにゃーね」

「わかります。へにゃー感ですね」


 わからん、へにゃー感。


「ぴよぴよー」


 コカトリスも頷いている。

 あれ?

 わかってないの俺だけ?


 ……あとでこっそりステラから教えてもらおう。

 多分、軟水とか硬水とかの微妙な違いだとは思うが……。


 エルフの五感が鋭いなら、味覚もか。

 ドリアードも自分に関わるモノには厳しいんだろう。


「雪解けの天然水か……」


 これは確か、ナナの故郷から仕入れるんだったな。

 彼女の故郷は北の雪国だ。その一部は万年雪に覆われているらしく、かなりの寒冷地域である。


 実のところ、雪解けの天然水はかなり高価だ。

 理由は単純で大量輸送できない物だからである。


 水が必要なら、井戸を掘るか水道管を引けば良い。

 他国から取り寄せるのは、相当なお金がないと無理なのだ。


「楽しみですねー」


 テテトカが屈託なく微笑む。

 紛れもなく待ち遠しい、という顔だな。


「飲み比べ、やってみたいです!」


 ララトマも意気込んでいる。

 ふむ、こんなに楽しみにしてもらえるなら用意する甲斐もあるというものだ。


 なにはともあれ、ドリアードもお祭りを楽しんで報酬を受け取る。

 良い循環だろう。これがずっと続けば、と思うのだ。


 ◇


 それから数日。

 色々な事を進めつつ、ついにその日がやってきた。


 ナナを呼び寄せて超加速の実験である。

 ステラとマルコシアスの訓練によって、精度は格段に向上した。


 屋上には俺とステラとマルコシアスがいる。

 すでにマルコシアスは子犬姿でステラの体にセット完了である。


「……ナナはどういう反応を示すかな」

「きっと気に入ってくれますよ……!」

「わふー!」


 この赤い光が移動手段とはナナも思うまい。


 ナナの協力は必要不可欠だ。

 もちろん燕対策もあるが、彼女には収納能力がある。


 ポーション類が世界的に不足している中、現地調達は望めない。

 この村からどっさり持っていくのが現実的なのだ。

 その意味で、ナナの着ぐるみポケットに物資を詰め込むのは最適解である。


「ウゴウゴ。来た!」

「きたのぴよ、ぴよ!」


 ウッドと彼に乗ったディア、続いて着ぐるみのナナが現れた。


「ようこそ、ナナ」

「こんにちはです……!」

「わっふー」

「お待たせしました……。ん? そのワンちゃんは……もしかして?」


 察しが良い。

 というか、このメンバーだと残る家族はマルコシアスしかいないからな。

 それに声は変わらないし、毛並みも同じ銀だ。


 マルコシアスは両前足を上げて、アピールする。


「狼なんだぞ」

「そ、そう……。変身の魔法ね……」


 ふむふむとナナは一人で納得している。

 この辺り、特に取り繕う必要はなさそうだな。


 姿形を変える魔法はいくつもある。

 マルコシアスは貴族令嬢という触れ込みなので、不審がられることは少ない。


「で、東の国に行くプランですけども……」

「ああ、それについて秘策がある」

「僕はすでに嫌な予感がします」


 ナナはそう言いながら、ステラに近付いていく。


「まぁ、でも馬車でゆったり行くのも退屈なのは確か。方法があるなら、そちらの方が良いかな」


 どことなく面白がっている声だな。


「極めて安全性が高く、それでいて斬新な移動方法です。しかし高所恐怖症だったり、心臓に持病があったりします?」

「極めて安全なんじゃないの?」

「ごほん、いささかショッキングということだ」

「よっせ。失礼しますね」


 ステラがナナをよっと背負う。

 有無を言わさぬ早業である。


「それで高所恐怖症や心臓に持病は?」

「ない……けど?」

「では、マルちゃん……!」

「わふー」

「いってらーぴよ!」


 ステラが脚に力を込めて、大ジャンプする。


「ウゴウゴ、高い……」

「ああ、張り切ってるな……」


 跳躍の頂点にまもなく達する。

 そうしたら、赤い超加速が始まる。


 きらっ!


 瞬間――青い光がほとばしった。

 そのままぐいーんと軌跡が空に描かれる。

 飛んでったな。


「あれぴよ?」

「ウゴ、青かった?」

「……ナナが光ったような気がするな」


 まさか……俺はぶるりと震えた。

 あの着ぐるみにも、超加速機能があったのか?

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