165.祭りの後のドラム

 広場では後片付けの最中だ。

 冒険者やニャフ族が右に左に働いている。


 こちらは舞台だとか机椅子とかあったからな。

 解体して保管するので、まだ時間がかかる。


「お二人様! おはようごぜえます!」


 広場の片付けの指揮を取っていたのは、アラサー冒険者だ。


「おはよう、皆」

「おはようございます……!」


 こちらも挨拶を返す。

 だが……気になる点がひとつあった。

 アラサー冒険者が杖をついていたのだ。


「……腰をやったのか? 大丈夫か?」

「ええ、まぁ……はしゃぎすぎましたので」


 原因はやはりあの劇か。

 アラサー冒険者はドラゴン役で縦横無尽に暴れていた。


 ドラゴンのように暴れ回る、というのは普通の武術とはまた違う動きだ。

 腰や肩なんかへの負担は大きいだろう。


 冒険者といえど、やはりアラサーな彼には無茶だったか……。


「ポーションは飲んだのか? ぎっくり腰にもあれは効くらしいが」

「いえね、すぐにレイアからじゃぶじゃぶ飲まされはしたんですが……」

「すぐに飲ませてくれたのですね。それならもう痛くはないのでは?」

「それが……」


 言い淀むアラサー冒険者。

 わかる……。


 レイアのことだから、即座にポーションで回復はさせてくれたのだろう。

 しかし一回腰をやると癖になる。

 治っても再発しないとは限らないからな。


 ステラはきょとんとしてるので、きっと腰を痛めたことはないんだろうな。

 あんな大ジャンプから着地しても大丈夫なんだし、考えるまでもないか。


 アラサー冒険者の心には、腰痛の恐怖が刻まれたのだ。

 あるいはひそかに、腰に爆弾があったのかもだが。


 普段の土風呂好きを考えると、その可能性はありそうに思えた。

 ほろり……。


 俺はアラサー冒険者の前に立つと、肩をぽんと叩いた。


「腰を、腰を労るんだぞ」

「へっ……!? は、はぁ……」

「エルト様……?」

「ああ、いや……痛いと聞くしな」


 前世の記憶がある俺には、肩と腰の痛みがよくわかる。

 まぁ、主にゲームのやり過ぎだったが。


 アラサー冒険者達と別れて、大樹の塔に向かう。

 この村の平均年齢は意外と高い。

 移住者しかいないからな。


 しかし肩こり腰痛かぁ……。

 土風呂に効果がある、ポーションで治るとはいえ……さらに打つ手も考えて損はないか。


 ◇


 大樹の塔に着くと、ドリアード達も働きに出ていた。

 作物を植えたり収穫したり……お手入れしたりしている。


 もちろん、土に埋まって寝ていたりするドリアードもいるが。

 普段通りの光景だ。


 そう、埋まっているドリアードに水をかけているテテトカもいつも通りである。

 そういえば……お祭りのとき、この光景はなかったな。


 知らせる看板はあるとはいえ、ショッキングシーンが流布することは回避されている。今のところ。


「おや、おはようございますー」

「おはよう、テテトカ」

「おはようございます……!」

「ようこそです。どぞどぞー」


 テテトカに案内されて、大樹の塔に入る。

 ここはあまり改造しなかったので、もう普段通りだな。


「お祭りは楽しかったですねー。またやりたいです」

「そうか……アナリアも楽しかったと言っていたぞ」

「それはよかったですー。来年も出来たらいいですね」

「もちろん、やるつもりだ」

「ふふふー、ありがとうございます」


 気になるのは、アナリアの頬が少しふっくらとしてたことだけど。

 ……草だんごじゃなくて、他の食事を食べ過ぎだな。


「あれは……」

「はいですー?」


 視線の先、机の上にどーんとドラムが飾られてる。

 それだけでなく、ものすごい量の赤や青の花々に、緑の葉や茎も一緒だ。

 一瞬、フラワースタンドかと思った。


 単に盛られているだけでなく、切った枝を曲げたりしている。

 一見すると派手だが、芸術的でもある。


 んん……前世で見たテレビの生け花みたいだな。

 その真ん中にドラムとスティックがあるのはシュールだが。


「あの飾り付けは……?」


 興味本位で聞いてみた。

 ここにいる誰かが飾り付けたのだろうけど。


「ぼく達でやりました。ああしておくといいらしいですー。どうしてやるかは忘れましたー」


 忘れちゃったか。


「そうか……。それにしても綺麗なものだな」


 ドラムも浮いているというよりは、奇妙に調和している。

 だいたいが木で出来ているからか?


 じっくり近付いて見てみると、本当によく出来ている。


 花は高さが異なるように添えられ、枝や茎は空間を遊ばせないように配置されていた。


 ステラも近寄って興味深そうに見ている。


「私達にも似た風習がありますね。ここで見られるとは思いませんでしたが」

「おおっと、そちらでもドラムを飾るんですかー?」

「い、いえ……儀式で作物や装飾品に感謝を捧げるためにです。ドラムではありませんね……」


 自然とともに生きるエルフなら、そういう風習もあるか。

 こちらではせいぜい、近くに生えてる草花を花瓶にぶち込むくらいだ。


 この村でも贈答用の花は栽培して売っているが、量はほとんどない。

 一部の好事家向けだな。


 理由は単純で、切り花だけで売り買いするという認識があまりないからだ。

 大抵のお金持ちは庭とセットで花や樹木を買う。こうなると建築分野になってしまう。


 あるいは鉢植えとセットかプロポーズや結婚式など、めでたいときにしか切り花のやり取りはない。


 それでさえ長距離を運ぶと、庶民にはとても手が出ない。

 地域によっては薔薇の花束一つで給料一ヶ月分がなくなるくらい、買うと花は高いのだ。


「しかし……本当に見事ですね。この枝や葉が……」

「ああ、うまく退屈な空間を作らないようにしているな。この枝のあたりはまるで流水のようだ」

「おおー! お分かりになれるとはさすがですー。そうです、この辺が流れる水なんですよー」


 テテトカがくねった枝を指差す。


「その後の急カーブが滝か」


 枝の先はストンと垂直に落ちていた。

 枝についている青い花は、水滴を模している気がする。


「はいー、そうですー」


 どうやら俺の解釈で合っているらしいな。

 心なしかテテトカが上機嫌だ。


「ふーむ、なるほど……。そのような深い意味が……確かに言われると、そのようにも感じられますね」


 ステラもふむふむと頷いている。


「とても興味深いです」

「ステラの故郷では、こういう見立てはしないのか?」

「はい、飾り付けももっと単純ですね。こう、曲がりくねってやるようなのは……」

「なるほど……」


 もしかしたらこのドラムの飾り付けは、かなり特殊なのかもしれない。

 芸術関連の本でも花瓶等の陶磁器は取り上げられるが、生け花のようなものはなかった気がする。


「ホールド兄さんの芸術祭か……」

「はわー?」


 いつの間にかテテトカがもぐもぐと草だんごを取り出して食べていた。


「草だんごを売りに出すですか……もぐもぐ。もっとたくさん作らないとですねー」

「……いや、こっちの方だ」


 俺は目の前の飾り付けを指差した。


「ドラムもですかー?」


 俺はテテトカに頷き返した。


「この際、ドラムもだ」

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