160.突然に

「それは……マルコシアスは大丈夫なのか?」

「前のときはノリノリでしたが……」

「そ、そうか……」


 飛ぶんだぞ!

 確かにマルコシアスはそんな感じでやりそうな気はする。

 あの本人役も乗り気だったからな。


「しかし悪魔というのを伏せたままで? それは難しくないか……」

「……エルト様は私の言葉を信じてくださっているのですね。それは心配ないと思います。あのマルちゃんを悪魔と思う人はいないでしょう」

「悪魔らしくはないとは思うが……どういう意味だ?」

「どうすれば悪魔と証明できるのですか?」

「どうって……」


 俺は口をつぐんだ。

 言われてみると、今のマルコシアスは人間そのものだ。


 子犬になれるくらいだが、これも魔法やスキルの一種と言われればその通り。

 召喚された時と前世の知識から、俺も判断しているにすぎない。


 ……今のマルコシアスは、悪魔か?

 そう証明することはできない。

 そもそも伝説のマルコシアスとは姿形が大いに違う。

 劇でも大男の武人と相場が決まっているからな。


「あの超加速も魔法やスキルで押し切るつもりか?」

「はい、大丈夫ではありませんか?」

「むっ……子犬姿にさえならなければ、疑いをもたれる危険は少ないのか」


 あのレイアもナナも他の冒険者達も、マルコシアスが悪魔だとは思っていない。

 要は普通に暮らしているだけでは、不信は持たれないということなのだ。


 確かに言われてみると、生きている悪魔なんてこの世界では聞かないな。

 伝説はそこら中にあるが、それだけだ。


 この村の人も悪魔をこわがっている風ではない。

 創作上の存在だと思われている、のか。


「わかった……。恐らくステラの言うとおりだろう。不信はさほど持たれないと思う」


 魔法やスキルは機密情報。

 特に貴族であれば一般人に開示することはない。

 マルコシアスは記憶喪失の貴族令嬢という設定だから、その点も抜かりない。


「出発はいつにするんだ?」

「冒険者ギルドを開いたら、なるべく早くに。初めての大型案件になるでしょう」

「Sランク冒険者が二人掛かりだからな……」


 そう考えると凄い大事だな。

 おそらく、そんなクエストはめったにない。


「……俺に出来ることは?」

「ディアとウッド、それにこの村をお願いします」

「もちろん」


 答えながら、俺はハーブティーをすするステラを見た。


 ステラに気負いはないようだ。バットを振っている時のほうが真剣な気さえする。


 ごくり。


 俺はつばを飲み込んだ。

 考えていたことがひとつある。


 俺とステラの関係はディアとマルコシアスで繋がっている。

 あまりにも長く居過ぎたが、本来はそういう関係なのだ。


 だけど――もうそれだけじゃなかった。

 彼女との日々は楽しくて、安らぎがあった。

 実家では得られなかったものだ。


 ……ウッド、ステラ、マルコシアス。

 大切な家族だ。


 そして、俺は踏み出さなくてはいけない。

 戻ってきてからでもいいかもしれないが、なぜだか……今、唐突に伝えた方がいい気がした。


「……ステラ、今こんなことを言うのもなんなんだが……」

「なんでしょうか?」


 ぱちくりと目をしばたたかせるステラ。


「俺はステラが好きだ。仕事仲間としてだけでなく……異性として」


 どう伝えるのが正しいのか、俺にはよくわからなかった。

 なので、そのまま伝えた。


 心臓が早鐘を打つ。

 言ってから、びっくりするほど汗が吹き出してくる。


 そのステラは俺の言葉を聞いて、柔らかく微笑んだ。


「私も同じです、エルト様。でもよろしいのですか? 自分でもわかっていますが、私はそこそこ普通ではないですよ?」

「……ステラがいい」


 少しエキセントリックな所があるけど、最近俺の頬をむにむにしてるけど……そんなステラがいい。

 それははっきり言える。


「ありがとうございます。私もエルト様なら……と思っていました」

「そうか……」


 良かった。

 ふぅと肩で息をする。

 勢い任せだけど、えらいことを言ったな……。


「私達エルフは五感が鋭いですからね。色々と生理的に合わないと駄目なのです。エルト様とはぴったりでしたし……」

「そ、そうなのか?」


 しかし反響打法とか使いこなしているんだよな。

 ……それだけ感覚の鋭いステラだ。

 合わなければ無理というか、合ったから同居を続けたと言うべきか。


「でもすまん、突然で……」

「いいんです。エルト様はそう言う所がありますよね。でも、即断即決はエルト様の良いところ……です」


 そう言うとステラが立ち上がり、俺の隣に来る。

 暖かいステラの手が俺の手を包み込む。


「これからもよろしくお願いしますね、エルト様」

「こちらこそ、これからもよろしく」


 ……改まるとドキドキするな。

 毎日一緒に寝てはいるんだけど。


「えへへ……」


 ステラが恥ずかしそうに微笑む。

 かわいい。


「ぴよ……!?」

「「はっ!」」


 俺とステラが振り向くと、そこにはディアとマルコシアス、ウッドがいた。

 ディアはマルコシアスに抱えられたまま、目をぱちくりとしている。


「見ちゃだめだぞ、我が主」

「ぴ、ぴよ! みてない、みてないぴよ!」

「ウゴウゴ、なかよし!」


 ささっとディアが羽で自分の目をふさぐ。

 い、いや……手を握っていただけなんだが。


 マルコシアスも意味深に言わないで欲しい……ディアがなんだか勘違いしてる。


 でも……これが我が家らしいか。

 ステラや俺の実家とか、考えるべきことは色々とあるんだろう。


 それでも、これも一歩だ。

 ゆっくりでいい。この村と同じだ。

 ゆっくりしっかりとした形になればいいのだ。


 ◇


 朝ご飯を食べて、一服。

 俺とステラはディアとマルコシアス、ウッドにさっきの説明をした。


 マルコシアスの超加速を使った、ステラの里帰り。

 話を聞いてマルコシアスは首を傾げていたが。


「そーいう風に使うのか、この力は……」

「ええ、そーいう風に使えるはずです」

「ばびゅーん……ぴよ!」


 きらきら。

 ディアの瞳が輝いている。


「テストは必須だろうな。こっそり夜にでもやらないと」

「はい、それはもちろん……ディアも飛んでみますか?」

「いいぴよ!?」

「ふふ……これはかなり楽しいですからね……!」


 あごに手をやるステラ。

 確かに楽しみにしてる顔だな。


「あとはナナか……」

「できればレイアにも話は通しておきたいところですね」

「そうだな、その方がいいだろう。何かとスムーズに行くと思うし」


 話は決まった。

 少しゆっくりしたら、二人に話をしよう。


 そして俺は気が付いたのだった。

 ご飯を食べたあと、ステラとの距離がさらに近くなった……と思う。

 ソファーに座っていると、ほとんど密着状態だ。


 ……しかし本当に言っちゃったんだな。

 そして受け入れてもらえた。


 夢見心地だ。

 ……突然だったけど、言って良かった。

 そう、俺は思ったのだった。

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