159.ばびゅーん

 それから数日後、お祭りは大成功で終わった。

 来客はひっきりなし、連日大盛況だった。


 忙しかったが、草だんご祭りと劇を見ると元気が沸いた。

 ドリアードとアナリア。それにディア達……子ども達の活躍を見るのは、いつでも楽しい。

 毎日、少しずつアクションが違うしな。


 お祭りが終わって翌日の朝。

 今日はお休みの日だ。


 片付けは思ったよりも早く終わった……というより、ニャフ族と冒険者の手際が凄かったな。


 終わったのは夜だったが、てきぱきと器用に進めるニャフ族とザンザスのお祭りで慣れている冒険者。

 設営だけでなく片付けもぱっぱと終わった。


 細かな片付けは休み明けにするとして、今朝はゆっくりできる。


 カーテンの隙間からわずかに光が入ってくる。

 俺とステラの間にはディアとマルコシアスがいる。お祭り期間とは違い、早起きはもうないからな。


「すやー、ぴよー……」

「わふわふ」


 ディアと子犬姿のマルコシアスは抱き合っている。

 もこもこだな……。


 なでなで。


「ぴよー……」


 ……ホールド一家もザンザスへと向かっていった。

 ディアはオードリーとクラリッサにかなりの思い入れが出来たみたいだな。


 やはり年齢も近いし、お風呂での付き合いもあったしな。

 来年中にまた再会できる機会があればいいが……。


 ぷに。


「むっ……」

「おはようこざいます、エルト様」


 目を閉じているステラが俺の頬をむにむにする。

 ……本当に最近、俺の頬を……!

 やっぱりたぷたぷしてるのかな。


「起きてたのか……早いな」

「んー……はい。少しいいですか?」

「うん……? 別に構わないが」

「ありがとうございます。抜け出しましょう」


 俺の頬から手を離したステラが、そっと綿から抜け出る。

 するりと音や揺れもなく。


 俺はステラほどはうまく行かない。

 抜けるときに綿が少し揺れる。


「……ぴよー……?」


 しまった、起こしたか?

 と思ったらマルコシアスがディアの頭をもふもふする。


「邪魔しちゃだめ」

「ぴよー……」

「すやぴよ、わふ……」

「……すや、ぴよー……すや……」


 ふぅ、もう一度ディアがすやすやする。

 ステラと一緒にリビングに降りる。


「……危うく起こすところだった」

「マルちゃんが寝かせたままにしておいてくれましたからね。記憶は戻っていないみたいですが……」

「力は戻っていたからな」


 少しだけ、だが。

 しかし、明確な進展ではある。


「ハーブティーです、どうぞ」

「ありがとう」


 ステラがお気に入りのハーブティーを淹れてくれる。

 俺は生ハムの原木、ステラはハーブティー。


 お互いにそろそろ、こだわる所がわかってきた。

 それだけ長くいるわけだ。


「それで――俺と話したいことは?」


 ハーブティーをすすりながら俺は聞く。

 爽やかさの中にちょっとだけ渋みがある。

 これがステラいわく、重要なのだそうだが。


「……近い内に一度、里帰りをしたく思います。マルちゃんとナナを連れて、です」


 ◇


 やはり、か。

 俺はなんとなく予感していた。


 クラリッサから話を聞いたステラは普段とは違っていた。

 俺といても故郷のことをほとんど話さなかったくらいなのに……。

 気になっているようだった。


 一番最初、ステラを木の像から助け出した時を思い出す。

 その時、ステラは故郷には戻らないと俺に言った。


 数百年が経っているのもあるだろうが……俺にはなんとなく予測がついていた。

 あまりいい思い出が故郷にないのだろう、と。


「東の国に行くのか?」

「はい、そうです」

「そこが故郷なんだな、ステラの」

「ええ」


 小さめな声でステラが頷く。


「……どうしてマルコシアスとナナを連れて行くんだ?」

「それには……なぜ里帰りするかの説明が必要ですね。簡単に言うと、故郷に暴走した魔法具があるのです」

「ふむ……魔法具か」


 俺はライオンの騎士を思い浮かべた。

 ああいうのは結構あると聞く。


 前にステラがザンザスのダンジョンに潜ったときも、飛ばされる玉とゴーレムがいたらしい。


「はい。私の家には強力な魔法具がありました。【燕】と呼ばれる戦闘用の魔法具です」

「燕……」


 前世のゲームだと、イベント用であったかな……?

 プレイヤーが使う物ではなかったはず。

 ……ふむ、あったな。そういうのが。


 確かに燕の形をしていたが……あー、思い出してきた。ゲームの中でも暴走して討伐する流れだったな。

 こちらでも同じ流れで存在したのか……。


「多大な魔力を必要としますが、うまく使えば魔物の大群を蹴散らしてくれます。問題は魔力がなくなると暴走して、周囲を見境なく破壊して回ることです」

「厄介だな……」

「……私の姉のターラはこの【燕】を改造しました。より強力に使いやすくするために」

「…………」


 うーむ、なるほど。

 よかれと思ってやったことで失敗したわけか。


「【燕】のせいで故郷は滅びましたが、一度は私が封印しました。もっとも、一時的な処置に過ぎません。魔力を与えていれば危害はない……はずです」

「クラリッサの先祖がターラだったよな? 責任を取って、その末裔が今も魔力を与えているわけか」

「違います。ターラに子どもはいません。めぼしい生き残りはいない……はずです。私を除いては」

「ん? だが……ああ、僭称なのか」


 俺の言葉にステラが頷いた。

 昔の戦国時代でもあった話だな。

 この世界も血縁なんてしっかりとはわからない。

 ある意味、言ったもの勝ちだ。


 つまりクラリッサの先祖はターラの家名を名乗って、権威付けに使ったわけだ。

 もし本当の末裔がいれば揉め事になるだろうが、いないなら揉めようもない。


 故郷が混乱していたなら、真相も確かめようがない。

 むしろ民衆がそれでまとまるなら、賢明な策と言えるだろう。


 ……だからか、ターラの名前を聞いたステラの反応が少し妙だったのは。

 いるはずのない、姉の末裔。


 クラリッサの一族はしかし、ずっと責任を引き受けているのだろう。

 どういう経緯があったのか、詳しくはわからないないが……やるせないな。


「クラリッサの話はわかった。それでナナが必要なのは、魔法具の専門家だからか」

「はい。恐らく彼女は適任です。私では【燕】を抑えつけることはできても、壊すことはできませんでしたから」

「マルコシアスが必要なのは?」

「改造に使われている技術は、悪魔由来のものだとターラが自慢していました。……マルコシアスを召喚した魔王が融通したんです」


 そこまで言ったステラの瞳に、炎と闇がちらついて見えた。

 お祭りの時の劇の台詞――魔王に故郷を滅ぼされた、というのは全くの創作ではなかったのか。


「マルちゃんが直接、必要なわけではありません。ただ……刺激になる可能性はあります」

「連れて行くのは必須ではないが、ということだな」


 話は大体わかった。

 けじめを付けに行く、要はそう言うことなのだろう。

 やり残しを終わらせる、とも言えるが。


 無論、反対はない。

 ステラがそうしたいのなら、止める理由はないもない。


 俺も家督を望むと決めたのだ。

 厄介なことになるかもしれないが、ステラは賛同してくれた。

 そんな俺が、ステラを縛り付けるのは公平ではない。


「しかし東の国か……長い旅になるな」


 地図で知っている距離感覚だと、東の国々まで片道一ヶ月かかるはずだ。往復で二ヶ月。

 現地での活動がどれくらいかはわからないが……最速でも三ヶ月くらい不在になるだろうか。

 ……だがそうなるとディアも寂しくなるし、そもそもナナも承知するだろうか?


「いえ……一週間くらいで帰ってきます」

「えっ?」

「マルちゃんの超加速。あれが使えるなら、ぱぱっと往復できますし……」

「あれはそんな便利な力ではないと思うが」


 マルコシアスの超加速は障害物を避けるようにはできないはずだ。直線的に使えるだけ。

 リビングで使うのを見ててもわかる。何かにぶつかる前に止まってるし。


「マルちゃんを抱えて、私がジャンプして超加速を使ってもらえば……ばびゅーんと空を行けます」

「ばびゅーん……ナナはどうするんだ?」

「私が背負います!」


 胸を張るステラ。

 頭の中にマルコシアスを抱えて、背中にナナを背負ったステラの姿をイメージする。

 もちろん二本のバットは持っていくだろうな。


 ……うーん?

 正気かな?


「だ、大丈夫なのか?」

「魔王の城に突っ込む時にも使いましたから。安全性はばっちりです。全力を出せるバットもありますしね。すぐ行って帰ってきますから……!」

「お、おう……」


 マルコシアスが超加速を使えるまで、待っていたわけか。

 そしてナナのような専門家も待ち望んでいたのだろう。理屈は合っているが……。


 その遠征プラン、とっても不安……。

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