148.青年貴族とステラ

「コカトリスが喋ってる~……!」

「本当、凄いね……!」


 ふむ、オードリーとクラリッサも楽しそうだな。


 ザンザスのチラシとか見た人はディアの事を知っている。驚きはするだろうが……。

 ディア自体は普通に村で生活してるしな。


 ホールドのように、前情報なしで遠隔から来た人間はびっくりするだろうな。

 でも仕方ない、喋るんだもの。


 舞台上ではディアとマルコシアスの戦いが始まろうとしていた。


「いくぴよ、じごくのマルコシアス!」

「面白い奴だ。返り討ちにしてやる!」


 ちなみにディアとマルコシアスの身長は全然合わない。なので、お互いに近づいて戦えないのだ。


 例えば投げようとしても、ディアの頭がマルコシアスの脛(すね)に来るからな。

 違和感がかなりある。


 なので戦いは自然、抽象的かつ距離を取ってやるわけだ。

 まぁ、これは前衛的演劇だからな……。


 問題はないだろう、多分。

 観客がイメージできればいいのだ。


「我が神速、見切ることができるものか!」

「はやい、ぴよ!」


 伝説だとマルコシアスは速くて強い、ということになっている。

 ゲームの中でもそうだな。超加速や残像とか……スピードを活かした戦いを仕掛けてくる。


 この劇でもマルコシアスは躍動感が大切だとされている。

 舞台の上を走り回るか、舞い踊るように華麗に動くべし――ということだ。


 そして今回のマルコシアスは、完全に後者だ。

 ゆったりとしていながら、くるくるとバットを構えて踊る。


 一方、対するディアも動き始める。

 ぴょんと飛び跳ねたり、すすーっと滑るように舞っている。

 その動きによどみはなく、途切れない。


 ……ディアってあんなに動けたのか。

 しかし考えてみればそうだな、家で飛んだり跳ねたりするわけじゃない。


 現代なら学校で体育があるから、運動もやってることになるだろうが。

 うーむ、もっと運動もさせるべきか……。


「おおっ……!」


 この二人の戦いの場面。

 観客の反応は中々良さそうだ。


 実際にお互いが、ものすごーく速く動いているわけではない。

 うまく交差したり離れたり、バットの取り回しや体の動きで表現してる。


 だけど洗練されたダンスは、見ている人にそうとはっきりわかるものだ。

 まさに今、舞台でやっていることはそれなのだ。


「…………」


 ちらっと見たホールドの目付きが鋭いな……。

 一応、ホールドからしたら姪や甥の出演する劇なんだけど……そんな風に見てる雰囲気じゃない。

 芸術サロンのオーナーだからか?


「いいですね……!」


 ステラは半身を乗り出して、わくわくしながら見ている。

 こちらは楽しそうで何よりだ。


 戦いの場面は、さらに移り変わる。

 体力が回復した青年貴族達も参加して、一大アクションになるのだ。


 ちょこちょこエフェクトとして動くニャフ族がかわいい。

 ウッドは力強く、ララトマは魔法使いらしく慎ましく動いている。


 ハットリは……ふむ。

 片手逆立ちがインパクト強すぎるな……。

 まぁ、これはこれでアクセントになっている、ということで……。


 そうやって数分くらいだろうか。

 動き続けるマルコシアスのそばに、張りぼてのカラスを持ったニャフ族が現れる。


 このカラスは魔王の伝令役だな。

 マルコシアスはカラスを見て、少し離れて動きを止める。


「むぅ、いい所で……。我が主より伝令だ。今日の勝負は預けよう」

「にげるぴよか、マルコシアス!」

「挑発しても無駄なこと。命拾いしたのは、おまえ達の方なのだ」

「ウゴ……くっ、マルコシアス……!」

「いけません、深追いしては!」

「逃げるか、こいつめ……!」


 すすっとバットを腰に差すと、マルコシアスが宣言する。


「魔王に挑むというなら、いずれ再戦もあり得るだろう! それまで腕を磨いておくがいい!」


 しゅたっとマルコシアスが舞台から立ち去る。これで第一幕は終わりだ。


 レイアのナレーションが間に入る。

 そして観客からは大歓声と拍手の嵐だ。


「素晴らしい!!」

「いいぞー!!」


 よしよし、大好評のようだな。

 確かにとても良い出来映えだった。


 またレイアがバイオリンを弾きながら――この隙にセットやら役者が入れ替わるのだ。


 ◇


「さて、こうしてマルコシアスとの戦いを終えた彼らは、近くの街へと向かいました……」


 ふむ、青年貴族とステラの恋話はかなりカットするようだな。

 本来ステラは一旦ここで立ち去り、後に再会する流れなんだが。その間に、ステラに一目惚れした青年貴族の心情とかが入るのだ。


 まぁ、この部分はバージョンによってかなり違うからな。

 本によると、通しでやった場合『英雄ステラ、地獄のマルコシアスを討つ』は四、五時間にもなる。


 だがこれはかなり長いので、大抵はこれを切り詰めて二、三時間にまとめる。

 それでカットされるのは、だいたい中間の恋愛模様の所というわけだ。


 この劇はアクションシーンと威勢の良い登場人物が見所だしな。


 ナレーションが終わり、次の場面に転換する。

 近くの街という設定なので、背景に置かれている看板には家の絵が描かれていた。

 手先の器用な人に発注したから、かなり見映えがする。


「ウゴ……ぜひ、あなたの名前を聞かせてください。あなたほど強く美しいひとは初めてだ」

「……わたしはただのぼうけんしゃ。なのるほどのものではありませんぴよ」

「ウゴ……では、お礼をさせてください。これでも私の懐はあたたかい。この街で最上の食事をとりましょう」


 この辺りは追いすがる青年貴族とそっけないステラの場面だな。


 ふむ……役者が舞台を歩くのに合わせて、背景の看板も動いているな。

 後ろに人がいて、進行に応じて背景を変えているのか。

 一手間かけてるじゃないか……!


 どんどん進むなかで、従者達が青年貴族に話しかける。


「主君よ。彼女へのお礼もいいですが、私はマルコシアスが気になります。奴はなぜ引き下がったのでしょう」

「ははは、勝てそうにないので負け惜しみを言って逃げたのだ。次に戦えば勝てるだろう!」

「楽天的にもほどがあります。主よ、事の次第を領主様に伝えなくては」

「ウゴゴ……ううむ、そなたも共にきてくれないか。領主殿に紹介しよう」

「どうか、わたしのことはおきになさらず」

「ウゴ……それほどの腕前があれば、すぐ騎士にもなれるだろうに。なにゆえ、この機会を見逃すのか」

「わたしはこのままがよいのですぴよ。おきもちだけ、いただきます」

「……ウゴ。わかった、しかしひとつだけ聞かせてくれ。そなたも魔王にいどむのか?」


 ここでディアが歩みを止めて、しっかりとウッドを見上げる。


「そうだといえば、あなたはりょうしゅさまをほうって、ついてくるでしょう……ぴよ」

「ウゴ、もくてきが同じならそれが最善ではないか?」

「……わたしのこきょうは、まおうのせいでほろびました。いきのこったのは、わたしひとり。だから、わたしひとりでいどみますぴよ」


 ステラの半生はよくわかっていないので、この辺りは完全に想像だな。

 解説本によると、生まれ故郷もよくわかってないのは本当だが――この魔王に滅ぼされた可能性はゼロだ。

 場所が違いすぎるらしい。


 それにしてもちょっとぴよが入ってたりするが……よく覚えたな。

 セリフが流れるように、少しもどもったりせず進んでいく。


 ここまで出来るようになるのは、さぞ大変だったろう。

 こういう成長は、親自身が促すことは難しい。誰かに委ねないと見られない側面なのだ。


 うっ……涙が出そうだ。

 隣のステラも、なんだか瞳が潤んでいる。

 きっと俺と同じことを感じているんだろう。


 そして、場面がまた切り替わる。

 領主と青年貴族のシーンだな。


 これが終わると、いよいよ最後の決戦――クライマックスになるわけだ。

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