147.じごくにいくのは

 そろそろ上演だ。

 控え室である大樹の塔を出て、俺とステラは広場へと戻る。


 広場はさっきよりも人が多くなっているな。

 八割方の席が埋まっている。

 ふむ……明日からはもう少し席を増やすか。


 舞台の前には、音楽隊もすでにいる。

 必須ではないのだが、レイアがぜひにと編成したのだ。


 ……アラサー冒険者がトランペットを持っているな。

 そんな技能があったのか……。


 最前列の席に戻ると、ホールドが感心したように言ってきた。

 俺の左にはステラが、右にはホールドが座っている。


「しかし、驚いたぞ。俺を出迎えるのにまさか演劇を用意するとはな……。これほどふさわしいものもあるまい」

「いや、どちらかというと偶然なんだが……」


 そしてもしホールドに見せることを優先するなら、バットは出さなかった。

 だが隣でうきうきなステラのお願いにより、野ボール要素が追加された。


「謙遜するな。自信があるから俺に見せるんだろう? どんなところに力を入れたんだ?」

「……それは見てのお楽しみだ」


 大筋は変えていないだろうが、アクション部分がどんなカオスになっているか……。

 少なくとも、コカトリスの着ぐるみが逆立ちで玉乗りするのは確定だ。


 あとはマルコシアスが本人役で登場してることかな?

 多分、前代未聞である。


 しかしホールドは頷くと、ちょび髭をぴんと伸ばす。


「ほう……よほど自信があるんだな。お手並み拝見と行こうか。あの建物と同じ芸術性があるなら、大したものだぞ」


 ふむ、同じディアをメインにしてはいるが……。

 うん、ホールドのことは忘れよう。

 もう考えても仕方ない。


 俺もとにかく、劇を応援しながら楽しもう。

 後のことは、後で考えればいいのだから。


 ◇


 少ししてレイアが舞台上に上がってくる。

 ……うん?

 バイオリンを持っているが……。


「皆々様方、ようこそー! これより『英雄ステラ、地獄のマルコシアスを討つ』を開始いたします!」


 おおー、と観客席から拍手が巻き起こる。


 そうするとレイアはバイオリンを弾きながら、ゆったりと語り始めた。

 え、そんな事が出来たのか……!?


 知らなかった。

 音楽も出来たのか……。


 そしてもちろん、トレードマークのコカトリス帽子はそのままだ。

 情報量がすでに多い!


「時は魔王が悪事をなさんとしている頃……。一人の青年貴族とその従者達が、正義のために旅をしておりました……」


 しかもうまい!

 バイオリンも語りも、堂に入っている。


 舞台の袖から入ってくるのはウッドとハットリ、ララトマだ。

 みんな、バットを持っている。


 もちろんそれぞれに合わせた大きさのバットだが……。あと色も違うな。


 カラフルに塗装されており、バットじゃないみたいだ。

 サイリウムのような感じがする。


「ウゴ……もうすぐ、魔王の城か。王の期待にこたえなければ……。皆が、おれを待っている!」


 おお、かなり流暢だな。

 次はララトマが前を探るように歩きながら、


「我が主よ、油断されませんよう! もう魔王の手下めがうろつく所にございます。茂みの奥に敵がいないとも限りません!」


 そして最後にハットリが豪快に笑いながら言う。

 うん、着ぐるみだけど……。


「ははは! お主は心配性じゃ! 我が主の剣の腕前を忘れたか。御前試合にて、いまだ無敵は我が主。さらに我ら三人ならば、ドラゴンも逃げ出そう!」


 若いながらも正義にあふれる青年貴族。

 そして慎重な従者と豪快な従者の脇役二人。


 ここからしばらくはこの三人で台詞が進む。

 ……ふむふむ。

 普通に面白いじゃないか……。


 従者達が偵察に行ったり、また三人で進んだり。


 茂みを切り開くシーンでバットを振るうのは、なんというかシュールだが……。

 バットは剣として考えていいんだよな。


 カラフルなバットがくるくると動くと、これがどうして注目してしまう。


『英雄ステラ、地獄のマルコシアスを討つ』はこの辺り、かなり緩い劇でもある。

 時代によって従者の数そのものも変動するからな。


 凄いのになると、三十人くらいを率いるバージョンもある。もっともこうなると大半が台詞なしだが……。


 旅は進み、いよいよマルコシアスが登場する場面だな。

 隣のステラははらはらしながら見守っている。

 もしかしたら、俺もそう見えるかも知れない。


 横から現れたのは、威厳と美しさが同居する大悪魔のマルコシアス。

 赤い鎧と赤いバットを持ち、のっしのっしと歩いてくる。


「ほぉ……!」


 隣にいるホールドが感嘆の声を漏らす。


 確かにいつもの子犬姿のお腹丸出しで寝てるマルコシアスとは全然違う。

 このマルコシアスと戦場で向かい合ったら、背筋が凍り付きそうだ。


「骨のある者はいないかと、城より打って出てみたが、我と戦える者はいないようだな。なんと退屈極まりない」

「ウゴ……あれは魔王の腹心、じごくからやってきたマルコシアス!」

「いけません、あいつと正面から戦っては。ここは一度引きましょう!」

「ははは、なにを弱気な! 魔王の前に討伐してやる!」


 青年貴族達の反応を見て、マルコシアスがくるくるとバットを振り回す。

 優雅な、それでいて空気を張り詰めさせる舞だ。


「面白い。百人の騎士に勝った我に挑むのか? お前はそれほど強いのか?」

「ウゴ……強さよりも正義のためだ!」

「強さこそ正義なり!」


 広場に響き渡るマルコシアスの一喝。

 凄い……完全になりきっている。

 まぁ、本人なんだけど……!


「ウゴ……ふたりとも、覚悟を決めよ。魔王をうつなら、マルコシアスを避けては通れない。むしろ一人の今が好都合!」

「くっ、無理に攻めてはいけません!」

「それでこそ我が主君!」

「ウゴ、地獄のマルコシアス! 王命にて、おまえを討つ!」


 ウッドの言葉に、マルコシアスが高笑いで応じる。


「はっはっは……! その意気やよし! いざ、薙ぎ払ってくれよう!」


 さて、ここからアクションシーンだ。

 演出の腕の見せ所に他ならない。


 特に決まった台詞があるわけでもなく、登場人物や時代によってかなりの差がある。

 最後に青年貴族がピンチになった所で、ステラ役が乱入することだけが決まっている。

 一体どうなるんだ……!?


「まずは俺から! 変幻自在の剣術を見よ!」


 そう言うとハットリが、片手で逆立ちしながらもう片手でバットを振るう!

 すごっ!

 着ぐるみでそれは凄い!


「我に当てるのには、まだ拙いぞ!」


 ハットリが逆立ちバットで迫るなか、マルコシアスが回転しながらそれを避ける。


 くるくる。


「ええい、こちらの魔法を受けてみよ!」


 ララトマが叫ぶと、白い氷を描いた看板を背負ったニャフ族が何人も舞台に出てくる。


 なるほど、あの従者は魔法使いでもあるんだな。

 使うのは氷の魔法というわけだ。


 ……ニャフ族の尻尾がふりふりしてて、かなりかわいい。


「なんの、そよ風ほども感じないぞ!」


 白い氷の看板に囲まれても、マルコシアスは少しも動じない。


「ウゴ、俺の剣ならどうだ! ドラゴンの鱗もたちきる、この豪剣!」


 ウッドが前に進み、ごうっとバットを振り下ろす。

 ……もちろんマルコシアスからかなり離れて。

 なので危なくない。


「なかなかやるな! だが、我に当てるには十年早い!」


 くるくる。


 マルコシアスは舞い躍りながら、青年貴族達を翻弄する。

 そしてついに、青年貴族達が膝を付く。


「どうした、もう終わりか? それなら今度はこちらから攻撃しようか! 誰から地獄へ送ってやろう!」


 ごくり……後ろの観客の緊張も高まっている。

 それほどマルコシアスの演技が素晴らしい。


 バットを振りかぶったマルコシアスが、誰を狙おうかと周囲を見回す。


 その瞬間。


「まちなさいぴよ! じごくのマルコシアス!」


 ぴょーんと横からステラ役のディアが飛び込んでくる。

 かわいい……!


「じごくにいくのは、おまえのほうぴよ!」


 そしてびしっと黄色いバットを振りかざす。


「「おおおおっ!!」」


 観客が一斉に歓声を上げる。

 そう、まさに英雄の登場なのだ。


 ……ちらっと横を見るとステラもきらきら瞳で劇に見入っている。

 どうやらこれはオーケーらしいな。


 ちなみにホールドは……。

 見事にあんぐり口を開けて固まっていた。

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