146.劇の直前
広場へ到着した俺は、席の最前列へと案内する。
念のために、ホールド一家の分まで席を取っておいて良かった。
広場にはまたも人がたくさんいる。
立ち見までは出ないだろうが、混雑していると言えるだろう。
演目的に、この地方の人には馴染みがあるはずだし……目論み通りだな。
席に座りながら、俺はディアやウッド、マルコシアスの説明をする。
……なんだか首を傾げていたが、まぁ納得はしたみたいだな。
「……というわけで、ステラの劇をやるんだ」
「コカトリスが娘……ま、まぁ、そんなこともあるだろうな」
「こかちゃん……! わくわく!」
「楽しみだね……!」
オードリーとクラリッサは道すがら買ってもらったコカトリスぬいぐるみを抱きしめながら、目を輝かせている。
……二人ともぬいぐるみのお腹をもみもみしてるな。
俺は二人がある程度、コカトリスぬいぐるみを集めていると判断する。
レイアもそうだが、コカトリス好きはよくやるんだよね……。
「『英雄ステラ、地獄のマルコシアスを討つ』……懐かしいわぁ。学生時代にも演劇部がやってたわ」
「そうそう、僕も駆り出されてね……」
ヤヤとナナの話も弾んでいるようだな。
さて、ホールド一家を案内したので、俺達は楽屋へ顔出しに行かなければ。
劇の前にディアに会う、唯一の機会だし。
幸い、ホールド達は自前で従者を連れている。俺がいなくても不足はないだろう。
ナナもいるし……。
「じゃあ、ちょっと行ってくる。劇の開始までには戻ってくるから」
「わかった。……お前はいい父親みたいだな」
「うん?」
声を潜めて言うホールドに、俺は首を傾げた。
「オードリーが出る劇をすっぽかしそうになって、えらく怒られたのを思い出した……」
「……ああ、なるほど」
「直前まで商談が立て込んでな。俺としては劇に間に合えばそれでいいと思ったんだが……それだと駄目だったらしい」
その辺りの匙加減は難しいところがある。
ヤヤはもっと余裕あるスケジュールを望んでいた、ということだな。
「残念だが、俺は俺の家族優先だからな。そこは承知してほしい」
「わかってる……。詳しい時間も連絡できなかったし、そこはこだわらないさ」
何日のいつくるかも分からなかったしな。
そこでホールドを優先することはできない。
家族や領主としての役割を果たす方が優先だ。
「ステラも一緒に行こう」
「は、はい……!」
衣装もそれなりに凝っているというが……実は最近の稽古は見てないんだよな。
俺は見たいんだが、本番までのお楽しみで見せてくれなかったのだ。
さて、どんな感じになっているか……。
それとステラの先ほどの反応も気になる。
ターラ、ステラのお姉さんか。
「歩きながら話そう、ステラ」
「……はい」
そうして、俺達は大樹の塔へと向かうのだった。
◇
二人きりになると、ステラは頭を下げた。
「すみません、エルト様……」
「謝る必要はないからな、ステラ」
さっきの呟きは小さかったし、ホールド達には聞こえなかったはずだ。
話は切り替わったし、別に何も問題はなかった。
「……ステラにも色々とあるんだろうし」
俺にも色々とあるし。
だから、俺はステラに根掘り葉掘り聞くつもりはなかった。
ただ心配なだけだ。
ディアの劇も始まる。
「ありがとうございます……」
ステラはそう言うと、すすーっと右手の手のひらを俺に向けた。
「……なんだ、これは?」
「なんとなく、です……。いえーい」
「い、いえーい」
俺は言われるままにハイタッチをする。
そうすると、ステラから影が抜けて落ちた――そんな気がした。
……一歩一歩だ。
ステラのことを知りたい気持ちはある。
でも焦っては駄目だ。
ステラが自身が言い出すまで、待つべきなのだ。
「……落ち着きました。行きましょう!」
「ああ、どんな格好になってるかな……」
見た目にはいつも通りのステラだ。
少し安心した。
「コカトリスの着ぐるみで逆立ち玉乗りとか、今から楽しみですね……!」
「ま、まぁな……」
それは本当に楽しみのひとつではあるが。
「でもステラも出来るんじゃ?」
「ふぇ」
そこでステラは固まった。
目が泳ぎまくってる。
「えー、あー……まぁ、はい」
そう言って、俺達は笑いながら大樹の塔に着くのだった。
◇
大樹の塔では、最終確認が行われてる所だった。
俺達は邪魔にならないように、隅っこにいく。
「かわいい……それとかっこいい!」
「ああ、全員いいな……」
ディアはふわっと白地の冒険者のマントを羽織っている。
今のステラの服をイメージした、うまいアレンジだ。
ウッドは青年貴族だな。
黒のスーツみたいなのを着ている。
かなり大きいし目立つけど、逆に魔王を倒しにいく威厳がある。
マルコシアスは赤いゴツゴツとした服だな……。
でもキリッとした顔で、よく似合っている。
まぁ、本人だし……。
「どうですか、色々と考えてチョイスしました!」
レイアがむふーと満足した顔でいる。
確かにこれは凄い……。
「あのマルちゃんの服は、型紙ですか?」
「ええ、そうです。鎧だと重すぎるので……型紙を中にいれて重量感を出しています」
「あとはララトマもいい感じだが……」
普段、ドリアードは着飾らない。
簡素な服しか着ないのだ。
でも今のララトマは魔法使いの服のゆったりとしたローブを着ている。
頭の黒薔薇とよく似合っている。
「素材はとても良いですからね。気合いが入りました」
「良くできてるぞ」
「ありがとうございます!」
視界の端にハットリもいる。
コカトリス着ぐるみだけど、周りが濃いのもあって逆に普通だな。
「でも大丈夫でしたか? ディア達、劇は初めてだったのですが……」
「むしろとても物覚えが良いので、苦労はありませんでしたよ。台詞もぱっと出てきますしね。ハットリの方がちょっと危なかったくらいです」
「そこは冒険者だからな……」
仕方ない。本業は別なんだもの。
やりきってくれただけでも感謝だ。
「ぴよ、とおさま! かあさまー!」
こちらに気付いたディア達が寄ってくる。
「きてくれたぴよね!」
「ああ、劇の前にはな。今日は顔も見てなかったし」
俺は屈んでディアを撫でる。
ふわふわもこもこ……。
「ありがとぴよ!」
「ウッドも今日はよろしくな。頑張るんだぞ」
「ウゴ、がんばるー!」
よしよし、やる気は十分なようだな。
「マルちゃんも頑張ってくださいね……!」
「問題ないぞ! なぜか台詞がノリノリなのだ!」
「それは心強いですね……!」
ステラが若干、冷や汗をかいているが。
まぁ……大丈夫だろう。
「ではそろそろ、移動しましょうか……はい!」
そう言うと、棚からレイアがごそごそとバットを何本も持ってきた。
……ふむ、多くないか?
予備は確かにそれなりに作ったが……。
劇で使うのは一本や二本じゃないのか?
そう思っていると、ステラがきらきらとした目でバットを見ていた。
「ああ、約束通りに……!」
「ええ……きちんと可能な限り、バットとボールを入れましたから!」
にっこにっこなステラとレイア。
「楽しみですね、エルト様!」
「お、おう……!」
その時、頭にひとつのことがよぎった。
……ホールドはどんな反応をするだろう。
わからん。
俺もどんな劇になるか、わからんのだ……!
よし、俺に出来ることはもうない。
おとなしく席で応援しながら、見守るだけだ!
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