145.ホールドと劇の前に
ナナとステラと一緒に、テントから出て村の入口に戻ってくる。
村の入口には馬車を停めるスペースを作っているが……そこには確かに、豪華な馬車が四台止まっていた。
馬車に刻まれている、ナーガシュ家の蛇の紋章。
間違いなくホールド一家の馬車だろうな。
金がかかってそうな馬車を見て、ステラがぽつりと言った。
「……きんきらきんですね」
「ふむ、実家に居たときはこういう趣味ではなかったと思うが……」
ちょび髭を生やしたり、髪をカールさせたり……そういうのはしても、装飾品や目に見える物は地味だった気がする。
馬車をこれ見よがしに飾り立てるのは、俺の知っているホールドではない。
とはいえ、長いことまともに顔を合わせてないしな。
嗜好も変わっているかもしれん。
ガチャ。
馬車の扉が開き、背の高い黒髪の男が降りてくる。
ベルゼルと年齢はほぼ同じ。顔立ちもどことなく似ている。
しかし体格はかなり細いので、受ける印象はまるで違う。
ちょび髭もくるくるにカールした髪もそのままだな。
俺の兄のホールドだ。
「……久し振りだな、エルト。いや、領主殿か」
「お久し振りです。エルトでいいですよ」
声は固くなっていないだろうか。
理性的に言えば、俺とホールドは手紙を交わした仲だ。
お金も貰ったし、ナナの件もある。
ベルゼル兄さんよりも親しく話し掛ける理由はあるわけだ。
続いてショートカットの女性が馬車から降りてくる。
ナナから聞いた、ホールドの妻のヤヤだな。
ふむ、服装も家柄にしては簡素で動きやすい雰囲気がある。
装飾品はほとんどない。
さらに降りてきたのは……黒髪の女の子とエルフの女の子。
黒髪の女の子もナナから聞いている。ホールドの娘のオードリー。
かなり好奇心が強くて、ナナからしたら同類っぽいらしい。
ということは少し変わった子どもだな。
だがオードリーと手を繋いでるエルフの女の子は誰だろう。
金髪だしどう見てもエルフだし、ナーガシュ家の者でないように思える。
まぁいいか。
どうせこれから自己紹介するんだしな。
俺は一息吸って、静かに言った。
「皆さん、ヒールベリーの村へようこそ。兄の家族を歓迎できて、喜ばしい限りです」
◇
そして、お互いに自己紹介をしていったのだが、それは最後に起きた。
エルフの女の子――クラリッサの番になった時だ。
「私はクラリッサ・エルディネス・フォールディア。ステラ様の遠い親戚になります……!」
「ほう……!」
ステラの遠い親戚とは……初めてだな、そういう話題になったのは。
しかもフォールディアの姓は聞いた覚えがある。
多分どこか本で読んだような……。
ああ、思い出した。
今もあるエルフの王国じゃないか。
東に点在する森に住む者達の国のひとつだな。
……ん?
ということは、ステラはフォールディア王国の姫ということになるのか?
実はこれまでステラの姓名も知らなかったが……。
思わぬ所から真実が出てきたな。
だがステラの立ち振舞いや魔力からして、貴族の生まれではあると思っていた。
ステラについて書かれた諸説の中には、王族や上位の貴族とする物も多かったし。
「なるほど、ちなみにご先祖様はどなたになるのですか?」
「ええと、ターラ・エルディネス・フォールディアです……! ステラ様のお姉様に当たるのですよね!」
そこでステラが小さく呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。
多分、聞こえていたのは俺とナナだけだったろう。
「ターラ?」
瞬時に、俺にはわかった。
家族と言うものに敏感なのは、ステラだけではない。
……ターラとステラは仲が悪かった。
しかも恐らく、とんでもなく。
俺はステラの呟きにはあえて反応せず、村の広場を指し示した。
「実はそろそろ娘達と息子の劇が始まるんだ。一緒に見てくれないだろうか、行きながら祭りも楽しめるし」
「娘と息子……!? もしや養子か?」
「んー、そこも歩きながら話すよ」
振り向き様にステラを見ると、軽く目を伏せていた。
自分の失策というか、そんなことに気が付いたらしい。
歩き始めて、まず目立つのは村の入口にある冒険者ギルドだろう。
ででーんと立つディアとウッドの姿を模した建物である。
「わぁー、すっごーい! コカトリスだー!」
「本当、大きいコカトリスだ……!」
「おお、この建物は……」
オードリーは冒険者ギルドの建物を見て、大興奮だ。クラリッサも興味津々、といった所だな。
ホールドは顎(あご)に手をやり、ふむふむと頷いている。
……目付きがちょっと鋭くなったな。芸術品を鑑賞するような視線を感じる。
「抽象派と実用派の折衷か。親しみがありながらも、機能性もおろそかにはしていないな。実に良い……」
「あなた、またそんな……」
「すまん。つい癖でな。名のある建築家の作品だと思うが、どなたの作品なのだ? 着想がとにかく面白い」
「……いや、俺の魔法で作ったんだ」
「「えっ」」
ホールド一家が固まる。
ついでにホールドの連れているメイドや執事達も凍り付いてる。
……そんなに驚くことかな?
よくわからん……。
「魔法で定型の家を作るのとはわけが違うぞ……。途方もないイメージ力が要求されるはずだ。天才的な想像力、一流の建築家にしかない集中力がないと無理だ」
「それはまぁ、俺にはないけど……」
「あるいは何ヵ月も付きっきりで、観察して過ごさないと不可能だろう……!」
「それはまぁ、同居してるし……」
ちゃんと日々、すくすく育ってるか観察してるからな。ウッドだって異常がないか見てるし。
マルコシアスの子犬形態もディアと一緒に寝て、見てるわけで……。
「でも本当だよ、ホールド。僕の目の前でエルト様はこの建物を魔法で作られたし」
「なんだと……! エルトにも芸術家の血が流れていたか!」
「いや、俺が出来るのはコカトリスとツリーマンの造形くらいで」
「……それで十分ではないか? コカトリスの形をちゃんと作れるなら」
ホールドが不思議そうに首を傾げる。
そして、彼は道の先にある出店を指差した。
そこはコカトリスグッズのお店だ。
所狭しとコカトリスグッズが置いてある。
「……そう言われると、その通りかも」
なにせザンザスでも一大産業だった。
レイアもあれだけコカトリスグッズを作って売ってるからな。
そう言えば劇ももうすぐ始まる。
ディアやウッド、マルコシアスはどうしているかな……?
◇
控え室の大樹の塔。
劇の開始が近づくなか、ディアはぴよぴよしながらマルコシアスに毛並みを整えてもらっていた。
「きんちょうしてきたぴよね……」
あわあわしつつあるディアは横に、マルコシアスはどっしりと落ち着いている。
「我はあまり緊張を感じないが、和らげる方法ならあるんだぞ」
「そうぴよ? なにするぴよ?」
「ツボを押すんだ。こう、手のひらの……」
「てのひら……」
マルコシアスが右手を広げて、手のひらの真ん中をぐっと押さえる。
それを見たディアは自分のもふもふな羽をじっと見つめる。
首を傾げながら。
「……むずかしいぴよね? てのひらって、なにぴよ?」
「大体この辺だろう、うん」
「だいたい? だいたいでいいぴよ?」
マルコシアスはディアの羽の適当な部分を揉み揉みする。
もとい、色んな所を押す。
もみもみ……。
「これだけ押せば押せただろう、きっと。我が主、どうだ? 緊張はほぐれてきたかっ!?」
「んー。なんだかきんちょうはほぐれたぴよね」
「やった、早くもツボの効果だ!」
「ツボのこうか……! これがぴよね……!」
撫で撫で。
ディアがマルコシアスを撫でると、マルコシアスは気持ち良さそうに目を細める。
普段通りのやりとりで、ディアは落ち着いてきた。それには感謝だ。
そんなやり取りをしていると、今度はウッドがディアとマルコシアスに近寄ってきた。
もう劇の衣装を身にまとっている。
「ウゴウゴ……きんちょうしてきた……」
「いいツボがあるぞ!」
「あるぴよよ!」
「……ウゴ。ど、どんなツボ……?」
ウッドの体はツリーマンの体だけれど。
要は血は流れていないのだが……背に腹は代えられない。
押せるツボは押してもらう。
そんなやり取りで、控え室の時間は過ぎていくのでった……。
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