149.お約束
ステラは名乗らずに、立ち去ってしまった。
そして次の領主と青年貴族のシーンは、いわゆるタメだな。
ここでは間接的に青年貴族の心情が語られる。魔王を討つ決意を新たにするとか、恋心に傾くのを重視するとか。
これまでの流れを補足するような会話になるのだ。
今、その舞台上では領主役のブラウンと青年貴族達が語り合っている。
ブラウンはぶかぶかで偉そうな服を着て、大きな椅子に座っているな。
「なるほど、事情はわかった。勇敢なあなた方に、心からお礼を申し上げるにゃん」
「ウゴ……ありがたきお言葉」
「この街は長い間、魔王と戦ってきたにゃん。今もまた、兵を新しく集めているところ。もう少しで魔王を討つ準備が整うのにゃん」
「なんと、ちょうど良い機会ではありませんか。我々もそこに加わっては?」
魔法使いが青年貴族に提案する。
豪華なバージョンだと、この後マジモンの夜会が行われたりとかもある。
「あなたほどの人物が加わってくれるなら、心強いことはないのにゃん。どうだろうか、指揮官として迎えるにゃん」
「ははは、見る目があるな! まさに我が主にふさわしい!」
「……ウゴ、指揮官か」
冒険者と領主の兵は別物だ。
正規の兵を率いるなら、一匹狼のステラは諦めるしかない。
名前もわからない、どこにいるかもわからない冒険者は当てにできないし。
貴族としての今後を考えると、ここで領主と手を結んだ方がいい。
この青年貴族は実は貧しいのだ。
腕は立つが、従者はたったの二人。
魔王を討たなければ、明日をも知れない身なのだから。
なので青年貴族は迷うわけだな。
貴族としての最適解を選ぶか。
それとも名前も知らない冒険者との出会いに賭けるか。
「……ウゴ、身に余る光栄……」
迷いながら、言葉を口にする青年貴族。
ジャジャーン!!
そこにシンバルの音が、他の全てを塗り替えるように響き渡る。
「何事にゃん!?」
ブラウンが叫ぶと、舞台上に一人の伝令が慌てて走り寄ってくる。
「申し上げますにゃ、領主様! 敵が、敵が、やってきましたのにゃ!」
「にゃんと!? 先手を打たれたにゃん!」
「我が主、我らも応戦を!」
「おうよ! 存分に暴れてやらあ!」
「ウゴ、言われるまでもない! 急いで向かうぞ!」
そうして青年貴族達は街の防衛に飛び出していく。
◇
場面が切り替わり、いよいよ最後の決戦だ。
伝統的に、ここで現れる魔物はドラゴンと決まっている。
なのでドラゴン役の何かが敵として出てくるわけだが……ドラゴンの帽子を被ったアラサー冒険者が出てきたな。
一応、このドラゴンは魔王の手下ということになっている。
この劇中では説明が省かれているが。
でも、あれ……?
彼は音楽をやっていたのでは?
いつの間にか、楽隊から彼の姿が消えていたのか。
まぁ、裏方と脇役を兼任することはありうるが……。
案外、両方ともアラサー冒険者がやりたがったのかもな。
アラサー冒険者が大きく吠える。
「がおおおー!」
ドラゴンの帽子に、鱗のかたびらと小さな翼のアクセサリー。
どこからどう見てもドラゴンだ。
ふむ……もちろんバットを持っているが……。
ドラゴンが吠えると、特殊効果のニャフ族が走り回るか。
今度は炎を描いた看板だな。
ドラゴンのブレス攻撃を表している。
「邪悪なドラゴンめ! 好きにはさせない!」
魔法使いがバットを垂直に構えて振ると、今度は氷の特殊効果だ。
舞台上に氷の看板が表れる。
……かなりの数のニャフ族の皆さんが、頑張ってくれている……!
「変幻自在の剣は炎をすり抜けるんだぜ!」
「ウゴ、斬りふせる……!」
ドラゴンと青年貴族達の戦いが始まる。
この劇では、マルコシアスとの戦いは精密な舞踏に近い。
しかし、ここはとにかくド派手な戦いが肝になる。
あらん限りの特殊効果や激しい音楽、右に左に武器を振るのだ。
「がおがおー!」
アラサー冒険者は唸りながら、時に看板を掴んで飛び上がったり、地を這うような動きを見せる。
ドラゴンは人間のように戦わない。
とにかく暴れること、圧倒的な荒々しさを表現することが求められる。
「くっ、ちょこまかするな!」
ハットリはまたも逆立ちしながら戦っている。
そう言えばここから玉乗りするんだったか……?
「ええい、足が追い付かん! おい、ちょっと氷で足場を作ってくれよ!」
「わかりましたよ、翼を狙ってくださいね!」
「ウゴ、まずはやつを引きずり下ろす!」
そして舞台に現れた、水色のボール……。
氷の足場を表現してるのか。
ハットリがボールを見るや、逆立ちしたままそれに飛び乗る。
「なんだと……!?」
ホールドが小さく叫ぶ。
観客もこの曲芸を見て、大盛り上がりだ。
「「おおおおっ!!」」
「変幻自在、変幻自在!」
「「変幻自在ー!」」
ハットリが叫んで剣を振るうたび、観客もコールする。
まぁ、こんな見世物は滅多にないからな。
盛り上がる場面では、声を掛けるのも許される。さながらライブみたいな感じだ。
「それ、こっちに来るんだ!」
ハットリがアラサー冒険者を翻弄して、誘い込む。
もちろん待っているのは主人公のバットを構えた青年貴族だ。
「とう……ウゴッ!」
看板の裏に隠してあるだろう踏み台を使って、ウッドがジャンプする。
そのまま、大上段にバットを振り下ろす。
もちろん距離はそれなりに取っている。
「ぎやおー!」
アラサー冒険者が身をよじった瞬間に、控えているニャフ族がひょいっと背中の翼アクセサリーを取り外す。
これでドラゴンも飛べなくなったのだ。
「ウゴ……はぁ、はぁ……あともう一息!」
「さすが俺達の若様、一撃で翼をもぎとった!」
盛り上がる観客達。
ちらっと後ろを見ると、誰もが囃し立てたり手を叩いたりしている。
冷静なのはホールド一家とナナだな。
貴族らしくホールドとヤヤは優雅に腰を落ち着けている。
でもオードリーとクラリッサはかなり前のめりに見入っている。
ステラもはらはらしながら、舞台を見つめていた。
「そこまでだ!」
甲高く、威厳のある声。
音楽も一斉に静かになる。
のっしのっしと現れたのは、マルコシアスだ。
「……あれ?」
ステラがぽつりと呟く。
……そうか、ステラはこの後の詳しい展開を知らないんだな。
マルコシアスの手にはぐったりしたディアが抱えられている。
実は現在人気のバージョンでは、ここでステラは半死半生で再登場する。
時には死んでたりもする。
「見ろ、一対一なら我の敵ではない。すぐにおまえ達もこうしてやろう!」
そうしてマルコシアスがディアをそっと舞台上に置く。
本当なら掴んでいた腕を離すとか、放り投げるとかするんだが……危ないからね。仕方ないね。
よく見るとディアの胸が上下してるので、死んだ振りだとすぐわかるが……。
「ウゴ……そんなーー!」
ウッドが悲しみに叫ぶ。
お、今のは感情がこもっていたぞ。
そして隣のステラも口を手で覆いながら……。
「私が……死んでる……!?」
小さな声なので、俺にしか聞こえてないだろうが。
そう、劇の中だけど死んでるんだよなぁ……。
「ああー、ステラ様が!」
「マルコシアスめー!」
ふむ、後ろの観客は流れを理解してるな。
有名だから当然か。
解説本にもよく出てくるし。
ここは一目惚れした人が、いきなり死んでいたショッキングなシーンなのだ。
「ぴよ……」
「ふっ、まだ息があったか。最後に言い残すことはあるか?」
マルコシアスが余裕たっぷりに言い放つ。
敵役が板に付いている。
「ウゴ、そこをどけー!」
ウッドがバットを振りながらディアに駆け寄る。
ひょいと避けたマルコシアスが一歩後ろに引き下がる。
「我に負けたとはいえ、中々の腕前だった。いいだろう。死に行く間際に、別れでも告げておけ!」
「ウゴ……ああ……そんな……!」
静かに流れる音楽。
まさにクライマックスだ。
「……ウゴ、こうなったら……」
「いけません、それは……!」
ウッドがごそごそと服の中から小瓶を取り出す。
唐突だが、あれは蘇生ポーションだ。
観客が再び盛り上がる。
「待ってました!」
「そう来ないとなー!」
「……え?」
ステラがわからないと首を傾げるが、すまんな。
あれの説明シーンはカットされている!
お約束というやつなのだ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます