139.抱えられて

 ……というわけで。

 コカトリスに抱えてもらうことになった。


 熱い要望があるんだもの。

 とりあえずマルコシアスとステラから。


 コカトリスが二人の背中に立つ。

 そして脇の下に羽を差し込んで、持ち上げる。

 なんだか猫ちゃんを抱える時みたいだが……。


「おおおっ!  すごいぞ、もふもふだぞ!」

「わぁぁ……! いいですね!」

「ぴよ!」(どやっ!)


 コカトリスの身長はステラとほぼ変わらない。そしてパワフルさでは、引けを取らない。

 軽々と二人は抱えられているように見える。


「どうぴよ? いいでしょぴよ!」

「ええ、こうされるのも格別ですね……。こう、抱きつくだけでは得られないものが……」


 ステラの頬が緩んでる……。

 お風呂上がりにディアをふわもこしてる時みたいだな。

 つまり、それだけ至福ということだ。


「ウッドとエルト様もどうです?」

「ウゴ……おれは……」


 ん?

 珍しくウッドが言葉を濁す。

 こんなことは滅多にない。


 ウッドもディアを身体の上で遊ばせたりしてるし、コカトリスが嫌いだとかはないと思うんだが……。


 何かあるのだろうか。

 俺はウッドに近寄り、小声で聞いてみる。


「……何かあるのか?」

「ウゴ…………わらわない?」

「笑わないとも」


 もじもじとウッドが答える。

 ますます珍しい……。初めてかもしれない。


「おれ、こわい……。ウゴ……」

「……実はコカトリスが?」


 俺がそう言うと、ウッドが首をぶんぶん振る。


「ウゴ、そうじゃなくて……」


 ウッドが今度はうつむいて地面をじっと見る。その目線は自分の足元に向けられているようだ。


 そこで俺はピンと来た。

 まさか……でもあり得るか。


「地面から離れるのが怖いのか……?」

「ウ、ウゴ……」


 思えばウッドは身長二メートル。

 そして飛んだり跳ねたりする性分でもない。

 ツリーマンはそういうのは苦手だしな……。


 ステラなら抱えられるかもしれないが、身長のせいでそういう話もない。

 子供だけれど、そういう扱いをしてこなかったのだ。

 そのせいか……。


「も、もういいですよ」


 ステラはそう言うと、コカトリスから降ろしてもらう。

 そしてすっとウッドの隣に来ると、にっこりと微笑んだ。


「大丈夫ですよ! これはとても楽しいものですから!」

「ウゴウゴ……おかーさん?」

「ぴよ……かあさま、もしかして……」

「ええ、私が持ち上げますから……!」


 がしっとウッドを掴むステラ。

 ……そうだよな。ここでウッドを抱えなくて何が親か。


 ステラも出来る限りのことをしようとしているんだ。

 俺もやらなくちゃ!


 ディアを地面に置いて、ウッドに手を掛ける。


「俺も持ち上げるぞ……!」

「ウゴウゴ、でも……」

「危なくないですよ、私が付いていますから」


 物凄い信頼できるセリフだ。


「じゃあ、行きますよ……。よっと!」

「よっせ……!」

「ウゴウゴ……。ういてる……!」


 ステラが軽く合図をすると、ウッドが少し持ち上がった。

 ほんの少し、十センチくらいか……?

 ちなみに俺も手を貸しているが、重さはほとんどかかっていない。


「どうですか?」

「ウゴウゴ……! おもしろい、かも」


 ばたばた。


 ウッドが少しだけ足をばたつかせる。

 嫌がっているわけじゃない。

 地に足が付いていないのを確かめている、そんな感じだ。


「そうですよね! いいですよ、たまには!」

「そうだぞ、楽しいぞ!」

「あたしもだいすきぴよよー!」

「ウゴウゴ、しんせん……!」


 ウッドの様子を見たステラがさらに続ける。


「それじゃ、一緒に抱えますから……コカトリスのもとに! コカトリスに抱えられるのも楽しまないと!」

「ぴよよっ!」(ばっちこーい!)

「ウゴウゴ……て、はなさないでね!」

「もちろんです……!」

「俺も横にいるからな……!」

「ウッドの次は、ぜひエルト様も……」


 ステラの瞳がきらきらしてる。


「そ、そうだな」

「もちろん私ももう一回……!」

「好きだねー」


 トトトトトッ、とテテトカがドラムを鳴らす。


「もちろん、大好きです!」


 ◇


「ここがヒールベリーの村だ……。さっきも言った通り、コカトリスがいるからな。でも危険はない。慌てず、騒がず、冷静にだ」

「「はい!」」


 黒竜騎士団のマッチョな騎士、ラダンは部下七名とともにヒールベリーの村へ到着していた。


 騎士団の人数は少ない。

 名門の黒竜騎士団でも、四十人程度。


 今回の任務では、そのうち団長含む三十人がザンザスの警備に当たる。

 人口比で言えばヒールベリーへの人数は多いが、これも初のお祭りのため。


「……これが本当に去年まで更地だったのですか……!?」


 今回、ラダンが連れてきたのは前回連れてきた部下とはまた別の部下達だ。

 彼らは早速、大樹の連なる村に度肝を抜かれていた。


「やはりそう思うだろうな。俺も二度目だが、驚かされる……。祭りの準備も万端のようだし」

「それとコカトリスの……建物?」


 ラダンの部下達が呆然と見上げる。

 そこにあるのは紛れもなく、魔法で作られた巨大建築物。


「土魔法や金属魔法の細工は見たことがありますが、これほど大きなものは……」

「そうそうできないだろうな。魔力もそうだが、何よりイメージ力が問われる」


 ラダンが知る限り、このような巨大でオリジナリティーがある魔法の建物は歴史的な物だけだ。

 今、存命中の魔法使いが作ったとは思えないが……だが、あの若き才能ある領主以外には不可能だろう。


 さらにラダン達はゆっくりと村に入っていく。


 村の入口にも色とりどりの幕が飾られ、少し離れていても出店が連なっているのがわかる。


「人口約二百人にしては、非常に華美ですね。よほど財政に余裕があるのでしょうか……」

「そうだろうな……。村人と一体となって利益をあげているのだろう。そうでなければ、これほどの祭りは早々にできない」


 ラダンも貧しい領地の出身なので、よく分かる。部下も地方を回っている経験で知っている。


 お祭りはただでは出来ない。

 実際、多くの村や街では飾りはそこそこ、酒や食べ物、音楽を振る舞うだけで終わりだ。


 ヒールベリーの村の豪華さは、人口からすると異常とも言える。それだけ豊かで余裕があるのだ。


「ふむ、もう設営は進んでいるようだな。ちょうどよいときに来た……あっ」

「「あっ」」


 コカトリス……!

 騎士達の目の前にはコカトリスの一団がいる。


「ぴよっ!」(おきゃくさんだ!)

「ぴよよっ?」(はやくない?)

「ぴよ、ぴよよー」(このまえ来た、つるつるの人達だー)


 コカトリスがぴよぴよしていた。

 ラダンは寝た振りをしたくなる騎士の本能を必死に押さえつける。


「ひぃぃ……わかっていても……」

「我慢しろ、本能に打ち勝つのだ……!」


 怯える騎士に声を掛けながら、ラダンはふと不思議に思った。

 前に会った時、領主の側にいたステラやウッド、マルシス……もちろんディアもいるのだが、肝心のエルトの姿が見えない。


「むっ、エルト様は……」


 もふっ。


 その時、奥のコカトリスから現れたのは――抱えられて、ほくほく顔のエルト。

 幸せそうだ。


「「えっ?」」

「……あっ……」


 しまった、という顔をしたエルトは瞬時に顔を切り替える。


 だがその前に騎士達は反応した。

 反応してしまった。


 コカトリスと人間。

 そして密着状態から導き出されるものは……!


「「領主殿が襲われてるー!?」」

「ちがっ、違うんだー!」

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