138.魅惑の提案

 家からぐるっと回り込んで、村の入口から歩いてくるようにする。

 こうすることで村から来た人達と同じコースを辿れるわけだ。


 てくてくと歩いていく。

 ディアを抱えたままなので、寒くない。


 村の入口にはででーんと冒険者ギルドの建物がある。樹でできているから輝きはしないが、どっしりとした仕上がりだ。

 屋久杉みたいな感じだろうか。


 広場までの道では出店が準備されている。

 出店の多くは村で栽培している野菜や果物に関するものを扱っている。

 ちなみに食べ物には限らない。


 包丁やナイフも出店で使っているものと同じ、おいしく切れると宣伝して売る。

 こうして考えると商売は色々とやりようがあるわけだ。


 それ以外だとザンザスから仕入れた品物か。

 コカトリスグッズやステラグッズだな……。


「にゃんにゃんにゃんー」


 入口付近のお店のひとつ。

 そこでブラウンがご機嫌にジュース絞り器を回している。

 コーヒー豆を挽く奴に似ているな。


 店先にはブドウがたくさん並んでいた。


「にゃん、見回りですかにゃん」

「ああ、そうだ。ブラウンの店は……」

「堅実にブドウジュースですにゃん。冬に甘いブドウジュースはイけますにゃん! というわけでどうぞですにゃん」


 木のコップに入れられたブドウジュースを渡される。

 今日はプレオープンみたいなものだな。

 まぁ、実験台とも言うかもだが……。


「この村ならではですね」

「おいしそうぴよ!」


 鼻に近づけるとすでに甘い匂いがする。

 乾燥しがちなこの頃では、魅惑的な商品だ。


 皆で一息に飲み干す。

 ごくごく……うん、甘い。


「ぷはー、あまーいぴよ!」

「渋みがなくて飲みやすいです!」


 ブドウ特有の渋みはあまり感じない。

 まったりとした甘さが心地よい。


「これならいくらでも飲めるぞ!」


 マルコシアスがコップを掲げて、おかわりを要求する。

 それを見て、ブラウンが一言。


「ありがとうございますにゃん。でも奥にも色々なお店がありますにゃん!」

「そうなのか!?」

「ですにゃん!」

「よし、そっちに早く行きたいぞ!」

「マルちゃん、どうどう……!」


 走り出しそうなマルちゃんの肩をステラが素早く掴む。

 当然、そうされるとマルちゃんは動けない。


「ウゴウゴ。あせらなくても、だいじょうぶ!」

「ああ、そうだな。えーと……コップは……」

「こちらで回収しますにゃん!」


 村の出店のコップやらは回収制だ。

 使った食器は集めてはニャフ族が洗ってまた店で使う。


 使い捨ての容器とか、この世界にはないからな……。

 紙コップやプラスチックの食器がどれほど便利なのか、今更ながらわかる。


「おいしかったよ、ありがとう」

「ありがとうですにゃん! こんな風に、おいしく果実を絞れる絞り器も絶賛発売しますにゃん!」


 しっかりしてる。


「この村では土風呂にジュースを付けてますからね。手軽な特産品のひとつでしょう」

「そうだな。今後の輸出も見据えたいし」


 よし、次は……ん?

 なんだかちょっと行った店先に人だかりが出来ている。


「くんくん……バターの匂いがするぞ!」


 マルコシアスが指を差す。

 看板には――『モール族のじゃがバター』


 ……おいしそうじゃん!


 ◇


「いらっしゃいですもぐー」

「いらっしゃいませ!」


 店にはイスカミナとアナリアがいた。


「ごくり、これは……」

「おいしそうぴよね……」


 ステラとディアが喉を鳴らす。

 俺も同意見だ。


 店先には石が並べられている。

 じゅわー……。

 明らかに熱そうなので、下に魔法具を仕込んでいるんだな。


 その上には、切ったじゃがいもがゴロゴロと置かれていた。

 それをイスカミナが手慣れた仕草で木の箸で動かしたり、ひっくり返している。


 アナリアは木のコップにフォークとバターを添えて……ああ、おいしそう。


 これは完全にじゃがバターだ……!


「おいしいにゃー」

「おいしー」


 ニャフ族とドリアードで手が空いた人達がほくほく顔で食べている。


「どうですか、ぜひ!」

「おいしいもぐよー!」


 イスカミナがコップに一切れずつじゃがいもを入れていく。


「食べ頃もぐ! おいしいもぐ!」

「あ、ああ……頂こう」


 口に入れると、すぐにレベルの高さがわかる。じゃがいもはフォークですくえるほど固く、でも歯で崩れるほど絶妙に柔らかく。


 おいしい……!


 じゃがいもにはほのかに塩味がする……熱いけど、熱すぎない。最後に比較的低温の石に置いているのか。


 完璧な仕上がりだ。


「どうですか、高等学院のお祭りでも行列が出来たイスカミナの石焼きじゃがバターですよ!」

「はわわ、すっごいぴよ! おいしーぴよ!」

「ウゴウゴ、ほろほろ……!」

「あんまり熱くないぞ!」

「……これはいいですね」

「ああ、凄くおいしい……」


 懐かしい味だ。

 前世の屋台で食べたとき以上か……?


 確かにじゃがバターはこの世界でも出来るな。じゃがいもとバターがあればいいのだから。


「エルト様、ほっぺが緩んでますね」

「むっ……」


 仕方ない。

 本当に懐かしいし、おいしいんだし。


「お祭り期間中はいっぱい作るもぐよー!」

「私もこの味は久し振りです!」


 アナリアがイスカミナを撫でる。

 本当に仲がいいんだな。


「草だんご祭りは大丈夫なのか?」

「あのお祭り自体はそんなに時間はかからないですからね……。すぐ食べてテテトカやララトマ達はお腹いっぱいになっちゃいますから」

「そんなに量は食べないですからね……」


 体の大きさが大きさだからな。

 そんなに食べないんだろう。


 むぅ……それにしても、本当においしい。

 あともう一口くらいは……。


「……でももう一口、食べたいですね……」


 ステラがぽつりとこぼす。

 珍しいな、ステラもそんな風に言うなんて。


 俺ももらってもいいだろうか。

 ……食べたい。


「すまん、もう一口もらえるか?」

「いいですもぐよー!」

「やったぴよー!」


 ◇


 じゃがバターをもう一口もらい、俺達はイスカミナの店を後にした。


 他にも続々と店が出来上がっているな。

 包丁やナイフを売る店もある。

 あとはコップとかもか。


 雑貨店みたいな……まぁ、村では冶金はほとんどしていない。

 質のいいナイフとかは使ってるけどな。


 あとは紅茶の葉やハーブといった持ち帰り用の植物もある。もちろん試飲も出来るし、品質は折り紙付きだ。


「こかこっか、こかとりす~」

「「ぴっぴよ~!」」


 テケテン、テケテン。


 ドラムの音と一緒にテテトカ達とコカトリスが歩いてくる。


 コカトリスもいまや十匹だからな……。

 今、歩いているのは半分の五匹だが中々壮観である。


 ドリアードやニャフ族は練り歩くコカトリスを囲むようにしているな。


「行進しているぞ、父上!」

「あれはお散歩だな……。残りの半分は広場で生ぴよ握手会のはずだ」

「交代しながらやるのですね」

「ずっと同じ所にいるのもかわいそうだしな……」


 コカトリスは気にしないかもだが、俺が気になる。コカトリスも村の一員なので、祭りの雰囲気を楽しんで欲しい。


 ちなみに出店でおいしそうなのがあれば、好きに食べていいと言ってある。

 もっとも草だんごが一番のお気に入りだろうが……あれは祭りでも食べるからな。

 無制限に食べられると本番になくなってしまう……。


「テテトカ、順調か?」

「エルト様~、とても順調ですよー」


 最近のテテトカは艶が増している気がする。

 たぶん、祭りの影響だろうか。


「はぁ、コカトリスはやっぱりいいですね……」

「そうです、最高ですよ!」

「おわっ!? ララトマか……!」


 いきなり声がしたので驚いたが、奥のコカトリスにララトマが抱えられてたのか。

 ふわもこ毛に隠れて見えなかった……。

 というか、俺がディアを抱えている逆バージョンか。


「へー、コカトリスに抱えられているんですね……!」

「そうですよー!」


 ……楽しそうだな。

 ディアはいつも抱えているが、抱えられた経験はない。当たり前だが。


 パワフルなコカトリスのことだから、きっと安定感抜群でふわもこなんだろう。

 楽しそうだな。


「エルト様もやってみますかー?」


 テテトカがテンテン、と軽くドラムを叩きながら言ってくる。


「えっ、いや……」

「ぴよ! とおさまもかかえてもらうと、たのしいぴよよ! やってもらうぴよ!」

「そうだぞ! 抱えてもらうのはとっても、もごご」


 ウッドがさっとマルコシアスの口をふさぐ。

 君が抱えられているのは、子犬姿の時だからな。


 しかしそんな風に誘惑しないで欲しい。

 コカトリスに抱えてもらいたくなる……。

 きっと気持ちいいんだろうな。


「エルト様……」


 ぐわし、と俺の肩をステラが掴む。

 冷静なようでいて俺にはわかる。

 これはたまにコカトリスを熱い視線で見るステラだ。


 彼女も普段はディアでコカトリス欲を満たしているみたいなので、あまりこうなることは珍しいが。


「……私も抱えてもらいたいです!」

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