137.兄二人

「……お疲れのようですが、大丈夫ですか?」

「大丈夫だ、ありがとう」


 必要な木材は用意できた。

 俺達はまた家に戻って一休みである。


 設営の用意にかなりの集中力を使った。

 費やした魔力はさほどでもないんだがな……。

 やはり普段生み出さないものを生み出すのは、精神的な疲れが先に来る。


 ディアを少し抱えて撫でたら大分回復したが……。


 とはいえ、俺の用意すべき木材は全部終わった。後は配置や飾り付けだな。


 ここでもザンザスの人達は手慣れている。

 よく考えれば彼らにとっては年中行事。


 手際も準備の良さも、俺の想像のはるか上だ。俺があれこれ指示を出すまでもなく、安全に気を付けて準備は終わりつつある。


「それじゃ、みにいくぴよ?」

「ああ、俺も楽しみだからな」


 胸の中のディアが気持ちいい。

 ふわもこ……さらに温かい。


 十二月も下旬になると、外は寒い。

 しかしディアの羽毛は魔力を帯びて、湯タンポみたいなのだ。


 ふぅ……祭りの最中、ホールドはいつ来るかわからない。

 ホールドも忙しいだろうし、具体的な日時は書いてこなかったのだ。


 なので見回りは早めに済ませておいた方がいいだろうな。

 一応、お祭りの警備として黒竜騎士団も何人かやってくる。

 ベルゼル兄さんは来ないらしいが……仕方ない。ザンザスの方が大きいからな。


「よし、行くか」

「ウゴウゴ、いこうー!」

「楽しみだぞ!」


 ディアを抱えて、家を出る。

 もうバスケットボールよりも大きく育っていた。


「……色々とおいしそうなお店があったぞ。匂いでわかった」

「マルちゃん、たべすぎはだめぴよよ……」

「むぅ……兄上……」

「ウゴウゴ……がまんもだいじ!」

「うっ……わかったぞ」


 ディアとマルコシアスとウッドは、最近少し変わってきたと思う。

 劇の練習で、俺とステラ抜きで行動することが増えたからな。


 親から離れれば、自分で考える機会も増える。

 それだけでも、劇に取り組んだ意味がある。


 ……劇の内容は詳しくは見てないんだけども。ステラはちょっと練習風景を見たらしいが、教えてくれない。


 見てのお楽しみらしい……。


 ◇


 その頃、ザンザスでもコカトリス祭りの準備は進んでいた。

 道なりに出店が連なり、尖塔と尖塔の間に垂れ幕が飾られている。


 すでに大道芸人も集まり、気の早い商売人は値札を置いて待ち構えていた。

 祭りの始まりはまだだが、多少の抜け駆け販売は黙認されている。


「いやぁ、盛況なもんだな」


 鎧を外したベルゼルが、供を連れて街を見て回っている。


 まだ正式には黒竜騎士団の団長ではないものの、実務はすでに一任されていた。

 ベルゼルにとっては、初の大型任務だ。


 例年、どこかの騎士団がザンザスの冬至祭の警備担当になる。

 前にヒールベリーの村を通ったのは、このお祭りの警備の件だった。


 とはいえ、騎士団にとっては半ば息抜きも兼ねた任務である。

 ローテーションでお祭りを楽しめるからだ。


「……前に来たときも華やかな都市だとは思いましたが、今はまた格別です。王都の他にこれほどの都市があったとは……」


 マッチョな騎士――ベルゼルの側近であるラダンが本心から言う。

 周囲の若い騎士もぶんぶんと頷く。


 実際、ザンザスは国の中でも大いに潤って交易盛んな都市である。

 ラダンも他の騎士も色々な都市を見回ってきたが、ザンザスより確実に上と言える都市は王都程度だろう。


「ダンジョンのもたらす富。自治が生む創意工夫。王国より古い都市の伝統と知恵。それがうまく回っているということだな」


 ベルゼルがザンザスの強みを一言でまとめる。


 適切な管理の元、世界最悪の部類に入るダンジョンは、無限の富の源泉となっていた。

 そして住民による自治は、素早く時代の流れを取り入れることを可能にする。


 さらに王国そのものよりも、ザンザスの歴史は古い。住民と冒険者が一丸となってザンザスを守ってきたのだ。


 今の王家は魔物の大発生を鎮圧した、【剣】の王子が打ち立てたものである。

 それにいち早く近付き、広範囲な自治を勝ち取った。


「それにしても……コカトリスばっかりですね」


 ラダンはやや疲れていた。


「がはは、気持ちはわかる。確かに騎士にとっては落ち着かんか」

「危険はないとわかっていても……本能がですね」


 お互いに苦笑する。

 なにせ右を見ても左を見ても、コカトリスグッズが山と置いてある。


 もちろん街の住人はお祭り用に、自前のコカトリスグッズを身に付けている。


 ラダンは正直、驚いていた。

 コカトリス帽子を被っている人は数十人どころではない。

 子どもも商人も、このつぶらな瞳の帽子を被っている。


 さらにコカトリスの着ぐるみも所々に立っている。聞けば、冒険者ギルドが手配したようだが……。

 他ではそんなことをする冒険者ギルドなど聞いたことがない。


「あとは英雄ステラの本や小さな像ですか……グッズも多少ありますか。バットって明らかにおかしいですよね?」

「がはは、英雄とはそんなもんだ。常人にはないこだわりというのがあるんだろう」


 ベルゼルは笑い飛ばすと、懐から硬貨いくつか取り出した。


「それ、連れ出して悪かったな。後は俺とラダンで大丈夫だ。見て回ってくるといい」


 若い騎士達が驚きの声を上げる。


「よ、よろしいのですか?」

「ああ、家族に土産でも買って行け。このコカトリスぬいぐるみとか、良くできてるぞ」


 こうして若い騎士達を遊びに行かせると、ベルゼルとラダンも喫茶店に腰を落ち着けた。


「……やれやれ。有名騎士団の団長ともなると、お供なしでは街も歩けん。肩が凝る」

「我々も団長に何かあれば、責を問われますゆえ……」

「がはは、皆まで言うな。わかっているさ。適度にその責任から外してやるのも器量の内だ」

「……敬服いたします。正直、前の団長はその辺りがいささか不得手でしたので」


 ラダンは率直に言う。

 短期間ではあるが、ラダンとベルゼルの間には信頼関係が出来ていた。


「俺も二人で話したいことがあってな。仕事のことではない」

「と、言いますと……」

「弟(ホールド)一家がコカトリス祭りに来るそうだ。手紙が来た」

「……ホールド様でございますか。お噂は聞き及んでおりますが」


 ラダンも名門騎士団の幹部。

 ナーガシュ家の事情はある程度、把握している。


 ホールドは貴族学院を優秀な成績で卒業。

 今は母親の一族と学生時代の友人達で、芸術サロンを開いているという。


 そして――ベルゼルとホールドは家督競争の真っ最中のはず。


「ホールド様のサロンは飛ぶ鳥を落とす勢いだとか。各地で盛んに催し事をやっていると……」

「で、あろうな。そこで相談がある。俺は今、ホールドに直接会いには行けん。内々に伝えてほしい」


 ごくり。

 ラダンは重々しく頷く。


 ベルゼルが望んでも、そうはならないのが貴族社会であるとラダンも心得ていた。


「子どもの頃の約束通りにする、と。そう言えばわかるはずだ」

「はっ……」

「君はこれから一隊を率いて、予定通りヒールベリーの村へ向かえ。エルトが多少は融通してくれるだろう」

「……承知いたしました!」


 そこでベルゼルは満足そうに頷くと、やや悲しげに言った。


「弟とも気軽に会えないとはな……。これも貴族の宿命か」



コカトリス祭り準備度

95%

草だんご祭り完了

地下広場に宿設置

エルフ料理の歓迎(トマトの辛味炒め、蒸し餃子、杏仁豆腐)

ディアの劇(着ぐるみコカトリスedition&紙バット)

冒険者ギルドの建設

大型設営完了、飾り付けのみ

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