122.地獄のしごき
お昼寝してみると、言われた通りだったな。
すっきりと肩の荷が降りた気分だ。
やはり疲れていたらしい。
目を開けると、ディアがマルコシアスの背中に顔を埋めている。
羽をひろげ、だらーんと覆い被さっている。すっかり溶け合ってるような。
「すやー……ぴよー……すやー……ぴよよー……」
外を見ると、もう夕方近い。
ステラもマルコシアスもウッドもまだお昼寝している。
意外と疲れていたのか、それとも綿が気持ち良すぎるのか……。
最近はお昼寝が日課になりつつある。
でも適度なお昼寝は体にいいらしいしな。それにこの世界では、そんなに働かなくてもいいし。
ふむ、なんだかもったいない休日の使い方をしたような気もするけど、たまにはいいか……。
◇
お昼寝した後は、普通にご飯を食べてだらだらして。そしてまた眠った。
翌朝。
空はからっと晴れて、秋にしては暖かい。
風もなく野球日和と言えよう。
集合場所は第二広場にしたのだか……。
「ぴよー」
「僕の解説席はそこね」
「トロピカルジュースと草だんごはいりませんかにゃー」
わいわい、がやがや。
凄い人が集まっているな。
というより、村全体から集まっているんじゃないか?
俺達を見掛けると、ナールが走り寄ってくる。
「おはよう、ナール。かなりの人だな」
「おはようございますですにゃ……! にゃ、ナナから聞きましたにゃ。黒竜騎士団とちょっとしたゲームをするのだとかにゃ」
「まぁ、そうだが……それでこんなに人が集まったのか? こちらは構わないが……」
野球は観客ありでやるものだしな。
それに観客はほぼ村人しかいない。いわばホームグラウンド状態だ。
「黒竜騎士団と言えば、名門中の名門ですにゃ。一級の娯楽ですにゃ。ちゃんと先方の了承ももらってますにゃ」
「なるほど……」
「『誰もいないところで勝っても、証人がいない気がしますにゃ』と言ったら、好きなだけ見届ければいいと言ってくれましたにゃ」
うまい言い方だな。
そう言われたら、観客を帰すわけがない。
確かに騎士の決闘や御前試合にも、観客はいるものだしな……。
黒い騎士達は鎧を外して、ステラに合わせたのか軽装で広場に集まっている。
待ち合わせ時間よりは早く来たはずだが、気合いが入っているな。
向こうはさらに早く来ていたようだ。
年齢は――俺と同じくらいの騎士はさすがにいないか。大体、二十代だろう。
セッティングされたテーブルに腰掛けてるのは、アナリアとナナ。
……解説席だな。さしずめアナリアはアナウンサー役か。
あとは敷いた布の上に、うつぶせに寝転がっているコカトリスが並んでいる。
そこに皆が寄り掛かるようにしている。
人を駄目にするアレに集まっているみたいな……。
「はーい、草だんごをどぞー」
「出来立てです!」
「ぴよっぴ!」(ありがとっ!)
「ぴよー」(ここでこうしてるだけで、本当にいいのー?)
「ぴよぴー」(いいらしいよー)
「ぴよぴよ」(みんな集まってぬくぬくー、気持ちいいー)
「ぴよー……」(眠くなってきたー)
コカトリスは草だんごとジュースで至れり尽くせりだな……。
というか、俺もコカトリスに寄り掛かりながら観戦したいんだが。
コカトリスが近くにいるが、さすがに騎士も寝た振りはしていないな。
その辺りはナナが説明したのだろう。
デキる着ぐるみである。
「ベルゼル様はあちらにおりますにゃ」
解説席とコカトリス席から離れたところに、椅子とテーブルがある。
そこにベルゼルが一人で座っていた。
ベルゼルも軽装で、今はちゃんと顔が見える。
黒髪の、野性的な騎士。でも野蛮で粗野な感じはしない。高貴な狼とでも言おうか。
あそこの席は……俺が一人で座らないといけないよな。
ベルゼルも俺を見ると立ち上がり、ゆっくりと近寄ってきた。
表情は相変わらず、楽しんでいる――そう形容するのがぴったりだ。
「おはよう、諸君」
「兄さん、おはよう」
騎士達もこちらへ集まってきた。
挨拶を交わし、ルールを確認する。
背の高いマッチョな騎士がリーダーのようだな。瞳が闘志に燃えている。
「交互にボールを投げ合い、この木の棒で打つ……。妙なルールではあるかと思いますが、こと何かを振る勝負であれば、騎士が遅れを取るわけには行きません。領主様が決められた方式。受けましょう」
「「おうっ!」」
騎士から異論は出なかったな。
むしろリベンジしたいのが先に来すぎていて、何でも受けそうな気配だったが。
「それで勝ち負けはどうするんだ? より多く打った方の勝ちなら、さすがにそちらが有利すぎると思うが……」
「いや、力尽きるまでやる。単純にそれだけだ」
「「なっ……!?」」
「黒竜騎士団のモットーは不屈、忍耐、持久……だったな。最後に立っていた方の勝ち。わかりやすい上に、お互いの力も十分わかると思うが」
黒竜騎士団の紋章。
竜に踏まれた騎士が示すのは、まさに不屈と忍耐と持久。
マッチョな騎士はいささか迷ったようだが、かすかに頷いた。
それを見たベルゼルは苦笑いをしながら、
「それで構わんようだな。考えたものだ。持久力勝負なら、なおさら引けない。駆け引きも覚えたようだな」
「団長、フィジカルと気合の勝負であれば、必ず勝ちます」
単純な勝敗の方が、乗ったら引けないものだ。騎士達に道具を渡していく。
ステラはデュランダル(俺のお手製バット)を持参している。
「この勝負なら――私も負けられませんっ!」
初の対人戦だからか。
いや、むしろ中身は合同特訓みたいなものだが……どちらが音を上げるか我慢比べみたいなものだし。
見える。
ゴゴゴゴゴ……!
ステラの背後に、燃え盛る灼熱。
黄金の闘志が……!!
◇
数時間後。
広場には騎士達の叫びが木霊していた。
「ああああっー! も、もう……!!」
「耐えろ……!! 開祖になんと顔向けする!」
すでに騎士も五人のうち、二人が脱落していた。広場でばったり倒れている。
「こ、こんな……騎士の訓練よりも遥かに……!」
「まだまだですよー!」
ステラがぶんぶんとバットを振る。
特に深い意味はないが。
解説席の二人がこれについて話をする。
「また出ましたね、ステラのなんとなくのスイングが……」
「僕が見たところ、今ので十回は振ったね。騎士達も振らないと対等とは言えないんじゃないかな?」
「そうですね、ステラが先に振っているわけですから。振らないわけには……」
ひどい。
ステラは最初から飛ばしまくって、体力を削っている。
それにボール投げでも、遅いボールと早いボールを使い分けて神経を削ったりしているな。
当てこそしないが、これはこれで精神戦になる。なにせ騎士の投げたボールは百発百中で打っているんだもの。
騎士もバットに当てようと努力せざるを得ない。それがまた体力と気力を奪うのだ。
「ぜぇぜぇ……おりゃあああ……!!」
「はぁー……はぁー……」
騎士も日頃から訓練をして、体力には自信があるだろう。
だが野球の練習は甘くない。
ノンストップでバットを振りまくり、ボールを投げ続ければ非常に疲れる。
まして実戦さながらの緊張感の中でなら……。
「さて……では、どうぞボールを投げてください!」
「ふぅ、ふぅ……」
カーン!
ステラはピッチャー返しなんかはやらない。
ただ淡々とピッチャーの足元に返していくだけ。
騎士はそれを拾って、また投げる。休む暇なく。
俺とベルゼルだけは、離れた席から見守っているが……ベルゼルは微笑んだままだな。
「あいつらもよくやっているが、気負いすぎて体が固い。もっと伸び伸びやらんとな」
「……まぁ、そうですね」
さっきから特に家のことも話題に出ない。
この戦いの実況だったり、村のことだったり。雑談程度のことしかない。
「ステラが勝つと、最初からわかっていたのでは?」
「がはは、まぁな。だが、懇願されてしまってな。巻き込んで悪かったが。しかし、この村は本当にエルトがゼロから作ったのか。大したものだ」
「……ありがとうございます」
俺は端的に礼を言う。
うーむ、なんとなく距離感がわからん。
「そら、そろそろ決着がつきそうだな」
見るといつのまにか残ったのはマッチョな騎士一人。残りはノビているな……。
もっとも、マッチョな騎士の体もふらついているが。
「うおおおっ! まだまだぁ……!!」
「その意気やよし……です!」
「エルト、終わったら人目のつかない所で話そうか」
……いよいよ本題か。
わざわざこのためだけに来るとも思えない。
俺は頷いて同意した。
しかし、目の前の光景はなんだな……。
これが地獄のしごき、という奴だろうか。
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