123.騎士の本分

 太陽は高く昇り、輝いていた。

 広場にはかつてない熱気が渦巻いている。


 ベルゼルと俺の予想に反して、戦いは続いていた。

 そう、ステラとマッチョな騎士の一騎討ちは、実に数十分にも及んでいる。

 体がぐらつき、ぜいぜい息を吐きながらも、まだ彼は倒れなかった。


「ぬぉぉぉ……! まだまだ……!」

「隊長、もう……!!」

「ううぅぅ……隊長!」


 全身ふらふらで汗だくだく。

 体力はすでに尽きているはず。しかし、気力だけで彼は立っていた。


「では、次はそちらからボールをどうぞ」


 だがステラはまだまだ余裕だ。

 というより、全く疲れていないように思える。


「ふぅふぅ、承知……!」


 へにょ。


 マッチョな騎士が投げたボールには勢いがない。ボールは放物線を描きながら、ステラの元に飛んでいく。


「せいっ!」


 カッキーン。


 ステラはしかし、油断も手加減もしない。徹底している。

 勝敗はもはや見えていた。誰の目にも、ステラの勝利は揺らがない。


 だけどコカトリス席、解説席の皆も一瞬も見逃すまいとしている。


「ぴよっぴー」(すごいねー)

「ぴよよっ」(二人とも頑張ってるー)


 解説席のナナもぐっと身を乗り出していた。


「さて、次はステラの投球だね。もう何球目か。百五十は投げてるかな」

「そうですね……。でもまだまだ彼女には余裕があります。騎士の方は今にも倒れそうですが……」

「でもこの勝負は、互いの体力が尽きるまでだ。それこそ日が暮れて、朝になるまで」


 うーむ、名門騎士というのは伊達ではないな。もう少し早く終わると思っていたが。

 意外と粘る。


 ベルゼルも最後に立つマッチョな騎士を見つめながら、


「エルト、そう言えば聞きたいんだが……なぜこういう勝負にしたんだ? 身のこなしを見ればわかるが、一対五でも俺達に勝ち目はなかったろう」

「……これは勝負じゃない。正式な決闘でもないし」

「ふむ……? がはは、なるほど! 騎士と真っ向から戦って、勝ったら面倒だと思ったのか? うちらの顧問みたいな、老獪な事を考えるなぁ」

「兄さんこそ、またリベンジを試みないよう釘を刺しておいてよ」

「わかってる、わかってる。やはりエルトは頭が回るな。それにしても……村人も楽しんでいるようだな。騎士同士の決闘でも、ここまで差があるとあまり盛り上がらんのだが……」

「ボールを使っているからだ。注視する物がはっきりしていると、意外と飽きない」


 これは球技系スポーツ、全てに言える。

 見るべき物――野球だとバットやボールがあるので、わからないということが少ない。


 騎士の剣術戦も盛り上がりはするだろうが、高レベルの打ち合いになると素人が見てもいまいち面白くないだろう。

 どこを見たらいいかわからなくなるからな。


「そこまで考えていたのか。いや、大したもんだ……あっ」


 見ると、ついにマッチョな騎士が大地に片膝をついた。バットを地面に立たせて、杖のようにしている。

 だが野球は立ち上がらないと勝負にならない。


「うぐぅ…………こ、ここで負けるわけには……! 開祖トリスタン卿に、顔向けが……」

「トリスタンは――倒れた後、笑いながら去っていきましたよ」


 それは思いの外、はっきり聞こえた。

 ステラから彼の事を聞いたのは初めてな気がする。


 だけど過去を懐かしむとか、そんな感じではない。淡々と昔の事実を述べている、ただそれだけのように聞こえる。


「どれだけ長く続いても、私は付き合いますが……あんまり辛そうにやって欲しくはないですね」


 その言葉に、マッチョな騎士は押し黙る。


「…………されど」

「されど、なんて彼は言わなかったです。三発結構強めに殴ったら、吹っ飛んで……すぐ起き上がって、笑いながらどこかに行っちゃったんですから」


 ステラの結構強めを三発……!?

 よく生きてたな。

 すごい、トリスタン強いじゃないか。


 マッチョな騎士はステラの言葉を聞いて、呟いた。


「……敗北を認めるのも、騎士の本分か……」


 そしてこちらの――ベルゼルの方を見る。

 ベルゼルも静かに頷く。


 この数時間、マッチョな騎士もステラとの差を知った。自分達ではステラにもトリスタンにも遠く及ばないと理解しただろう。


「およ?」


 ステラは耳をぴくぴくさせると、マッチョな騎士に近付いていった。


「えーと……?」


 マッチョな騎士の目の前で手を振るステラ。

 しかしマッチョな騎士の反応がない。

 恐ろしいほど、何もない。


 ……ま、まさか。


「気絶されてますね……。お医者さーん!」

「「うおおおっ!! 隊長ーー!!」」


 彼は燃え尽きていた。

 マッチョな騎士は片膝をつき、バットを支えにしながらの姿勢で……。

 無論、ステラの勝ちである。


「我が部下ながら見事。トリスタン卿を打ち破った相手に数時間、戦い抜いた。精魂尽き果てるまで……」

「まぁ、そうだな……」


 まさかあのままの姿勢で気絶するとは。

 あいつは弁慶か。


 だが、とりあえず戦いは終わったわけだ。

 結果からすればステラの完勝。

 しかし想像以上の粘り強さだったな。

 ステラは長時間のスイングとピッチングを楽しめたので、ご満悦みたいだったが。


 ……ちなみに。

 アナリアは呼び掛けに飛び出してくると、マッチョな騎士にポーションをぐびぐび飲ませた。


「はわわ、ポーション! ポーション!」

「はっ……! 俺は…………気を失っていたのか」


 そんな感じで彼もすぐに復活した。

 最後にまとめたのは、ベルゼルだな。


「英雄ステラの力……確かに見せてもらった! 付き合ってくれた礼として、この金を受け取ってくれい!」


 ベルゼルからはずっしり重い金貨の袋をもらってしまった。

 なんやらかんやら、手間を取らせた見返りというわけか。


 ……というか、やけに多いが。

 まぁ、俺とステラへの口止め料も入っていると見るべきか。


 だけどこういうお金こそ、独占しては駄目だ。せっかく皆集まっているし、ぱーっと使ってしまおう。


「よし、黒竜騎士団からの臨時収入だ。ナール、食べ物や飲み物の備蓄はあるか?」

「ありますにゃ!」

「このお金でありったけ放出してくれ。皆で宴だ!」

「「うおおおっーー!!!」」


 とまぁ、第二広場はそのままどんちゃん騒ぎの宴になった。


「兄さん、ここを出立するのは?」

「今、ちょうど昼か……。もう少ししたらだな」


 そう言うと、ベルゼルは人目につかないような場所を望んできた。復活したマッチョな騎士だけを供にするみたいだな。


 他の騎士は交流のために、広場に置いていくらしい。俺としても村人と黒竜騎士団が仲良くできるなら、それに越したことはない。

 アナリアやナール、それにナナがいれば問題はないだろう……。


「……俺の家の屋上でいいか?」

「ああ、構わんよ」


 俺はステラだけを連れて、広場からそっと離れた。さて、どんな話が始まるか。


 ◇


「いいところだ、気持ちがいいな」


 俺の家の屋上に着くなり、ベルゼルは感心して言った。この辺り、ベルゼルから裏表は感じない。

 本気でそう思っていると伝わってくる。


「それで……ここに来たのは、ステラと戦うためだけじゃないんだろ?」

「ついではついでだが……。まぁ、そうだ。しかし色々と考えたんだが、言葉で説明するのは難しいな」


 そう言うと、ベルゼルがすっと手を差し出す。


「木剣はあるか? 久し振りに稽古試合だ」

「兄さん。そんなこと――」

「戦え」


 それまでの雰囲気からは想像もつかないほど、真面目な声。

 空気がぴりっとした。

 有無を言わさぬ、まさにそんな感じだ。


 でも怖くは――ない。

 なぜだか、これも兄の本心のような気がしたからだ。


「……わかった」


 俺は【緑の武具】で木剣を二本作る。

 マッチョな騎士が、この魔法にかなり驚いて息を呑んだみたいだが。


 一本をベルゼルに渡して、俺も一本持って構える。現役の騎士団長と俺。

 勝負になるとは思えないが……何か、意図があるのか?


 マッチョな騎士が、心配そうな声を出す。


「団長、それはあまりにも……」

「そう思うか?」

「騎士過程を首席で卒業された団長と領主殿では、何もかも違います。体格も経験も勝負になりません」

「英雄ステラ、そなたはどう見る?」


 ステラの表情はいつもと変わらない。特に心配していない顔だな。

 ベルゼルからも特段の殺気は感じないし。


「気を悪くしないでください。私が思うに――」


 その答えは俺の予想外だった。

 だが、ステラは正しかった。


 何度仕切り直しても、ベルゼルの剣が俺に届くことはなかったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る