121.簡単なゲーム

 ナナは寝た振りから戻った騎士達を連れて、仮宿へと案内した。

 村にはいくつか団体客用の空き家がある。

 とはいえ中身は完備されており、不便はないはずだ。


「ここですよー」


 ガチャリ。扉を開けて中へと案内する。

 大樹の家は大体、内装も同じだ。ざっと家具やらの説明もしておく。


 騎士達も想像以上に整った内装に、喜んでいるようだ。声を合わせて礼をする。


「「ご案内、ありがとう御座いました!」」

「感謝する、手間を取らせたな……。ところで、そなたの顔だけでも見せてくれないか。ここは屋内だから、日光の心配はないだろう」

「むっ……そうですね」


 ナナが服のボタンをぽちっと押すと、着ぐるみが収納される。

 現れたのは、青髪の中性的な美貌のナナ。

 ナフィナディア・スクラートフ。


 着ぐるみを脱いだナナの潜在魔力を感じた騎士は直感する。間違いなく高貴な家柄の者だと。


「改めて、ナフィナディア・スクラートフだよ。よろしく」


 スクラートフ家。

 北に住まうヴァンパイアの中でも、三本の指に入る貴族である。


 名乗りを聞いた黒い騎士達が一斉に膝をつく。

 騎士の役割には、他国の貴族を護衛することも含まれる。もちろんスクラートフ家の名前と威光は知っていた。


「大変な失礼を、スクラートフ様……!」

「スクラートフ様に案内をさせていたとは……!」

「気にしないで。隠していたのは僕の方だから」

「「ははっ!」」


 ベルゼルだけは膝をつかない。

 むしろやれやれ、と言った顔付きだ。


「久し振りだな、ナナ。ホールドの主催したパーティー以来か」

「そうなるね。驚いた?」

「さすがに妙なヴァンパイアだとは思ったぞ……」


 ベルゼルはホールドとの繋がりで、ナナと面識がある。ゆえにこの場でもナナに膝をつくことはない。

 弟の学友ということで、それなりに気楽な立場である。


「ま、後は宿屋の人に来させるし……。不自由はないと思うよ。ここではトマト料理が特におすすめだ」

「……それだけか?」

「んー……ね、君達本当にステラと戦うの?」


 ナナは黒い騎士達に問い掛ける。


「このような機会を生かさずして……!」

「戦えば必ず我らが勝ちます!」

「ふーん、やる気だね。なら僕の見立てを話そうか?」

「ほう、どんな感じだ?」


 ベルゼルは興味深い、というよりも面白がっていた。彼も部下が勝てるとは思っていないらしい。


「ステラの攻撃を十秒耐えて、立っていたら勝ち。このルールでも、百に一つの勝機はないと思うけど」

「「……えっ?」」

「僕も戦うところを見たことあるけど、ステラはヤバいよ。天才とはまた違う。突然変異って言うんだろうね」

「「……」」

「いい経験にはなると思う。ステラが十分に手加減してくれたら、死にはしないだろうし」

「「…………」」

「まぁ、そのぐらいで勘弁してやれ」


 アナリアに言って、コカトリスを散歩させた。率直な戦力差も語った。

 ナナに出来ることはこのくらいだろう。


「はいはい。それじゃ、僕は退散しますよ」

「ホールドに会ったら、よろしく伝えておいてくれ」


 ナナは頷くと、また服のボタンを押した。

 瞬時にコカトリスの着ぐるみを身に付けたナナが、ぽてぽてと仮宿から立ち去る。


「さて、キャッチボールの続き……っと」


 ◇


 ベルゼルと別れた俺達は家に戻り、お昼ご飯を食べた。バットも作り、どんな勝負にするかも決めた。

 これなら、まぁ……大丈夫だろう。


 ふぅと一息つくと、ディアが綿を持って俺に話し掛けてくる。


「……とおさま、おつかれぴよ?」

「ん? そんな事はないが……」


 実際、バット五本くらいなら魔力をほとんど使わない。

 でもディアはじっとこちらを見つめてくる。


「なんか、おつかれぴよね。そういうときは、おひるねするといいぴよ!」

「そ、そうか……?」

「お言葉に甘えては? 確かに……少しお疲れかもです」


 ステラまで……。

 自分では気が付かなかったが、端から見るとそうらしい。消耗していたのかもな。

 とりあえず綿を枕に横になる。


 ふかふか。


 頭を横にすると、確かに眠くなる。

 ご飯を食べたせいかもしれないが……それでも眠気は強い。


 この領地に来て、初めて家族と再会したのだ。突然ではあったが……。


 皆と暮らすようになって、実家の事は思い出すことも少なくなった。

 まだ言葉にしづらい感覚が頭の中にある。


 今のところ、実家からは何も連絡はない。

 とりあえずはいままで通り、なんだろうな。


 ベルゼルは頭は悪くないし、魔法と剣術は冴えていたはず。そうでなければ騎士団長にはなれないだろう。


 文官の長兄、騎士の次兄、芸術の三男。

 これがナーガシュ家の三兄弟だ。

 確かもう全員が相応の基盤を築いている。


 俺は十歳くらい年下。

 まぁ、後継候補になるのも不可能だろう。

 変に巻き込まれなければいいだけだが。


「色々とあるだろうが、考えすぎない方がいいぞ。なるようにしかならんし」


 子犬のマルコシアスが、俺の横に来る。


「くぁぁぁ……気負いすぎないことだ」

「……そうだな」


 マルコシアスが眠そうな目で俺に言ってくる。というか、目を閉じて半分寝てる……。


「ところで、さっきの連中は寝るのが下手だったな。我なら五秒で寝れるのに……」

「早すぎないか?」

「ぐぅ……ぐぅ……」

「……もう寝たのか?」

「マルちゃんはすぐにすやすやぴよ。けんこうのあかしぴよ」

「まぁ、寝れないよりかは健康だな……」


 マルコシアスのしっとりとした背中を撫でる。上質の絨毯のような……。

 ふむ、悪くない。

 コカトリスは楽園に誘う手触り。マルコシアスは地獄に堕ちる手触りだな。


「ぴよ、あたしもおひるねするぴよ」

「ウゴウゴ、おれもひとやすみ!」

「お、おう……そうしたらステラも休むか? 一人で起きているのもあれだろうし」

「ええ、それでは……」


 綿をセットして、全員で横になる。

 今日はお休みだし、昼寝くらいは別にいいだろう。


 なんだか皆で集まると、さらに眠気が強くなる。やっぱりちょっと疲れていたみたいだな……。


 うとうと気分のなか、ディアがステラに聞いていた。


「……あしたはなにか、あるぴよ?」

「今日来た人と、少しボール遊びをします」

「あの、すぐねちゃったひとぴよ?」

「……ええ、まぁ……」

「あんなところでねるなんて、よっぽどおつかれぴよね。あとで、このわたをぷれぜんとするぴよ。すこしはあったかく、ねれるぴよ」

「……そ、そうだな……」


 ディアの中では、あの黒い騎士はすぐ寝ちゃう人で記憶されたらしい。


「でもぼーるあそびって、どうするのぴよ?」

「エルト様に教えてもらったのですが、ルールは簡単です」


 ステラが微笑む。

 きらん。


「お互いにボールを投げて、バットで打っていくだけです」

「ぴよ、たのしそーぴよね……! おわったら、あたしともやってほしいぴよ!」

「ええ、いいですよ。ちょっと時間はかかるかも知れませんが」


 俺が提案したのは、極限まで簡略化された野球ルールだ。

 単純に交代しながら、投げて打ってを繰り返すだけ。

 得点計算もなし。投げるのと打つのに多少の制約を課すだけだ。


 ただひたすらに打って投げて、どちらかが音を上げるまで続ける。

 騎士は一応、物を投げる訓練も積んでいる。

 発火ポーションとかの、攻撃系アイテムを投げることもあるからな。

 まぁ、明後日の方向にボールを投げることはないだろう。


 だがこれは野球と言うよりは、むしろ訓練めいている。


 しかしこれなら誰も傷付かず、ステラの力を知ることができて、野球も多少宣伝できる。


「頑張りますからね……!」

「ボールは当てちゃだめだぞ」

「当てなければいいんですよね……!」

「多少は手加減するんだぞ」

「ええ、もちろん……!」


 良いこと尽くしだ。……多分。

 後で地獄の特訓呼ばわりされそうではあるが……。

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