81.一打に賭ける

 決戦の日。

 朝から空は曇り模様だった。分厚い雲が窓の外から見える。


 ステラの気合いの入り方は、起きた瞬間からちょっとだけ感じられた。

 普段のステラは起きるとしばらくベッドの上でぼーっとしている。半身を起こしてから次の動作に移るまで長いのだ。


 それが今日はすっとベッドから降りた。とても珍しいことだ。


「……おはよう」

「おはようございます……!」


 めらめら。

 そんな感じで瞳の中が燃えている。


「おはぴよー……」

「ウゴウゴ……おはよう!」

「んあー、起きたー……おはようだぞ!」

「ああ、おはよう」

「おはようございます……!」


 それから身支度をして朝食を食べる。

 いつも通りサラダとハム。ディアの食べる量も増えてきた。

 その後は出発まで少し憩いの時間だ。


 ステラはディアをもふもふしながら日課のブラッシングしている。

 ……俺もやりたいのだが、当番制なのだ。お互い無限にブラッシングしてしまうから。


「ぴよ……ぴよ……」

「ふふ、今日もふかふかですね……」

「かあさまのおかげぴよー!」


 ディアはすくすく大きくなっている。今はバスケボールよりちょっと小さいくらいかな。


「かあさま、なんだかきあいはいってるぴよ!」


 ディアも同じ事を感じたか。


「ええ、今日はフラワーと決戦ですからね」

「ぴよ! そんなかあさまに、げきれいぴよ!」

「えっ!?」

「マルちゃん、はいってもらうぴよ!」

「おう、我が主よ!」

「んんっ……?」

「かもんぴよ!」


 ばばーん!


 マルコシアスが玄関の扉を開けると、コカトリス姉妹がささっと入ってくる。

 ……待機してたのか。


 反応が出来ない間に、コカトリス姉妹が踊り始める。

 くるくる回りながら、羽をぱたぱたさせる。

 結構上手い。練習してたな、これは……。


 ディアもテーブルの上で同じ踊りを始めた。

 マルコシアスもテーブルの近くで踊っている。


「ぴよ、ぴよ!」

「「ぴよぴよ!」」

「がんばれーぴよ!」

「「ぴよぴよよー!」」

「うてうてーぴよ!」

「「ぴよぴよーぴよ!」」

「ぴよ!」


 ぴたっと最後の声に合わせて踊りが止まる。

 マルちゃんだけ少し遅れてたみたいだが、気にしないことにする。


「ウゴウゴ、いきぴったり!」

「ええ、ありがとう! 勇気が出てきました!」

「よくできてたぞ」


 ……なんだかじーんときてしまった。

 まさか激励の歌と踊りをサプライズされるなんてな。

 日常生活だと意外とないし、娘のディアからのプレゼントはとても嬉しい。

 子供の成長を感じる、というのはこんなことなんだろうな。


「がんばるぴよー!」

「ぴよー!」

「ぴよよー!」

「はい……!!」

「……マルちゃんはもうちょっと、れんしゅうぴよね」

「がーん!」


 ふむ、そういえば――野球に応援歌は付き物か。帰ったら考えてみるのもいいかも。

 楽しそうに踊っていたし、身体を動かすのは成長に必要だしな。


 そして……時計を見るとそろそろ出発の時間だ。遅れるわけにはいかない。

 俺は立ち上がりながら声をかける。


「よし……行くか!」

「ウゴウゴ、がんばる!」

「きをつけてぴよー!」

「母上、父上、兄上、頑張れー!」

「……ええ! 打ってやります!」


 ◇


 泉の近く。

 ステラは呼吸を調えてバットを振っていた。

 もちろん脚にはカスタネット付き。


 ステラの目の前には泉が広がり、しっとりと冷気を放っている。

 後ろにはエルトが作った大樹の家――臨時の指揮所があった。


 周囲には罠と盾の列。

 冒険者達も散らばってフラワーアーチャーの本陣を追い込むようにしている。


 森の中から冒険者達の怒号が飛び交う。

 ステラの全身を緑の光が包み込む……エルトの【新緑の加護】だ。

 いよいよ最後の戦いが始まったようだ。


「きたきたー!」

「よっしゃー、やったるで! 今日が最後や!」

「押し込めー!」


 フラワージェネラルはうまく敵本陣の先頭に押し出している。

 つまり、もう間もなく魔弾が襲ってくる。


 カチリ……。


 反響を捉える。

 その中にひとつだけ、動く巨大物体。

 フラワージェネラルは二メートル半の巨体である。

 敵は悠然とこちらに進んでくる。


 カチカチ。


 ステラはフラワージェネラルに向かって構えを取る。


 カチカチ。


「……来たっ」


 不可視の魔弾。シューという音だけが頼り。

 だが、今のステラには反響振り子打法がある。


 わかる……。軌道がわかる。

 でもそれは見えているわけではない。


 点と点を繋げて把握しているだけだ。

 それで打つのは、まさに超人。


 刹那、身体を捻りながらステラは軽く振った。

 確かな手応えがバットから手に伝わる。


 カッキーン……。


「打てた……!」


 バットに触れた瞬間――【不可視】の魔法が解けて弾が見えるようになる。

 そのまま、弾は右斜めの前方へすっ飛んでいく。


 打ち返しを狙ったが、駄目だった。

 明後日の方向に弾は飛んだ。


 続けて不可視の魔弾が四発打ち込まれる。

 フラワージェネラルの弾は途切れることなく連続する。


 カチカチッ……。


 その全てをステラはカットする。

 振り子打法による極限のバッティングコントロールがそれを可能にした。


「ふぅ、ふぅ……」


 徐々に苦しくなる。

 フラワージェネラルが近付くにつれて、弾は重く速くなる。

 発射地点が近くなるほど、打者には不利。


 さらに何発も耐え、やっと森の向こうからフラワージェネラルの姿が見えてくる。


 巨大な花。人の胴体ほどもある野太い腕と脚。周囲のフラワーアーチャーと比べても遥かに大きい。


 ステラの姿を認めたフラワージェネラルが一瞬、立ち止まる。そして花の部分を震わせて魔力を解き放ってきた。


「シュロロロロロッ!」


 フラワージェネラルから放たれた魔力が赤い光となって敵本陣を包み込む。

 この赤い光は広域バフ――敵本陣の全員が恩恵を受ける。


 効果は弾の攻撃力強化。これ自体はどのフラワージェネラルも持っている広域バフだ。

 単純だが効果的であり、これのせいもあってフラワージェネラルはAランクの魔物と評価されている。


 この広域バフの発動条件も決まっている。フラワージェネラルが敵を視認したらである。

 だからこれはやむを得ない。ステラもこれまで何十回と相対してきた。

 厄介なのは魔弾型だと、フラワージェネラル本体も大きく恩恵を受けること。


 だが――ステラもまだ力は出し切っていない。敵が見えた今からが本番。

 ステラも【神の化身】の魔法を使い、黄金のオーラをまとう。


 ステラは決めていた。

 長期戦は絶対的に不利。短期戦しかない。


 相手は無限に弾を撃ち続けられる。反響打法を連続しても、集中力が切れるのは自分の方が先だろう。

 そしてやはりフラワージェネラルの弾速で狙った方向に打ち返すのは難しい。


 もちろんパワーもないと打ち返しても倒せない。フラワージェネラルの耐久力はドラゴンと同程度ある。

 生半可な当たりでは到底倒せない。


 ステラは――あらんかぎりの魔力を放つ。敏捷、筋力、反射神経……持てる全てを極限まで高めるために。


 一球勝負。


 黄金のオーラが更に吹き上がる。

 持って、三秒。


 フラワージェネラルの弾が放たれる。

 ここまで近付いたおかげで、その瞬間がよくわかった。


 カチリ……。


 全てがスローに感じられる。

 不可視の魔弾はこちらの腕を狙ってきている。いわゆる外角高めだ。

 安全策を取ってきたのか。胴体を狙っては来なかった。


 ステラは思わず口にする。


「勝った……!!」


 振り子打法は弾を十分に見てから振る。身体をしならせ、頭を動かしながら……。


 それはまさに『打ちに行った』と言って良いスイング。

 狙い定めたステラのバットが、魔弾の芯を捉えた。


 ……カッキーン!!


 当たった瞬間に分かる、会心の一打。

 力の全てを乗せた打球は、完璧な軌道を描き――フラワージェネラルへ。


 そのまま弱点の花を貫く。ぐらり……。

 一打必殺。

 フラワージェネラルは倒れ、赤い光も消える。


 研ぎ澄まされた聴覚により、指揮所の歓声が耳に入ってきた。


「やった、やったでござる!」

「ええ……打ちましたね!」


 そして大樹の家の窓からエルトが手を振ってくる。彼は魔法があるのであまり動けない。

 でもぱたぱたと手を振ってくる。


「やったな……!」


 ステラはなんだか、それをとてもありがたく思った。言葉にはうまく出来ないけれど。


 遠くでも赤い光が消えたことに冒険者達が気付いたようだ。次々と歓声が上がる。


 決着はもうすぐ。

 後は残るフラワーアーチャーを掃討するだけだ。


「ええ……打てました……!」


 ステラは声を絞り出す。


 そんなステラの頭の中に、謎の感覚が生まれてきていた。これは――スキルを得た時と非常に似ている感覚だ。

 でも少し違う。


「……?」


【称号】

コー・ティ・エンの資格者

 

フラワーアーチャー討伐率

冒険者による撃破+11%

ステラ・ウッドによる撃破+10%

エルト貢献分+7%

100%

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