69.新しいアイデア
コカトリス姉妹が工房の中に入ってくる。
……なんだかやる気になっている顔だな。
ディアを相手しているからか、なんとなくわかる。
というか考えていることがそのまま顔に出るしな。
「働きたい、か……。気持ちはありがたいが……」
しかし実際、どうだろう。
普通の人と言葉は通じないし、危険な仕事をさせるわけにもいかない。
「……だめぴよ?」
「うーん……。レイア、コカトリスが得意なこととかあるのか? 俺はディアとこの姉妹しか知らないんだ」
「色々とありますよ。コカトリスは体力も腕力もありますし、走るのも早いですから……。馬よりも断然優秀なくらいです」
「馬よりも? それは凄いな」
そう言えば前にステラが話していたな。
成長したコカトリスはパワーがある。抱きしめられたら力を抜くこと。
後は走ってる最中に前に飛び出さないように。はね飛ばされるから。
まぁ、一般的に同じサイズの動物よりも魔物の方がパワフルなんだよな。
そうでないと熊や猪と変わらないし……。
その辺りは超自然的な生命である魔物ということだ。
考えていると、アナリアがおずおずと切り出す。
「そうしたら水やりとかどうでしょう? 野菜とかドリアードとか」
「ああ……それはいい。住まいも大樹の塔の裏だしな。ある程度の力があるなら、それは助かるだろう。ディア、姉妹に伝えてくれないか?」
「ぴよ! ぴよぴよー、ぴよ!」
「ぴよぴよ!」
「ぴぴよ!」
「わかった、と言っているぴよ!」
「そうしたら明日、テテトカの所で話そうか。いきなりだと段取りもあるしな。それでいいか?」
これもディアからコカトリス姉妹に伝えてもらい、オッケーをもらった。
やる気があるのはいいことだ。
……食っちゃ寝る生活だと健康にも良くなさそうだし。
少し痩せてたけど、太りすぎてもまずい気がする。
それから実際に発火ポーションを作ったり、薬草を生み出したりして一日が終わった。
輸送も含めて大体の目処は立ったことになる。
後は薬師達に作ってもらうだけだな。
その日の終わりに、なにかの雑談で帽子の話になった。
ちなみにディアとマルコシアスはまたぴよ語を練習していた。
……さっきのやり取りを考えると、先はまだまだ長そうだが。
「帽子がずり落ちる……ですか」
手を止めずにアナリアがレイアに話す。二人はザンザスでも顔馴染みだったらしく、雑談はしやすいようだな。
「顎紐じゃ駄目なんでしょうか……」
「それはディアから見ると、首がしまっているように見えるらしいな」
「…………ああ、なるほど……。うーん、それならもふもふ毛のバンドで固定しては?」
「それだ……!」
レイアがぐっとサムズアップして、
「アナリアはそういうアイデアを出すのが相変わらず上手いな。この帽子の素材もそうだったよ……!」
「ど、どうなるかは保証できませんが……」
「とりあえず夜に工作してみよう。帽子が取れると死んだ扱いになるから」
うきうきでプランを話すレイア。
早くも夜にやるのか……元気だな。
……そこで俺はひとつ疑問に思ったが、口には出さなかった。
凄く根本的な部分だが。
そもそも、なぜそのコカトリス帽子を被って来たのだろう……?
◇
一方、村の広場ではステラが新しくやってきた冒険者の前に立っていた。木の棒を持ち、同じく木でできた兜を被っている。
(……柄じゃないなぁ……)
と思いながらも、ステラはレイアに言われてやってきたのだ。
これはいわゆる訓示。もしくは精神注入であった。
……野球魂の注入である。
ステラの隣にはウッドとアラサー冒険者を始め、野球練習者が勢揃いしていた。
やってきた冒険者のうち十人は偵察役として出払っているので、前に立っているのは残り四十人。
Sランク冒険者のステラを前にして、全員が緊張していた。
整列している冒険者に向かって、ステラは言葉を放つ。
荒々しい声ではなかったがそれはよく通って聞こえた。
「えー……ここにいる皆さんは、それなりにフラワーアーチャーの討伐経験があると思います。もちろん冒険者ですから、それぞれ戦い方はあるでしょう。それに口を挟むつもりはありません」
ゆらりとステラは木の棒を掲げる。
「しかし……安全のために最低限の回避と防御は学んでもいいでしょう。というわけで、今日はボールを投げます」
フラワーアーチャーの攻撃は種の射出だ。
ここにいる冒険者も一対一で遅れを取るような者はいない。
しかし厄介なのはフラワーアーチャーに囲まれた時。
列になったフラワーアーチャーの連続射撃は中々危険ではある。
今日の訓練はそうした状況を想定し、少しでも目と体を慣らすためのものなのだ。
「ボールはここにありますにゃ!」
「ありがとうございます」
たくさんのニャフ族が籠に入ったボールを持ってくる。
ステラはボールをひとつ、ぐにっと握る。
「……このボールはそれなりに柔らかいですが、しかし……」
ステラはボールを握ると隣に立つウッドから少し離れた。そのまま軽く振りかぶる。
……フラワーアーチャーの弾を真似るように。速すぎず遅すぎず。
ステラは腕の力だけでボールを投げる――バシンと音が鳴り、ウッドが受け止めていた。
冒険者の何人かが喉を鳴らす。
あの柔らかいボールで、軽く投げたようであったが……確かにフラワーアーチャーほどの弾速が出ていた。
すなわち時速百キロメートル。
驚異的な身体能力である。本気で投げたらあの柔らかいボールでも死人が出るだろう……。
もちろんフラワーアーチャーの射撃でもそうだ。頭や胴体にクリティカルヒットすると怪我は避けられない。
うまく避けて防ぐのに越したことはない。
「「……ごくり」」
「ウゴウゴ、いいたま!」
「どういたしまして……! はい、こんな感じで投げていきます。こちら側の冒険者はそれなりに投げられる人ばかりなので、組んで練習していきましょう」
「「はいっ!」」
アラサー冒険者が嬉しそうに呟く。
「へへっ、まさかボール投げがこんな風に役立つなんてな……!」
「……確かに意外でしたね」
「なんだかテンション低いにゃ。どうしたのにゃ?」
「いえ……少しだけ残念だったのです。攻略法として稀なのはわかっているのですけど」
「んにゃ、それは仕方ないにゃ」
これだけの冒険者がやってきたのに。
ステラはちょっとだけ物足りなかった。
もちろん高望みだとはわかっている。それでも期待していたのだが――駄目だったのだ。
「……打ち返そうとする人が、誰もいないだなんて」
フラワーアーチャー討伐率
偵察役による撃破+1%
5%
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