68.準備を始めよう

 それからフラワーアーチャー討伐の準備を大急ぎで整えることになった。

 レイアが計画書を指し示しながら、


「フラワーアーチャーの移動パターンを探る偵察班に十人使います。フラワーアーチャーの巡回経路、個体数を早急に確定。戦闘ポイントを決めていきます」


 フラワーアーチャーが千体いるとして、ボス個体の護衛に約三百体。

 他の七百体は小分けで縄張りを巡回している。

 俺達がこの前遭遇したのはそのうちのひとつだ。

 いわゆる偵察隊というやつだな。この辺はゲームでも同じ習性を持っている。


「フラワーアーチャーは偵察隊を倒されると巡回ルートを変えるんだよな。徐々に集まるというか……」


 ステラも参加して確認を進める。

 少しだけ髪がぼさついているが……。まぁ、ぱっと見はわからんか。


「ええ、偵察隊が戻ってこないと縄張りに外敵がいると判断します。その外敵排除のために段々と集まるのですよね」

「その通りです。偵察隊の移動ルートを確認し、撃破するタイミングを慎重に決めます。うまくやっていけば敵全体を引き寄せ、有利な所で戦えます」


 ゲームの中ではチャット機能があるし、個々のプレイヤーの強さが比べ物にならない。

 しかしそうではないこの世界では、相当な手間と作戦を立てないといけない。


 連絡一個でも狼煙を使わないとだし。

 普通だと数ヶ月かかるのもやむを得ないよな。


「発火ポーションは偵察隊を効率的に処理するのに使います。盾は決戦ポイントで主に使用します」

「発火ポーションは今日から作り始めよう。完成次第渡していくのでいいか?」

「非常に助かります……!」

「あと私、ウッド、それに冒険者の何人か戦闘要員として参加ですね……」

「負担を掛けるが、頼むぞ」


 俺は最初のうちは生産の指揮だ。

 発火ポーションと盾を作らないといけない。

 後は予備の回復ポーションもだな。備えておくのに越したことはないし。

 それらが終わり次第、前線に参加するが……多分数日後になるだろうな。


 それまでは別行動になるか。

 うん……? 別行動?

 俺の言葉にステラが頷く。


「ディアとマルちゃんをお願いします……! 大変かもですが、お願いしますね……!」

「……だよな」


 ◇


 その後打ち合わせが終わってステラとウッドは冒険者の元へと向かった。

 俺とレイア、ディアとマルコシアスはアナリアの工房だな。

 ディアはマルコシアスが両手に抱えている。


 歩きながらマルコシアスを紹介していく。


「……なるほど、彼女も貴族の……」

「ああ、少し預かっているんだ」

「我は記憶喪失で困ってたのだ。主と父上には感謝しても足りないくらいだぞ!」

「な、なるほど……」


 レイアのコカトリス帽子の上に、はてなマークが浮かんでいるのが見えるようだ。

 全然納得はしてない感じだな。


 わかってる……この設定は無茶だ。

 しかし娘のため、娘の飼い犬のために俺がフォローしなければ……。


「マルシス様、ですか……。その銀髪と御名前……」

「そ、そうだな」


 レイアが何かに気付いたように、ぽんと手を打つ。


「なるほど、マルコシアスですか!」

「はぁっ!?」


 え、ばれた?

 突然過ぎるぞ。

 なぜその単語が出てきたんだ。


 混乱しているとレイアがにっと笑う。

 わからん。

 笑みの意味が……。

 というか、なぜマルコシアスにいきついたんだ?

 さっぱりわからん。


「ああ、申し訳ありません。神話の類いですよ。地獄の侯爵マルコシアスは時に銀髪の美女として現れるとか」

「ほ、ほう……」


 その話は知らんかった。

 それなりに本は読んでいるつもりだが、メジャーな話ではないはずだ。

 ……しかしそういう話はあって不思議ではないか。ゼウスもどれだけ変身できるんだとかあるわけだしな。


 ちらっと横目で見るとマルコシアスとディアは遊んでいる。

 マルコシアスはぴよぴよ言っているな……。


「ぴよ、ぴよ」

「うーん……なんかちがうぴよ。それだと『おはよう』じゃないぴよ。『おまえはすでにしんでいる』ぴよ」

「……結構難しいな」

「れんしゅうあるのみぴよ!」

「我、頑張る。ぴよ、ぴよ……」


 こちらの話には興味がないらしい。

 その方がいいな。食いついてボロが出るのは避けたいところだ。


「……でも銀髪の神や悪魔なら他にもいそうだがな」

「それはまぁ……。しかし他にもこんな話があるのです。悪魔は名前にこだわらない。地上で名乗るのは常に同じ名前だそうで……マルコシアスはマルシスという名を使うと」

「…………」


 マルシスという名はマルコシアスが言い出した呼称だったが……。

 なんと使い回しだったか。

 ……そこまで気が回らなかった。


「なので銀髪の女の子には強い悪魔にあやかって、マルシスという名前を付ける風習が今も一部あるとか」


 うん?

 そうなのか?


「悪魔の名前を付けるのはオッケーだったか……?」

「悪魔は契約によって味方になったり敵になったりですから……。不滅の強い存在というので、もじって使う貴族家も多いですよね。エルト様も……」

「あー……ナーガシュ家そのものがそうだったな」


 忘れてた。

 ナーガシュ家の名前はそのままナーガから来ているのだ。

 なるほど、その辺りの抵抗感は思ったよりないのか。勉強になった。


 マルコシアスがマジ本物の悪魔とバレたわけじゃなかったんだな。

 ……良かった。

 それ以上、レイアもマルコシアスの話し方とかには突っ込んで来ないな。


「マルシス様も貴族らしい御名前と思いましたが……」

「……そう言われればそうか」


 悪魔の名乗った名前がそのあと人間に使われるとは……。歴史を感じさせる。

 そういえば教会とかもこの世界だとあんまりうるさくない。宗教的な面倒は意外と少ないんだな。

 ……そのマルコシアスとディアはまだ遊んでいる。


「ぴよ、ぴよ……」

「もうちょっとぴよよ!」

「……ぴよ!」

「そうぴよ、そんなかんじぴよ!」


 わからん。

 何と言っているんだろう。

 俺もぴよ語を勉強しないと駄目か……。

 でもまぁ、楽しそうだから良しとするか……。


 ◇


 工房に到着すると、アナリアはもう起きて作業を開始していた。


 概要を説明するとアナリアは即座に把握したようだ。

 紙に色々と今後のスケジュールを書き始めている。


「発火ポーションですね、ザンザスでも作っていましたし……。問題はありませんです!」

「それは心強い。材料は足りるだろうか?」

「先日の森の探検で主に使う爆裂草が取れましたから……いくつかの薬草を生産頂ければと。工程的には間に合います」


 計算が早いな。

 そこまでぱっぱとわかるのか。


「よし、必要な薬草を書き出してくれ。俺はそれを生み出そう」


 レイアはその様子を静かに見ているようだった。


「……やはり植物魔法はとても便利ですね。発火ポーションは材料を揃えるのがそれなりに面倒ですのに」

「ふむ……これが植物魔法の利点だからな」


 それからしばらくアナリアの工房で薬草を作ったり打合せしたりしていたのだが……。

 どん、と扉が力強く叩かれた。


「お客さんでしょうかね……?」


 どん。

 さらにもう一回、扉が叩かれる。


 ふむ、なんか変だな。

 客にしては荒っぽい叩き方だ。

 来たのは誰だろうか。


「……私が出ましょう」


 レイアがコカトリス帽子のまま、ゆらりと立ち上がり扉に向かう。

 彼女も少し警戒しているようだな。

 ごくりと息をのみ、レイアが扉を開け放つ。


 そこにいたのは――。


「「ぴよ!」」

「なかまぴよー!」


 コカトリスの姉妹であった。

 ……住まいには特に鍵もかけてないからな。ここまで来たのか。

 何の用だろう?


「ぴよぴよ、ぴよー!」

「わかったぞ、ご飯を食べたいだな!」


 マルコシアスが意気込んで答える。

 ……わかったのか?

 ぴよぴよした成果が早くも……!?


「ひまだからはたらきたい、といっているぴよ!」


 全然違った。


フラワーアーチャー討伐率

4%

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